118 セルリア、真実の愛を語る
そして二人三脚はスタートした。
まず俺が中央に当たる、メアリと結んでる右側の足を出す。
それから左の足を出していこうとするが――
「おっとっと……。もう、フランツちゃんとやってよ……」
いきなりメアリはバランスを崩しかけた。前途多難だ!
「いやいや、冒頭からこけそうになるなよ」
「フランツとわらわとじゃ、足の長さとか全然違うんだから、慎重にやってくれないとダメだよ」
それは一理あるな。俺とメアリでは体格に大きな違いがある。別に俺が大男というわけでもなんでもないけど、メアリが幼児体型なので、全体的にズレがある。
「じゃあ、次はもうちょっと小股で行くぞ」
ペースが遅くなる危険もあるが、こけてしまったらはるかにロスが大きい。ここはやむをえないところだ。
「おっとっと……」
だが、やっぱりメアリはこけそうになった。タイミングが全然合ってない。
「はぁ……フランツ、わらわと全然息を合わせてくれないんだから」
あきれた声でメアリが言う。
「いや、二人組でやることなのに、俺だけ一方的に悪いのっておかしいだろ!」
俺も少しむっとした。
「それじゃ、わらわのほうがフランツに合わせるよ。それでいいでしょ?」
たしかにどっちに非があるかを論じるのは後だ。俺がメアリに合わせられないなら、その逆を試したほうがいい。
すでに早いチームはかなり前にまで行っていた。これ、追いつくの、きついんじゃ……。
ただ、一位のチームは動きが急に遅くなった。
「げっ! 緩慢になる魔法陣を踏んじゃった!」だなんて悲鳴が前から飛んでくる。
先に先に進めばいいというわけでもないらしい……。運の要素もあるな……。
「じゃあ、まず真ん中から踏み出すからな。いーち」
今度は俺のバランスが崩れて、左側に傾きかけた。
「上手くいかないもんだな……」
想像以上に進まない。
まさか、ここまでチームワークが悪いとは思わなかった。ちょっと、ショックなぐらいだ。
観客席のほうを見たら、セルリアが不安そうな顔をしていた。ここまでの失態はセルリアも考えてなかっただろう。
「もしかして、わらわたち、相性って全然ダメなのかな……」
スタート地点から数歩しか進んでないところで、メアリがネガティブなことを言った。
「ほら、結婚してからお互いの不満に気づいちゃうカップルっているでしょ。わらわたちもそういうところがあるのかも」
「いや、それはおおげさだろ。最初、俺はメアリに合わせようとしたし、その次にはメアリが俺に合わせようとしたし」
俺たちはちゃんと相手のことを考えてた。そんな身勝手なことはしてないはずだ。
「ご主人様、メアリさん、お二人はなってないですわー!」
セルリアの応援か苦情かわからない言葉が外野から飛んできた。
「そりゃ、サキュバスはそういうの詳しいかもしれないけど、わらわにはこういうのわからないんだよ」
ちょっと寂しそうにメアリは言う。
俺も似た気持ちだ。たかが、二人三脚とはいえ、こんなに上手くいかないとなると、資質がないと考えたくなってしまう。
「お二人は真実の愛というものを、今、勘違いしちゃってますわ。これまでは上手くいってたのに、愛を意識しすぎてずれてしまってます」
ランニングのフォームを気にしすぎたら、かえって上手に走れなくなるようなものだろうか。たしかにメアリと距離を詰めることを気にしすぎてた部分はあるかもしれない。
「でも、いったいどうしたらいいんだ? 勘違いの直し方なんて、すぐにはわからん!」
このままだと、一位を狙うどころか、最下位に終わりそうだ。完走すらおぼつかない。
「わかりました。愛の伝道師、サキュバスのセルリアが説明いたしましょう」
胸を張って、セルリアは応援席の一番前までやってきた。
「愛とは調和ですわ! 以上です!」
思ったよりも抽象的でよくわからない……。
メアリもぽかんとしていた。
「さっきまでのお二人は相手に一方的に合わせることばかり考えていたじゃないですか! 真実の愛はお二人が歩み寄って、どこかで最適解を作っていくことですわ!」
セルリアの瞳はいつのまにか燃えていた。
そういえば、ここまで愛についてセルリアが語るのなんて初めてかもしれない。
「二人で歩み寄るから上手くいかないこともありますわ。今日がよくても明日にはまたずれてしまうかもしれませんわ。ですが、常によい関係を模索し続けていれば、必ず真の愛に近づけます! それはすぐれたパン職人が毎日の気候に合わせて水や小麦の配合を変えていくようなものですわ!」
ああ、光が見えてきた気がする。
二人が、どっちも相手のことを考えながら生きていくこと、それが愛なんだ。
「セルリア、ありがとうね。わらわ、きっと賢くなったよ」
メアリも少し笑っていた。
「じゃあ、フランツ、もう一度行くよ。どっちかのペースじゃなくて、二人で作ったオリジナルのペースで」
「そうだな。二人でやるんだから、俺のペースでもメアリのペースでもないよな」
おそるおそる踏み出した足はしっかりと地面を踏みしめて、自然と次の足を出す原動力になった。
そして、また次の足が出る。
さらに次の足が出る。
歯車がかみ合いはじめた。
俺たちはどんどん加速する。
まずは途中でこけていたチームを追い抜く。その少し先の眠けを催す魔法陣を踏んで、意識が朦朧としているチームも追い抜く。
「「いち、に、いち、に、いち、に!」」
とはいえ、俺たちは周囲をじっくり見ている余裕はなかった。どんどん、前に、前に進んでいくんだ。
そして、ついにゴールの手前あたりで一位の男二人のチームと並んだ。
「一気に迫ってきたな」「だが、決着は最後の魔法陣次第だな」
敵チームが二人とも、こちらに声をかけてくる。どうやらこの競技に慣れているらしい。
「なんだ、最後の魔法陣って?」
「ゴール直前には巨大な魔法陣が隠されていて、絶対その影響を受けるようになってるんだよ。それを乗り越えないとゴールはできないのさ」
それって純粋な二人三脚の実力と関係ない気がするが……とにかく進むしかない!
俺たちと敵チームはほぼ同時に進む。
そして、足元から魔法陣が発光した!




