123 白魔法だって使える
目つきの悪い男はすぐに杖を持って、部屋で詠唱をはじめた。
内容からして、白魔法のようだ。白魔法は魔法学校出身者なら、おおかたわかる。
「あれは悪魔緊縛の魔法だ!」
俺の言葉は聞こえてなかったかもしれないが、どのみち、リディアさんは逃げようとしていた。魔法が来るのは明白だったからだ。
だが、そんなリディアさんに光の糸みたいなものが、しゅるしゅると巻き付いて拘束する。
「さすがです、先生。悪魔はこうやって、白魔法で動けなくできますからな」
恰幅のいい男のほうが、目つきの悪いほうを讃える。白魔法を邪悪な目的で使いすぎだろ!
「な、何よ、これ……。ねちゃねちゃして動けないし……。ねちゃねちゃっていうか、ぬるぬるしてもいるし……」
リディアさんがつらそうな声を出す。
「そんな! おかしいですわ! お姉様もサキュバスという上級魔族! こんな短い詠唱の魔法にあっさりやられるだなんてことはないはずですのに!」
セルリアの疑問ももっともだ。でも、いくつか予想はできる。
「特定種族専用の魔法は範囲が限定される分、強力なものが多い。きっと、そういうのが使える奴を用心棒として決め打ちして用意してたんだ。それと……」
俺は部屋の壁にいくつかの魔法陣が発光していることに気づいた。
「おそらく、この部屋自体が魔族の力を弱める空間になってる!」
「ちっ! つまり、わらわやセルリアが入ってもリスクがあるかもってこと? まあ、人間程度の結界でどうこうなるつもりはないけど」
メアリが小さく舌打ちする。たしかに、メアリがこんなショボい悪党の魔法で屈するとは思えない。
が――相手のレベルはまだ不明だ。
リスクがないわけじゃない。
そうこうしている間にも、男たちがリディアさんに近づいていく。
「へへへっ、お前みたいな上物なら、アイドルにはなれるぜ。興行主たちと枕を並べていけばみんな篭絡できるだろうしな! いくらでも仕事をとってこれるぜ!」
完全なる枕営業かよ!
「アイドルがダメでも夜の世界でアイドル以上に稼げるかもしれねえけどな!」
これ以上は黙って見ていられない!
俺は窓から中に侵入する。
さらに続いて、メアリとセルリアが入ってくる。
「おい! お前らのやってることは犯罪だぞ! すぐにやめろ!」
男たちも見張られているとは思っていなかったらしい。驚いた顔をしている。
「ふん! こっちも商売かかってんだ! そう簡単にやめてたまるかよ!」
「フランツ、ここはわらわの魔法で吹き飛ばすからね! ここまで相手が凶悪なら、ちょっとヤンチャしても罪にも問われないでしょ!」
「わかった。もう、あとには退けないよな」
こうなったら力で叩きつぶすしかない。見事な現行犯だし、向こうもこちらをつぶす以外の道はないんだろう。
しかし、リディアさんが奇妙なことを口走った。
「みんな、気をつけて! この部屋、入った時から変な感じがあった!」
変な感じって、まあ、結界も張ってるようだし、それのせいだろう。ただ、その効果を見くびっていた。
「あれ……? 黒魔法が使えない……?」
「わたくしも召喚魔法が機能しませんわ……」
メアリもセルリアも魔法が発動させられていない。
「ふふふ! ここは先生に頼んで、黒魔法を一切使えず、魔族の力も大幅に弱まる空間にしているのだ! いわばサキュバスとかそういう魔族専用の罠なんだよ!」
げっ! それだけ限定的なものだとすると、威力も相当きついものになる。
ていうか、たしかに俺も体の感覚がおかしい。これは杖を運動会で新調したからとかそういう次元じゃなくて、黒魔法の力が全然働かないんだ……。
しかも、先生と呼ばれてる魔法使いは、たしかに凄腕らしく――
メアリとセルリアにも悪魔緊縛の魔法を使った。
「ああ、もう! 普段ならたいしたことないのに、この部屋だと十倍ぐらいの威力になってるみたいだ……」
「わたくしもですわ……。魔法の術者としてのランクはこちらのほうが上のはずですのに!」
そうか……。ガチガチに対策をしている部屋だと、二人でも不利になってしまうことがあるんだな。いや、悠長なことは言ってられない。俺だって黒魔法が使えないんだ。
「フランツ! わらわの力なら、まず結界のほうを破壊してこの状況を脱出することはできる!」
「さすが、メアリだ! じゃあ大丈夫だな!」
やっぱり、偉大な魔族ならこれだけの対策でもどうにかなるのか」
けど、そこでメアリは顔をゆがませた。
「でも……二分はかかると思っててほしい」
二分……。敵がその間、じっとしているわけがない。
「二分か! それだけあったら全員、意識飛ばすぐらいはできますよね、先生!?」
用心棒が無言でこくりとうなずく。
「さすが、一流の国家お抱えの白魔法使いだったのに、女性職員に対する過度のセクハラのせいでクビになっただけのことはありますね!」
凄腕だけど人格は最低の奴だった!
いよいよ、まずいことになった。
今、動けるのは俺だけだ……。
考えろ、考えろ。俺だって、それなりに真面目にやってきたはずだ。何か、打開策はある。
でも、黒魔法がまったく使えないんじゃ、どうすることも……。
いや。
俺が真面目にやってきたのって、就職してからだけか……?
違うだろ。俺は魔法学校時代も地道に泥臭く勉強してた。
そこを評価されて社長に見出してもらえたんじゃないか。
つまり、白魔法だって使えなきゃ、おかしい!
俺はゆっくりと杖で魔法陣を描き、詠唱を行う。
「はん! 黒魔法は使えないぞ! バカな奴め!」
恰幅いい男のほうは素人だな。これが黒魔法の詠唱に見えるのか。
これは白魔法だ。
「邪悪なる意思を持つ者に鉄槌を! ホーリーブラスト!」
光を固めたようなものが、俺の杖からほとばしり――
用心棒の白魔法使いの体に直撃した!
その男はそのまま壁に叩きつけられる。
「ご主人様、すごいですわ!」
「フランツ、男を見せたね!」
「フランツ君、無茶苦茶かっこいいよ!」
女性陣から一斉に称賛の声を浴びた。本当にうれしいけど、まだ予断は許さない。
男は意識を失ってない。壁に打ち付けられたところから、再びこちらに動き出してくる。
「なかなか、いい攻撃だったぞ」
初めてその男がしゃべった。思ったより渋い声だ。
「ちなみにこの俺は……男も好きだ」
ぞくりと寒気が走った。
「お前もまあまあタイプだ」
なんか、新たなピンチが起きてないか!?
ダッシュエックス文庫2巻は9月に出ます! アリエノールやリディアのイラストも入るはずです! ご期待ください!




