114 球は転がさない
ちなみに、いろんな黒魔法の会社が参加していたけど、俺の会社ほど美少女率の高い会社はないようだった。ほかの会社の男から
「あのネクログラントって会社の男、うらやましくないか」
「爆発魔法を使えないのが残念だ」
「なあに、意外と近くにいる相手とは一線越えられないものさ」
すいません、割と越えてます。
爆発に関する赤魔法を無理矢理覚えられそうだから、黙っておこう。
やがて、会場に『開会の言葉です』というアナウンスが響いた。魔法かなんかで声を拡大しているようだ。
前にある壇上に、白い毛に全身が覆われた人が立った。どこかで見覚えがあるような。
「黒魔法協会の会長、『焚刑のエゼルレッド』じゃ。開会の言葉を述べさせてもらうぞ。ふぉっふぉ」
あっ! 研修の時にもいた人だ!
「この運動会も早いもので、すでに、ええと……何回かは忘れたが、とにかく、めでたい」
しゃべる内容が雑だ。本当にめでたいと思っているのか。
「しっかり汗を流してメタボ対策としてくれ。ちなみにわしは食べても太らない体質じゃ」
知らねえよ! しかもイラッとする情報!
「それでは、どの会社もしっかりやるのじゃぞ。次のプログラムは、百メートル走……ではなくて、大会用に生贄に捧げた羊の肉を焼いたので各チームに振る舞う」
走る前に肉を食わすなよ! 順序に問題がありすぎる!
――そのあと、本当に羊の焼き肉を食べることになった。
「あっ、とってもおいしいですわ。焼き加減も抜群ですわね」
「タレもなかなか合ってますね~」
和気あいあいと焼き肉をやっているが、これでいいんだろうか……。
「この後の百メートル走はわたくしが出ますわ」
セルリアが肉を食べながら言った。
事前に二人以上で参加するものはメアリと俺で参加するように仕込んでいた。なので、一人で出るものなんかはセルリアおよび社長にやってもらう。
百メートル走か。黒魔法業界とは思えなくぐらいまっとうだな――と思ったら甘かった。
セルリアをはじめ、各チームの出場者はものすごく複雑な動きで走っていた。
少なくとも、百メートル先よりはるかに手前にゴールテープがあるし、出場者がみんな杖を持っている。
「これは百メートル以上走りながら、そのうえで魔法陣を描いて黒魔法を発動させないといけない競技なんですよう」
「社長、かなり面倒くさいですよね、それ!」
そこは単純に走るだけにしてもいいのではと思うのだけど、譲れない部分があるんだろう。
セルリアは瘴気発生の魔法を唱えつつ、百メートル走って、順位としては十五人参加した中で六位だった。まずまずの成績だ。
その次は、二人で行う「たまふかし」だ。
これには俺とメアリが参加するので、出場者の集合場所に向かう。
「でも、『たまふかし』って何なんだ? 『球転がし』ならわかるんだけど」
「わらわもこういうのは、ほとんど未経験だからよくわからないよ」
すると、各レーンの奥に二メートルはあるような大きな黒い卵が設置された。
壇に黒魔法協会の会長が立つ。
「これは魔界に生息する鳥の卵じゃ。各チームは二人で頑張ってこの卵をあたためて孵化させること。雛を出したところから順に勝ちとする」
そうか、「たまふかし」って「球孵化し」なのか……。
「それじゃ、スタート――と言ったらはじめるのじゃ。あっ、全チーム出ておる!」
会長の古典的なギャグを無視するみたいに俺たちも飛び出した。すべてのチームが動いているからこのまま続行らしい。
「フランツ、これってどうするものなの?」
メアリに尋ねられたけど、俺もそんなことはわからない。
「とにかく、温めなきゃダメだから、ひとまず抱きついてみるか」
ほかのチームも卵に抱きついている。やはりそうするものらしい。
俺たちも卵に両手を伸ばしてひっつくが、卵なのでごろんと傾く。それでまた元の位置に戻る。ものすごく揺れる船に乗っているような気分だ。
「うわ、フランツ、揺れる、揺れるって!」
「我慢しろ、メアリ!」
お互いに手を伸ばすので、俺の腕がメアリの腕に重なる感じになる。
「なんだか、変な抱き合い方してるみたいで、わらわ、恥ずかしいな……」
「ここはこらえろ、メアリ! 勝負に集中だ!」
俺もそう言いながらも妙な気持ちだった。抱擁のようで、そうでもないんだよな。あくまでも抱擁している対象は黒い卵なのだ。
でも、なんだかいとおしい気分にもなってくる。
しかも、卵がぐらぐら揺れるので、吊り橋効果的な作用が働くというか……。
「ねえ、フランツ……これって、わらわたちの卵だよね?」
「なんか誤解を招きそうな発言だな……。だいたい、お前は卵生じゃないだろ。けど……言葉の上ではそういうことになるな」
「じゃあ……わらわ、真剣になっちゃおうかな……」
メアリの手に力が入るのがわかった。
「さあ、産まれて、産まれて! フランツとの共同作業なんだから!」
また何かが違う気がするけど、言葉としては合ってる。
なんだ、最初は乗り気じゃない感じだったのに、もうメアリは全力で挑んでるじゃないか。
俺もそれにこたえないと。
「産まれろ、産まれろ! メアリがこれだけ頑張ってるんだから、何の鳥か知らないけど産まれろ!」
俺たちの熱意が卵をあっためたのか、ピシッという音とともに殻が割れていき――中から大きな真っ黒の雛が顔を出した。
「産まれたよ、フランツ!」
「やったな!」
会長が壇上から「一位はネクログラント黒魔法社じゃな」と宣言した。
よし、一位ゲットだ!
俺とメアリは卵から出ようと努力している雛の前で元気に笑顔でハイタッチをした。
「あっ……今の、すごく兄妹っぽかった……」
何かに気づいたみたいに叩いた手をじっとメアリは見つめた。
「ううん、違う。今の、彼女と彼氏のやりとりっぽかったよ――なんてね」
機嫌よく、メアリは舌を出した。
変な種目だったけど、メアリとの距離、縮まってくれた気がする。
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