117 弱気な心を倒せ
控えのところに戻ってきたらメアリがよく冷えたドリンクのビンを渡してくれた。
「健闘を讃えるよ。よくやったんじゃない?」
俺がなびかなかったことを喜んでるのかな。
「だって、メアリとかセルリアとか先輩たちとか……どう考えてもみんなのほうがかわいいからな」
それを聞いて、メアリはまた顔を赤くしたが、
「そこでわらわの名前だけ言えないあたり、まだまだなんだよね~」
と言って、自分の椅子に戻っていった。たしかに詰めが甘いのかもしれない。
「ご主人様は鉄の意志をお持ちなのですわね。わたくしも自分の誘惑術に自信を持つことができましたわ。まだまだ素人の方々には負けませんから」
セルリアは変なところから自尊心を得ていた。
「素人か……。サキュバスは誘惑のプロだもんな……。そこは間違いない」
とはいえ、こういう性癖ってあどけない感じのほうがいいというケースもあるので、感性が関係するものは正解などないので難しいところだ。技術的には圧倒的にすぐれてる画家の絵より、子供が描いた稚拙な絵のほうに感動することはある。
「どうやら、私の読みが当たりましたね」
「ここで後輩君を起用したのは大正解」
社長とファーフィスターニャ先輩はまたパンを食べている。食べすぎではないか。
「しかし、この近所のパン屋さん、レベルが高い。社長、教えてくれてありがとう」
「どういたしましてですよ。パンを食べすぎると太っちゃいますけど、今日は運動してる日ですから、安心して食べられますね」
絶対に運動している量より食べている量のほうが多いんですけど、そこは指摘してはいけないのだろうか。
「あの、社長、じわじわと二人三脚が近づいてきましたけど、これって誰と誰が出るんですか?」
俺が誘惑耐久で優勝したことで、いいポイントが入り、俺たちは三位にまで順位を上げた。二人三脚で高得点をとれれば、一気に逆転して優勝できる可能性もある。どうせなら優勝したい。
「そうですね。あんまり出ていない私とファーフィスターニャさんとで――」
「社長、パンの食べ過ぎでかなり苦しい」
「あら、ファーフィスターニャさん、大丈夫ですか? うっ、私もですね……」
ちらっとそこで社長は俺の顔を見た。
「とてもこのままじゃ参加できませんねえ。ここはフランツさんの家族三人のうち二人に出てもらうしかないですねえ……」
茶番だ!
最初から俺たちにやらせるつもりだったんだな。
まさかパンを食べていることにそんな意味があったとは……。
「二人三脚は息があってないと勝利は望めません。その点、皆さんは一つ屋根の下で暮らしていらっしゃるので、そこは何の問題もないのかなと思うんですよ」
なるほど。それは一理あるな。たんなる同僚二人で参加するチームより有利じゃないだろうか。
その話はセルリアとメアリにも聞こえていたらしい。
「あらら。じゃあ、わたくしたちの間で出る人を決めないといけませんわね」
セルリアは出ようと言われれば問題なく参加するが、ぜひ出たいというような感じでもない。セルリアらしい反応と言えなくもない。
一方でメアリはどことなく、遠慮がちに下を見ていた。すぐには自分から何かしゃべったりもしない。でも、聞こえていないという訳でもない感じだ。
やがて、うつむいたままメアリは口を開いた。
「息が合ってるっていうなら、フランツとセルリアがいいと思うよ。わらわより長く一緒にいるし、いつ見ても息がぴったりに見えるし」
こいつ、こんなところでなんで一歩下がるんだよ。
でも、わからなくはなかった。むしろよくわかった。
俺も学生時代、自信がないことはだいたい一歩退いて考えちゃうところがあった。ほかの誰かを押しのけていくようなバイタリティはなかった。
「うん、フランツとセルリアが適任だね。それなら優勝を狙うことはちっとも難しくないよ。いける、いける……」
だからって、気弱なメアリを放置するって考えはない。
俺はつかつかメアリのところにまで行くと、その手をぎゅっと握った。
「フランツ?」
「メアリ、一緒に出るぞ!」
真剣な目でメアリを凝視する。
「ど、どうしてそうなるの……? 勝ちにこだわるならセルリアと参加するべきだって! 非合理的だよ!」
「それはメアリが聞き捨てならないことをいったからだ」
「ど、どういうこと……?」
なんで、これでわかってないんだよ。
「メアリと俺とじゃ、セルリアと俺より息が合ってないって勝手に決めつけたことだ。俺はそこに順位つける気なんてないからな! だから、お前と二人三脚やって、いかに共鳴しあってるか証明してやる!」
これはほかのチームとの戦いじゃない。
変なところで不安になってるメアリの心との戦いだ。
「さっき、『たまふかし』でいい感じにやれたのに、また自信なくしてるだろ。単純にもったいないんだよ」
メアリの目の色も変わった。
闘争本能とでもいうのか、そういうものに火がついたのがわかった。
「うん。たしかに、偉大な魔族のわらわがこんなしょうもない大会で逃げちゃダメだね。まったくもってそのとおりだよ」
メアリは俺の手を逆に握り返した。
「勝つよ! わらわのいる会社に負けは許されないからね!」
「そうだ! 絶対に一位取るぞ!」
すぐそばでセルリアの拍手をもらった。
「ご立派ですわ、お二人とも。必ず、栄光が待っていますわ!」
そこでメアリは自嘲的に肩をすくめた。
「あ~あ、ほんとならセルリアにも対抗心燃やすべきなのかもしれないけど、セルリアの愛が深くて広いから、それができないんだよね~。肩すかしをくってる感じだよ。これもチートなんじゃない?」
セルリアは絶対に嫉妬したりしないもんな。でも、だからいろんな子となし崩し的にえっちいことしてきた部分もあるし……。まあ、今までが偶然、そういう空気になることが多かっただけだろう……。これからはああいうことはなくなっていく……はず……。
そして、いよいよ最後の二人三脚の時間がやってきた。
俺とメアリはもちろん足を紐で結んでいる。俺のほうが左側でメアリが右側だ。
黒魔法のイベントだから二人三脚と言っても、踏むと発動する魔法陣がコース上に設置されているらしい。ちなみに自分のレーンを走らないといけないなんてルールはない。相手の前に出て邪魔をするのも自由だ。
「フランツ……こんなにガタイよかったっけ……? お兄ちゃんみたい……」
空いている右手でメアリは口を押えた。
「いや、これでも男だからな……」
あと、照れるのはもうちょっと後回しにしてくれ。もう、はじまっちゃうし。
ダッシュエックス文庫2巻の原稿作業もほぼ完成しました! 比較的早くお届けできるかと思います!




