125 風邪の季節です
その日、俺は早朝から家の裏手で、一種の朝活をしていた。
「天空より注がれし、無垢の光よ、闇を余すところなく照らせ!」
まだ、ほの明かりといったところに強めの光が降りてくる。まあ、基礎的すぎる魔法だから、使えて当然なんだけど。
これはせいぜい光で強く照らすぐらいのものだ。それでも、暗い場所など重宝するといえば重宝する魔法だ。一度使えば長時間、効果を保っているので簡易なライトの魔法より省エネだと言われている。
「あら、朝から熱心ですわね」
そこにセルリアが出てきた。洗濯物を干しに来ているから、セルリアも仕事熱心だ。
「リディアさんのこともあって、ちょっと新しい魔法を覚えるというか、復習しようと思ってるんだ」
「今のって白魔法ですわよね」
あっ、さすがに、すぐにわかったか。
「そうそう。俺は黒魔法使いではあるけど、魔法学校ではおおかた白魔法をやってたわけだし、仕事で活かせるなら、そっちもやってみようって」
「素晴らしい心がけですわ! ぜひ、どんどんやってくださいませ!」
セルリアがそう言ってくれると俺もやる気が一段と出る。
「とくにわたくしやメアリさんといった魔界出身の存在はまず白魔法が使えませんもの」
「あっ、やっぱりと言えばやっぱり」
これまでも、みんなが白魔法を使っているのは見たことがなかった。
多くの魔法使いは特定の色の魔法しか使えない。とはいえ、これには例外がある。
幼い頃から赤魔法や緑魔法の師匠の下で修行して魔法使いになったとかそういうケースを除けば、魔法学校で白魔法を中心に勉強して、魔法使いとして自立していくからだ。
なので、白魔法といってもその根底にあるような程度の低い魔法はたいてい、人間の魔法使いは使用できる。日常の一部みたいなものだ。
けど、そういう基礎的な魔法すら、社長とかメアリとかが使ったのを見たことがない。
「だから、ご主人様が白魔法をばしばし使えるようになれば、ほかの方との差別化になるかもしれませんわね」
にっこりとセルリアが太陽みたいに笑う。それにしても、すっかりセルリアに読まれてしまってるな。
「うん、まさにそのつもりでいる」
ネクログラント黒魔法社は今更言うまでもなく、凄腕魔法使いの集まりだ。これだけ質の高い魔法使いだけで構成されている会社はほぼないと言っていい。
じゃあ、その中で俺はいったい何ができるのかって話だ。
俺の体の中にはたしかに過去の大物魔法使いの血が入っているらしい。それは事実なんだろう。でも、それを使って、常にとんでもないスペックが発揮できるかというと、まだまだ怪しい。
もっとも、入社一年目で先輩たちに張り合おうってほうが、分をわきまえろと言われそうだけど……それはまた別の話だ。
俺がこの会社で、俺にしかできないことをやるとしたら、白魔法じゃないか。
なので、白魔法の自主練習をはじめたというわけだ。
昔から白魔法は日が出ている時間のほうがよいと言われている。魔法的根拠はあまりなくて、一種の迷信みたいなものらしいけど。夜だと黒魔法とか紫魔法を疑われて、警戒されたのかもしれない。
後ろで洗濯物を干しながら、セルリアが見つめているので照れくさいが、それでも学生時代のテスト勉強みたいな気持ちで、一つ一つ白魔法を試していった。
それほど疲れるものではないけど、少しだけ汗がにじむ。
「うん、素晴らしいですわ」
ぱちぱちとセルリアが拍手を送ってくれる。
「そう言ってもらえるとうれしいけど、ほんとに学生レベルなんだよね。むしろ腕がなまってる……」
「すぐにそんなの払拭できますわよ。今のわたくしが心配しているとしたら――」
セルリアはさっと俺に近づくと、ハンカチで俺の汗をぬぐった。
「ご主人様が頑張りすぎて疲れないかということぐらいですわ」
「あ……ありがとな、セルリア……」
これ、知らない人が見たらラブラブの新婚カップルにしか見えないだろうな……。
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その日もいつもどおりの朝食をとって、みんなで出社した。
途中、空が急速に曇ってきて、ぱらぱら雨が降ってきた。どうも、今日は天気が変わりやすいらしい。
「うわあ……最悪……。じめじめするのは黒魔法にはいいけど、気分はよくないんだよね……空気がこもると眠りづらくなるし……」
メアリが頭を押さえながら、すうっと空を飛びながら急いでいく。傘を用意してないので、俺もセルリアも同様に濡れるに任せるしかない。
「わたくしたちも急がないと風邪を引いてしまいますわね」
「いや、これぐらいで風邪引くことはないだろ。大丈夫だって」
「わたくしは露出度が高いので寒いんですわ……」
「そ、それは服を着ろとしか言えないな……」
サキュバス特有の悩みなんだな。難しいものだ……。
そして、俺とセルリアも多少急ぎ気味で会社に向かった。
入口のところで先に行っていたメアリと、ファーフィスターニャ先輩が髪をタオルで拭いていた。
「あっ、後輩君、おはよう」
「先輩も雨にやられたんですね。おはようございます」
「水もしたたるいい女?」
「もともと、先輩はいい女ですよ」
こんな軽口を叩ける程度のたいしたことない雨だったってことだろう。風邪の心配もしなくてなさそうだ。
そして、社長室に入って、俺たちはびっくりした。
ケルケル社長がばたっと腹ばいで倒れていたのだ。
「社長! 何があったんですか!」
抱え起こして、おでこを触ってみると、すごく熱い!
「じ、実は……昨日、眠っている間に毛布を蹴飛ばしてしまったみたいで……それで寝冷えをして風邪を……」
雨に打たれるとか関係なしに風邪をひいてた!
「うぅ……決裁書類がたくさんあるんですが……」
「こんな調子で仕事するのは無理ですよ! 今日は休んでください! 幸い、社長の家はこの建物の地下ですし!」
「わ、わかりました……。ただ、体が言うことを聞かなくて……」
これはもう介抱するしかないな。とても一人にはしておけない。
「社長、今日、俺は有休を取ります」
「はい?」
「それで一日、社長をゆっくりお世話しますからね! NOとは言わせません!」
社長も「そ、それじゃお言葉に甘えますかね……」といつもより弱々しい声で言った。
今、多分イラストレーターさんが2巻の九月発売に向けて、がしがし絵を描いてるところだと思います(笑)。ダッシュエックス文庫2巻、お待ちください!




