126 社長の介抱
俺の言葉にファーフィスターニャ先輩もこくこくうなずいた。
「わかった。社長急病で延期しそうな仕事はこちらで連絡したり、決裁書類は代行したりしておくよ」
「ありがとうございます」
「というか、そもそも有休とらなくてもいいよ。会社に来てるわけだし」
「それはそうかもですけど……どうせ、余ってますんで……」
メアリとセルリアもすぐに事情をくんでくれた。
「ご主人様のインプを使ったお仕事はわたくしでやっておきますわ」
「フランツの仕事ぐらいは、わらわで十分できるからね。余裕、余裕」
「ありがと。じゃあ、俺は地下の社長の部屋まで行ってくる」
俺は社長を背負うと、階段を下りていった。
「重くて大変でしょう……」
「いえ、社長は小さくて軽いですから!」
そういや、使い魔のゲルゲルはどうしたんだろう。こんな時こそ、使い魔が働く時なのに。
「ゲ、ゲルゲルがチェスの大会のために魔界に行っているのでちょうどよかったかもです……。こほこほ……」
こういう時に限って、重なったりするんだよな……。
ゲルゲルは異常にチェスが強いので、招待選手か何かで呼ばれたのだろう。
無事に地下の社長の居住スペースに着くと、ベッドのある寝室を探し出して、そこに寝てもらった。
まずは水でぬらしたタオルを、ケルケル社長のおでこに載せる。薬みたいなものはないので、これぐらいの処置しかできない。
「風邪ならじっとしていれば、そのうち回復するとは思いますけど、不安なんで今日は一日ついていますね」
ケルベロスがこれぐらいのことで死ぬことはさすがにありえないだろうから、医者に連れていくまでのことはないと思うけど、それでも一人だったら不安だろうからな。
「はい……ちょっとした寝冷えですから……きっと明日には元気になってると思います……時たまやってしまうんです……」
「わかりました。そこは社長の言葉を信じます。朝は食べましたか?」
「実は何も……」
それはよくないな。何か食べないと風邪を追い払う体力も出てこない。
「パン粥を作って来ます! 調理場借りますね!」
パン粥はパンをちぎって、スープの中にぶっ込むお手軽料理なので、俺でも難なく作れる。何かおなかに入れておいたほうが絶対にいい。
味はちょっと濃い目にしておこう。汗もかくだろうから、塩分をとったほうがいい。
かといって、刺激物はよくないからスパイシーにはならないように注意してと……。
スープのほうは割といい感じになった。ここにパンをちぎって入れていけば、パン粥のできあがりだ。
早速、社長のところに持っていく。
社長はベッドで安静にしていたが、目は開けていた。
「社長、食事持ってきました。食べれそうですか?」
「けほけほ……。こぼすと危ないですので、食べさせていただけませんか……?」
火照った顔で社長が苦しそうに言う。
「わかりました」
気恥ずかしさもあるけど、そんなこと言ってられないよな。
俺はスプーンにふやけたパンのかけらとスープを入れると、ふうふう冷ましてから社長の口に入れた。
「大丈夫ですか? 熱くないですか?」
「はい、これでちょうどいい加減です」
社長はまだ疲れの見える顔だったけどようやく笑みを見せてくれた。
「よかったです。じゃあ、このままパン粥を食べて、寝ててくださいね。風邪なら睡眠が一番の薬ですから」
「はい、わかりました……。何から何まですいませんね……」
「こういう時はお互い様です。社長だって、目の前で人が倒れたら、助けるでしょ?」
「そ、それは……そうかもですね……」
つまり、そういうことだ。この会社は人助けを何度もやってきた。その精神は俺にだって受け継がれてるというわけだ。
「しっかり社長に治ってもらわないと俺も困りますからね。全力でサポートしますよ!」
「そうですね……。私も早く元気な姿を見せたいです」
俺は社長にそのあともパン粥を食べさせた。食欲のほうはないわけじゃないようだったので、そこは安心した。この調子なら、本当に短時間で治りそうだ。
「じゃあ、俺は念のため、部屋にいます。なんかあったらすぐ呼んでください。基本は寝ててもらえばいいですけど」
「はい。私もしっかり回復につとめますから……」
すぐに社長はベッドで眠ってしまった。俺は部屋の椅子に座って、白魔法の本を読む。こうやって勉強に時間を使えるわけだし、そばで控えているのも悪くない。
ただ、少ししてから、多少の不都合が発生した。
昼前、社長がむくりと体を起こした。
夜も寝ていたわけだから、ずっと眠れないのはしょうがない。風邪の時は何度も目が覚めるものだ。
「すいません、フランツさん……」
どこか申し訳なさそうな言い方だった。
「寝汗をかなりかいてしまって……着替えを持ってきていただけないでしょうか……?」
「あ……はい、わかりました……」
「下着もお願いします……」
これは言いづらいよな……。俺はタンスを開けて、社長の服を探す。じっくり見ると失礼に当たるというか、ヘンタイになりそうなので、できるだけ上のほうにあったものから選ぶ。
「社長、ひとまず一式取り揃えました! 着替えるまで外で待機し――」
「すいません……体があまり動かないので、着替え手伝っていただけませんか……?」
予想の斜め上の展開になった。
しかし、ここで恥ずかしいから嫌だと病人の願いを突っぱねるのはどうかと思うしな……。
「フランツさんも落ち着かないとは思うのですが……ごめんなさい……」
「心を無にして。下心なく、やります……。やれるよう善処します……」
俺は平常心を意識しつつ、社長の服を脱がしていった。社長の表情もうつろだし、本当にしんどいだけらしい。
どうしたって、社長の裸体が目に入ってしまうけれど、これは不可抗力だ。
平常心、平常心、平常心……。
どうにか脱がし終わったら、下着を着せていく。むしろ、脱がすよりこっちのほうがヘンタイっぽいけど、気にするな。
お尻から尻尾が生えているところを見ると、なぜか色っぽく感じるのはどうしてだろう……?
ダメだ。邪念は捨てろ……。
着替えが完了した時には俺も汗をかいていた。
つ、疲れた……。
「ありがとうございます、フランツさん。汗のしみてない服になって、気持ちもすっきりしました!」
社長の笑顔が見れたので、よしとしよう。




