129 居酒屋を探そう
今回から新展開です!
社長の風邪も無事に治った直後ぐらいから、冬も少しずつ深まってきた。
端的に言って、気温が下がってきた。
「う~、最近、朝早くに起きるのがつらいですわ……」
その日の朝も、薄着のセルリアがこれまで以上に寒そうにすることが多くなった。
「その見た目だときつそうだよな……。でも、まだセルリアは起きてきてるだけ立派だと思う」
全然、メアリが起きてこないのだ。
「寒い~。布団から出たくない~!」
メアリの部屋から声が聞こえてきた。
「おい! そろそろ起きないと遅刻するぞ!」
「じゃあ、遅刻でいい~」
これはダメだ。強制的に連れてこなきゃ。
メアリの部屋に行って、布団を引っ張った。
ただ、メアリは少し透けてる夜着を着ていた。
「あっ、フランツのえっち……」
「いや、そういう意味じゃないからな……。起こしに来ただけだからな!」
「もしかして、わらわを朝から求めてるってこと?」
「だから、違うって。ていうか、さすがにお前もわかって言ってるだろ。顔見たらわかるぞ」
ずるずるメアリを引っ張って、食卓までやってこさせた。
セルリアがあったかいスープを作ってくれている。
「う~、生き返るよ~」
その幸せそうな顔は、学生の少女そのものだな。実際は恐ろしい魔族なんだけど。
「スープはおかわりもありますから、遠慮なくおっしゃってくださいね」
「このスープ、ショウガを入れてあったまるようにしてるんだな。今度、作り方を教えてくれ」
セルリアにばかりお世話になっているのも悪いので、お返しで作ってやりたい。
「はい。わかりましたわ、ご主人様」
厳しい冬がやってきても、この家はなかなか心の温まる環境でいいなと思う。これが一人暮らしだったら、もっとつらかっただろう。
「家族って大切だな。心からそう思う」
「家族と言えば、また新年はフランツは帰省するの?」
メアリに言われて、あの親父の顔が浮かんだ。
「うん……。あんまり親父にみんなを会わせたくないけど、とにかく俺は帰省する……。まあ、追々考える……」
今の会社なら絶対に新年の休みもくれるだろうし。しかし、黒魔法使いって新年を祝ったりするのだろうか?
メアリはきっちりスープのおかわりを注文していた。寒いからこそ、温かい飲み物がおいしく感じもする。その点は冬も悪くない。
「いやあ、でも、こういうスープもいいんだけど、やっぱり体をぽかぽかさせるとなると――」
メアリが右手でグラスをあおるようなジェスチャーをした。
「お酒だよね~。きつめのお酒で体の芯からぬくもりたいな~」
「そうか。メアリって見た目は子供でも、年齢的には思いっきり大人なんだよな」
どうしても、たまに未成年のように錯覚する時がある。
「フランツ! それは失礼だよ! どう見ても一人前のレディじゃない! フランツなんかより、よっぽど大人だからね!」
そうやって怒るところは子供っぽいけど、言うともっと怒りそうだから指摘しないでおこう。
「そうですわね。この時期は王都のどこのお店もにぎわっていますわね」
セルリアはすっかり王都の暮らしに慣れてきていた。家があるのは王都の郊外もいいところだけど。
「よかったら、今日ぐらい、夜に王都の居酒屋さんを探すというのはいかがでしょうか? まだまだわたくしたちの知らないよいお店もあるかもしれませんわ」
セルリアがなかなか面白い提案をしてきた。
で、俺が何か言う前にメアリが「大大大賛成!」と元気に手を挙げていた。
「じゃあ、決まりだな。しっかり働いて、夜はしっかり飲むか」
「うん。今日はいつも以上に働くよ!」
その日、仕事中、メアリは上機嫌だったという。
●
そして、無事に勤務時間も終わった。
この会社は急な残業なんかが入ることもないし、そのあたりもありがたい。大きな部署でみんなが働いてるわけじゃないから、個人の自由がききやすいというのもあるが。
俺とセルリア、メアリの三人は早速、夕暮れの王都に繰り出した。
王都の中でも泥棒橋通りというのがあって、そこには飲み屋が多い。
かつて、そこにかかっている橋のあたりで泥棒が捕まったことに由来する地名で、そんなわけで、あまり治安がいい場所でもないのだけど、渋い飲み屋も多い。
「居酒屋通いのプロなら、だいたいこのあたりのお店を使うらしい」
「ご主人様、若いのによく知ってらっしゃいますのね」
「実はトトト先輩に聞いたことがあったんだ……」
トトト先輩は王都のほうで泊まりの時はほぼ確実に泥棒橋通りで飲んでるらしい。あんなに露出度高い格好で酔っ払うのはどうかと思うけど、警察にしょっぴかれたりはしてないから、許容範囲なのだろう。
「さて、どこに入りましょうか。どこも店構えが常連客向けというか、少しばかり入りづらい雰囲気ですわね……」
セルリアがちょっとたじろいでしまったのもわかる。入口が狭くて、中がどうなってるかよくわからない小さな店が多いんだよな。
「こういうのって会社の上司に連れてきてもらうタイプの場所だったか……。せめて、社長におすすめの店でも聞いておくんだった……」
そうやって、なかなかどこに入るかふんぎりがつかずに泥棒橋通りを奥へ、奥へと進んでしまった。
歩いているのも、中高年が多い。やっぱりのんべえのベテランみたいな人が来るところか……。
しょうがないので、看板を慎重に眺めていくが「酒 アレッパ」とか「居酒屋 デニス」とかいった店名が書いてあるだけのところが多い。メニュー表を親切に前に出してくれてるようなところは皆無と言っていい。
「ううむ、どこにしたらいいんだろう……」
「フランツ、こういうところは意外と意気地なしなんだね~」
メアリにちょっと笑われた。
「あのなあ、社会人一年目にとったら、ハードルが高いことやってるんだぞ。俺じゃなくても一年目なら迷うって」
何かわかりやすい情報はないかなと真剣に文字を追う。
そして、ふと聞き覚えのある文字が入った。
<ファントランドの地酒ドブロンの店 田舎屋>
「えっ!? ファントランドって俺の治めてる土地じゃないか!」
なぜ、そんなところの酒がここにあるんだ……?
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