116 誘惑耐久
ファーフィスターニャ先輩のレギュレーションギリギリの戦術により、高ポイントを得たネクログラント黒魔法社だったが、そのあとの本格的なスポーツ種目ではあまりポイントが取れず、少し後退してしまった。正統派の種目にはあまり強くないのだ……。
ただ、俺とメアリの距離はなんだかいい感じに縮まっていた。
「ほら、これ、俺が作ってきたから揚げ」
「フランツ、ちょっと脂っこいメニューが多いよ。でも……なかなかおいしいかも」
今日は家のお弁当は俺が担当している。セルリアにも一部手伝ってもらったが、大半は俺一人でやった。
「ご主人様、いろいろと料理のこと教えてくれと言ってましたけど、こういうことだったんですのね」
微笑ましくセルリアは俺のほうを見ている。安定して料理が上手いのはセルリアだからな……。
「わらわもこればおいしいのはできるんだよ……」
ちょっと気まずい感じがするのか、メアリが言葉尻を濁した。
「うん、メアリがすごく上手いのは知ってる。で、すごく遅いのもな」
メアリはあくまでも趣味として、やたらと本格的な料理をやるタイプなので、毎日の料理みたいなものには向かないのだ。
結果的に時間がかかってもたかが知れているサラダなどを担当してもらっていることが多い。三十時間煮込んだシチューとか毎日作ってたら、出勤できないからな。
メアリが何か探している気がしたので、俺はさっと、プログラムを書いている紙を渡した。
「あ、ありがと……。けど、この紙探してるって、わらわ言ってないけど?」
「それぐらい、わかるって。二日や三日の付き合いじゃないんだから」
「ああ、うん、そうだね……」
ちょっとメアリが照れたように顔をそらした。今の、好感度高かったんじゃないか?
「あと、この会社で出る種目って、これとこれだから……まだ優勝可能性もなくはないかな」
「だな。最後の二人三脚までに点数縮めておけば、逆転もありうるな」
この大会のラストは二人三脚だ。
ちなみにまだ誰が出るかは未定。参加する種目だけ会社が言っておいて、直前に入場ゲートに行けばいい。社長が出る種目にチェックをつけてくれている。
「昼が過ぎて最初にこの会社が出る種目はと……誘惑耐久……?」
不穏としか言いようのない名前の種目だ。
そこにちょうど社長とファーフィスターニャ先輩がやってきた。
「どうですか、家族だんらんはできていますか?」
「社長、この誘惑耐久って何でしょうか……?」
「誘惑する会社とそれに耐える会社に分かれて、対決するんです。あっ、誘惑と言っても直接、相手に接触するのは反則です。椅子に座ってる相手を口をしぐさで誘惑します」
スポーツマンシップにまったくのっとってないけど、誘惑が黒魔法で重要なスキルなのはわかる。
けど、まだ確認しないといけないことが残っている。
「我が社は誘惑する側なんですか、耐える側なんですか?」
はっきり言ってきれいどころが揃ってるし、なにより誘惑のプロと言っていいサキュバスのセルリアがいるのだ。誘惑するほうが強い。
とはいえ、あんまり競技とはいえ、知らない男を誘惑してほしくはないよな……。そのあと、ストーカーみたいになられても困るし。
「心配いりませんよ。言うまでもなく、我が社は耐える側です」
社長はにっこり笑って、ぽんと俺の肩に手を置いた。
「しっかりやってくださいね、フランツさん」
「え、俺ですか……?」
「はい、女子が耐える側で出る枠は埋まっていたんです。というわけでここはフランツさんに頑張っていただこうかなと。あっ、勝算はあって、お願いしてますからね。フランツさんならあっさり勝てるはずです」
その根拠がどこから出ているのかよくわからないけど、社長がそれなりに自信を持って語っていることだけは事実だ。
後ろからメアリの視線を感じる。これですぐに興奮したりしたら、また幻滅されるかな……。
「じゃ、じゃあ……やってみることにします……」
社長のせいで余計な試練を与えられている気がするけど、ここは乗り越えるしかない。
俺は自分の会社名が貼ってある椅子に座った。左右にも同じように男の社員が座っている。中には「賢者モード、賢者モード……」とぶつぶつ言っている奴もいる。
椅子の足元には魔法陣が描いてあり、誘惑に屈したと判断されるとこれが点滅するらしい。
やがて誘惑する側が出てきた。
全体的に露出度が高い服が多いが、あくまでも健全なスポーツの大会なので、そんなにエロくない。多分、このあたりもレギュレーションがあるんだろう。
俺の前にまずブロンドの髪の香水がきつめのお姉さんが立つ。夜のお仕事感があるな。
審判が「第一回戦はじめ!」と言ってから笛を鳴らした。
「どう、お兄さん? 私といいことしない?」
ものすごくベタなことを言ってきたな……。
それと、こころなしか、相手も恥ずかしそうだ。
ああ、そういうことか。なんとなくわかってきたぞ。
これ、ガチで誘惑するというんじゃなくて、一種の余興なんだ。相手も本気でこんなことしてるわけじゃないから、勝手がわからないんだろう。黒魔法使いの女性が男を片っ端から籠絡してるなんてことはまずありえない。
――で、はっきり言って、全然興奮しない。
悪いけど、比べちゃうと、俺の職場のみんなのほうが断然かわいい!
毎日セルリアを見ている俺からしたら、普通にきれいな人ぐらいの感じだ。
応援席に座っているメアリの顔が見えた。こっちを偵察しているように見つめていたので、何も問題ないと視線を送った。
「ねえ、お兄さん、私と長い夜を楽しみましょう……あの、多少は戸惑ったりしてほしいんだけど……。そこまで平然とされても悲しいわ……」
対戦相手もあまりにも俺が無反応なので、それはそれでショックらしい。
タイムアップで一回戦は俺が勝った。
二回戦以降はほかの相手との対決だけど、全部俺が勝った。
結局、俺は優勝していた……。
「あの選手、男にしか興味ないんじゃない?」「いや、きっとものすごく特殊な性癖なんだ。普通すぎるのはダメなんだ」
優勝したけど、ほかの参加者から変な話をひそひそされてるな……。
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