106 最悪の砂漠の工場
廊下も想像以上に清潔で、正直、肩透かしを食らった部分がある。
セルリアもきょろきょろと周囲に視線を送っていた。
「こんなにきれいな環境なんですわね……」
「職場の照明を明るいものにすることで、作業能率がアップすることはすでに魔界の論文で発表されているからね。そういうところには気を配っているのよ。ふふふ」
仮面のせいで顔は見えないけど、おそらくドヤ顔で言ってるな。
さらに、涼しい、心地いい風まで吹いてきた。メアリの羽もちょっと揺れる。
「空調も気をつかっていてね、風魔法と氷魔法を唱える人間の職員がいて、室温も快適なレベルを保っているんだ。どう? よく考えているでしょう?」
あれ……? なんか、やけにまっとうだぞ……?
まさか、ガーベラがウソをついている? いや、いくらなんでもそんなことはないよな。
「廊下ばっかり案内してもしょうがないし、作業風景も見ていただこうかしら。まず、第一作業室にどうぞ」
入口に「第一作業室」と書いてある大きな扉をヴァニタザールが開けた。
そこでは無言で作業員たちが黙々と何か仕事をしていた。
どうやら、糊付けをしておもちゃを組み立てているらしい。
働いている人たちは真面目で、しゃべり声も聞こえてこない。というか、扉を開いたのに、こっちを見もしない。
「ここのラインで働いているのは全員がアンデッドなのよ。どうかしら? 労働の喜びをみんな感じていて幸せそうでしょう?」
「そ、そうなんですかね? これだけだと、まだなんとも言えないな……」
表面上、しっかり働いているようには見える。てっきり、鞭で打たれながら強制労働でもさせられているのかと思ったのだけど、勤務態度は思った以上にいい。
メアリもセルリアもどこかにカラクリがないか視線を送っているが、これだけではごく普通の職場にしか見えない。
「ガーベラって子には鎖がついてたけど、あれはどうなったの?」
メアリはやっぱり細かなところに目がいく。そういえば、ここのアンデッドの足には何もついていない。
「さあ? この部屋の様子を見てくれればいいわ。それがすべてよ」
堂々とヴァニタザールが言った。
「ここはもういいんで、次の部屋を見せてもらえますか?」
第二作業室も第三作業室も、仕事内容は微妙に違うけれど、同じように玩具の組み立てをしていた。
そして、作業員は淡々と仕事をしている。
「もう、いいかしら? アンデッドを使ったこの工場には一点の傷もないでしょう?」
平然とした顔(に見えるお面)でヴァニタザールが言った。
ううむ……。おかしいな……。当初の目論見がかなり外れている。もっとすさんだ場所だと思っていたのに。
ぽんぽんとメアリに肩を叩かれた。それから小声で言われた。
「メッキがはがれるまでもう少し粘るよ。必ず、何かある」
そして、俺たちは最後の作業室に案内された。
そこもやっぱり組み立てをちゃんとやっている。
部屋の中を歩いてみたけど、とくに違和感はない。黙々と仕事を続けている。
しかし、変化は突然に起きた。
「もう、耐えられねえっっっ!」
作業員の一人が俺の前でいきなり立ち上がったので、腰を抜かしそうになった。
「こんなふうに同じところに座って、永久に単純労働をさせられるなんて、いくらアンデッドでも我慢できるか! そりゃ、俺たちはトイレにも行かないし、メシも食わねえ。寝なくていいときてる。けど、ずっと同じことをしてれば嫌にもなるってもんだ!」
あっ! やっぱり、アンデッドたちは苦しんでいたんだ!
「よりにもよって今キレるだなんて。恥ずかしいところを見せてくれたわね……」
ヴァニタザールの声は怒りをにじませていた。
ほかのアンデッドも動揺していた。しかし、それは怯えのようなものに近い。
「おい、やめろ! 『札付きの部屋』に送られるぞ!」「『札付きの部屋』よりはマシでしょ! こらえなさい!」
札付きの部屋とは……? 意味からすれば問題児の部屋ってことだろうか。
「もう、どうでもいい! ここから逃げ出してやる! 雨に打たれて、もっと腐ったとしても、ここでひたすらしょうもねえことを続けるよりはマシだ!」
アンデッドの男が脱走しようと試みる。
だが、男はそのまま床に倒れた。
その足に鎖が現れていた。
普段は見えないようになってるのか。
じわじわと様子がわかってきた。やっぱり、ここは異常だ……。
ヴァニタザールはパチンと指を鳴らした。
「教務係、やってしまいなさい」
すると、冷たい無表情で、軍服みたいな服を着たアンデッドがやってきた。
そして、抵抗する男に何かを貼り付けた。
それは呪符だ。
途端に暴れていた男の顔が変わった。
「労働こそ生きがい、労働こそ生きがい、労働こそ生きがい、労働こそ生きがい……」
怖い、怖い!
「これが『労働こそ生きがい』の呪符かっ!」
男は教務係に鎖をはずされて、そのまま部屋の外へと連れていかれた。
「あいつ、『札付きの部屋』に行っちゃったな……」「呪符で心まで奪われた者だけの部屋か……」「まだ強制労働のほうがマシよ……」
札付きって呪符を貼られている奴が送られる場所ということか。
「さあ、お前たち、真面目に働きなさい! お前たちの存在意義はここで働くことだけなのよ! ぼさぼさしていると、呪符を貼るからね!」
ヴァニタザールの言葉に、すぐに作業員たちは仕事用の机に顔を向けて、再び働き出した。
「あんまりですわ……。とても人間的な環境ではありません……」
セルリアが顔を曇らせる。実際、見ていられないぐらい残酷な環境だ。
「人間的な環境なわけがないでしょう。ここにいるのは人間ではないんだから」
ヴァニタザールは平然とうそぶいた。
過去に何があったとしても、こいつは完全に悪党だ。とても容認できない。
「ここにいるアンデッドは完全に管理しているの。従順なアンデッドの一部を教務係にして、鎖のない生活を許している。こうすればアンデッドがアンデッドを管理するから人件費も節約できるしね」
ヴァタニザールの楽しそうな声がムカつきもしたけど、それ以上にアンデッドたちの切なそうな顔が気になった。
「ヴァニタザール社長、ありがとうございました。とても参考になりましたよ」
俺は冷たい声で言った。
絶対に、こんなひどい環境、変えてやるって決心がはっきりとついた。
何かあるはずだ。
アンデッドを助ける方法が。
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