109 アンデッドは人だ
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これでチャンスが回ってきた。
俺はさっと杖の先端を持って、お面に引っ掛ける。
こういうお面キャラはお面を取ると力が弱体化したり、お面が本体だったりするのだ!
お面がからんと音をたてて、床に落ちる。
ヴァニタザールの素顔はショートカットがよく似合う、いかにもばりばり働いてますという快活な印象の女子だった。いや、敵の容姿を褒めてもしょうがないんだけど、かわいいことはかわいい。そこをかわいくないと言うのはウソだからあんまりよくないよな。
「くっ……。あんまり見ないでほしいわね……」
これは顔を見られると恥ずかしくて力が出せないタイプの敵か? それならそれで作戦成功ってことになるんだけど。
「洗脳は不可能みたいね。ならば、『肉体弱体化(強度)』の魔法を使うしかないわね……」
「あれ? 仮面はずしても戦えるの……?」
「とくに制約はないけど?」
だったら、思わせぶりなお面とかやめてくれよ!
でも、こっちもメアリとセルリアが加勢に入ってくるはず!
ただ、なぜか二人が奇妙な方向に飛んでいく。
しばらく飛んだあとで、二人が動きを止めた。
「これ、幻覚の魔法がかかってますわね……。一度、解除しないと……」
「ああ、もう! 紫魔法はこういうのがあるから嫌なんだよ!」
これ、ヴァニタザールが事前に何かかけてたな。ヤバい、ヤバい……。
俺はあわてて、魔法の詠唱に入る。何か攻撃をしないと攻め込まれるぞ……。
しかし、床がつるつるしていて、魔法陣が上手く描けない。
「もしもの時に備えて、魔法陣が作れない床にしているのよ。こちらは宙でも魔法陣を描けるからね」
「じわじわ追い詰められてる!」
「どうやら、どうとでもなりそうね。よし、このまま勝てそうだ。どう料理してあげようかしら」
笑わない顔で、ヴァニタザールが言う。
「お、俺を倒しても、メアリにぶっ殺されるからな。仇はメアリがとってくれる! まあ、まずは俺が無事でいたいけど……」
「勝手に言っておけばいいわ。まさか『名状しがたき悪夢の祖』がいるわけでもないだろうしね」
「まさにそれだから! メアリがそうだから!」
「つまらないギャグね。さあ、洗脳の魔法はいくつもあるからね。過労死するまで働かせてあげる!」
最悪なことを言ってるぞ!
でも、そこで意外な伏兵が現れた。
近くにいたアンデッドたちがヴァニタザールに飛びかかっていた。
「ふざけんな!」「復讐してやる!」「許さないからね!」
そうか、鎖がついてるっていっても、そばのアンデッドたちはいくらでも攻撃ができた。
ヴァニタザールは抵抗するが、そのままアンデッドたちに押し倒される。腕力自体はたいしたことはないらしい。
「や、やめなさい! 呪符を貼るよ!」
「貼りたきゃやれ!」「あんた、アンデッドをなんとも思ってなかったでしょ」「でなきゃ、もっと警戒するもんな!」
そっか。たしかにこの部屋にはヴァニタザールを恨んでるアンデッドだらけだった。なのにヴァニタザールはそれすら黙殺していた。心のある存在だと考えてなかった。
そこを攻撃されたのだ。ここにいるのはヴァニタザールの敵だらけだった。
「やめて! やめなさい! 社長に歯向かうんじゃないわ!」
ヴァニタザールが悲鳴をあげる。
「何が社長だ!」「こっちは小銅貨一枚ももらってないのよ!」「つまり奴隷だ! むしろクビにしやがれ!」
見事にヴァニタザールは捕らえられてしまった。手を抑えられているせいか、魔法も使えないらしい。
「どうやら、勝負はあったようですねえ」
そんなヴァニタザールの前にケルケル社長が姿を現す。
「ああ、こんな近くにいたんですね、社長」
「かわいい社員がひどい目に遭ったら大変ですからね」
手にはさっきまで社長が着ていたヴェールが載っている。
この透明化するヴェールで姿を隠して、潜入していたんだ。なにせ、ヴァニタザールが強敵なので、念には念を入れていた。
「まさか、アンデッドを法的に人にしちゃうだなんて……そこまでして、こっちの邪魔をしたいわけ?」
恨めしそうにヴァニタザールは社長の顔を見上げた。
「まさか、ヴァニーに対する特殊で具体的な憎しみなんてないですよ。思い上がりというものです」
ケルケル社長は笑っているけど、その言葉にはトゲがある。
「ただ、多くのアンデッドが苦しんでいると聞いたから、どうにかする手を考えただけです。あなたが相手じゃなくてもまったく同じことをしましたからね」
それでヴァニタザールは黙り込んでしまった。
アンデッドを人にしてしまって、奴隷労働を止めさせる方法――それを思いついた時点でこっちの勝ちではあったのだ。
「あと、いいかげん、収益しか信じないだなんてキャラを演じるのはやめるべきですよ。仮面の下でまったく笑ってませんでしたよね」
ヴァニタザールの表情が硬くなる。
「それぐらい昔からの付き合いだからわかりますよ。続けていても、どこかであなたの心が壊れたはずです。人を幸せにできない仕事をずっと行うのは無理なんですよ」
「……でも、これぐらいしか追い求めるものがなかったのよ…」
「なるほど。でしたら」
ぽんぽんと社長は俺の背中を叩いた。
「今日一日、フランツさんと一緒に過ごして、新しいものでも見つけてください」
「え、えええええ! なんで、俺が!?」
でも社長はマイペースに話を進めていく。
「ほら、ヴァニーも鬱々としてるより話し相手がいるほうが気も落ち着くでしょう? それとも一緒になってアンデッドさんたちを人間にするお仕事をやりますか?」
「……いや、頭を冷やしたいわね……」
結局、俺は社長室の横の応接ルームでヴァニタザールと向き合うことになった。
猛烈に気まずい……。ずっと暗い顔をしてるし……。
かといって、こいつを一人にしておくのは、それはそれで怖いし、監視の意味も含めて俺がいたほうがいいんだろうな。
「いろいろ、過去にあったみたいですね」
ずっと黙ったままなのも落ち着かないから、話題を振る。
「うん、本当にいろいろね。せっかくだし昔話を聞いてくれる?」
「どうぞ。いくらでも聞きますよ」
ヴァニタザールの話は軽く社長から聞いていたけど、やはり、直接聞くと印象が全然違う。本当に壮絶だった。
一言で言うと、何度も人に裏切られて地獄を見た人生だった。
それで徐々にお金しか信じられないようになっていったのだろう。そうだと言われなくても、だいたいわかった。
でも、しゃべっている間にヴァニタザールの顔色はよくなってはきた。
ああ、人に話すことって、心の安定を保つために大事なことなんだよな。




