130 ドブロンを広めるお店
「えっ!? ファントランドって俺の治めてる土地じゃないか!」
なぜ、そんなところの酒がここにあるんだ……?
こう見えても、俺は末端の貴族だ。といっても、家が貴族とかじゃなくて、クラスメイトから男爵の地位と土地をもらったのだ。決闘の代価だ。
はっきり言って、田舎の中の田舎といった、マジで何もないところなのだが、その中で唯一誇れそうなものが、ドブロンという白く濁った地酒だった。
で、そのドブロンを作っていけば、地元の産業になるんじゃないかと提案して、数か月が経つ。
「フランツ、こんな店があったって聞いてる?」
「いや、初耳だ……。とにかく入ってみよう」
こんな偶然があるとは思えない。謎だらけだけど、店で聞けばすべてわかることだ。
そして、ゆっくりと扉を開くと――
「いらっしゃい。席は空いてるところ、どこでもいいよ、がうがう」
見覚えのある背の低い黒髪の女の子が立っていた。エプロン姿で、店員をやっているらしい。
「ホワホワじゃないか!」
「もしかして、フランツたち? がうがうー!」
ホワホワのほうも驚いたらしく、本当にその場で飛び跳ねていた。沼トロールの感情表現はどことなく原始的だ。
「えっ、領主様がいらしたんですか!」
奥から出てきた料理人らしき人も、ファントランドでたしか見たことがある顔だ。
「いやあ、まさか開店直後からお会いするとは……。まあ、そこの席にお座りください。お話ししたいことがたくさんあります」
言われたとおり、俺たちは一番広々とした席に座った。といっても、店自体がこじんまりとしているから、豪華といったような場所ではない。
「あらためて自己紹介しますね。ファントランド出身のマコリベです」
四十歳ぐらいの体毛がちょっと濃い、いかにも農作業で鍛えたといった風貌の人だ。
マコリベさんはドブロンのいきさつを説明しだした。
「あのあと、ドブロンは順調に販路を見つけられて、軌道に乗りはじめています。本当にありがたいことです」
「それはよかったです。俺も領主として素直にうれしい」
小さな村だけど、だからこそ、産業が一つあればずいぶんと楽になるだろう。
「ただ、まだまだドブロンというお酒自体がほとんど一般には知られていません。人というのは未知のものをなかなか飲もうとはしませんよね。そもそも知らなければ、飲もうという気にさえなりませんし」
「それはそうですね」
地方のものでも、その土地の人口が多いなら、単純に地元民の母集団が多いから、それが拡散されていく。
しかし、ファントランドだけで消費されているドブロンが拡散されるのは、やはり難しい。
「もちろん王都での試飲会などもチャレンジしてみはしたのですが、そのたびに担当者が王都に出るとなると、お金もかかりますよね。だったら、いっそ王都に拠点を作ってしまわないかという話になったんです。つい、ちょっと前の話なんですけど」
「ははあ。それで、ついでにドブロンを提供するお店もやろうということになったわけですね」
俺の言葉にマコリベさんがうなずく。
「はい。もとは事務所になる場所を借りられればそれでいいと思っていたんですが、空き物件の中に泥棒橋通りの、ここがあったんですよ」
「それで思いきって、居酒屋をやりだしたということですね」
「そうです。ドブロンはそのままで飲んでも当然おいしいですが、やはりファントランドの濃い味付けの料理と一緒に飲むのが一番なんです。都会の薄めの味の料理と合わせると、ドブロンが勝ちすぎてしまうんです。だから、ファントランドの味付けで料理も出そうと思ったんです」
セルリアも横で深く相槌を打っていた。
「道理ですわね。その土地で発展したものは、その土地の歴史を背負っていますもの。ドブロンのどこかべたつくような口当たりは、味の濃いものを食べた舌にもお酒の味をしっかり感じさせてくれますわ」
「まさしくそうなんです! 実際、王都での試飲会でもお酒の力が強すぎて、ライト層には受けづらいと言われました。ドブロンを楽しむには、ドブロン向けの料理がいるんです」
マコリベさんが身を乗り出す。
なんだか、料理談議になりそうだな……。となると、セルリアに担当してもらったほうがいい。
そのあと、料理の話が細かくなってきたので、はしょると――
料理にはかなり自信があって、集落の中ではそれなりに年も若いマコリベさんが王都に来て、数日前からお店をオープンさせたということらしい。つまり、できたてほやほやのところに俺たちが来たらしい。
そして、その店員としてついてきたのが、ホワホワということだ。
「王都がどんなところか興味があった。せっかくのチャンスだし。がうがう」
無表情なようだけど、ホワホワ、思ったより行動力あるな。
「それに、王都なら、またフランツにも会えるかなと思った。がうがうー」
「うれしいこと言ってくれるじゃないか」
ぽんぽんとホワホワの頭を撫でた。
「うれしいがうー」
表情はあまり変わらないけど、喜んでくれているらしい。
「あっ、またフランツの女たらしが発動した」
メアリが変なことを言った。
「なんだよ、人が特殊な黒魔法を使ったみたいな言い方はやめてくれ……」
でも、職業的な影響なのか、女性とサキュバス的なことをすることが急増しているので、あまり強くは出れない……。
「まだ、はじまったばかりで、まったく先がどうなるかもわからなかったので、領主様にはお話ししてなかったのですが……こんなことなら事前にお伝えしておくべきでしたね……。すいません……」
「いえいえ。俺もファントランドを直接支配してるわけでもなんでもないんで、好きなようにやってください」
いくら小さい村といっても、その村の管理をすべてやろうとしたら、働きながらだなんて絶対に無理だ。結局はゆるく権利だけ持つぐらいのことしかできない。
「それよりも、このお店が繁盛することを願ってますよ」
マコリベさんは、どんと厚い胸板を叩いた。
「はい! しっかりドブロンと郷土料理を布教していければと思います! 今日はおなかいっぱい食べていってください!」
こりゃ、居酒屋をはしごするのは中止だな。でも、こんなアクシデントなら大歓迎だ。




