104 悪徳業者を止めろ
社長とヴァニタザールはお互いにニックネームみたいなので呼び合った。
ということは、二人は知り合いなのか!?
「ヴァニーはしばらく、魔界で働いてたんじゃないんですか? そこで労働条件に問題があるとして、告発を受けて、業務停止命令も受けてたはずですけど」
社長がやはり目の笑ってない顔で言う。
このヴァニタザールって奴、大昔から無茶苦茶なことしてたんだな。
「あれは、もう百年以上も前のことね。あれで私も有罪判決を受けてね、反省したのよ。法に引っかからないように、最初から無法地帯のところで活躍するようにしようってね」
ちっとも反省してないぞ、こいつ!
そして、仮面というかキャラクターもののお面のせいもあって、性別は不詳だ。しゃべり方からして、女性だとは思うけど……。
ガーベラがびくびくふるえそうになっていたので、その手をそっと握った。
怖くないぞ、怖くないからな。そう目で伝える。
ガーベラも、ありがとうのサインを目で送ってくれた。
「魔界と比べると、こっちの世界は労働環境の法整備が遅れている。そこを突いたの。アンデッドを大量使役しても、それはネクロマンサーの領分だからね。この世界には多数のアンデッドが労働に携わるという前提がないので、法が隙間だらけだったの」
「法に問題がないなら、人道的に問題があってもいいというわけですね。やっぱり、ヴァニーはクズになってしまいましたね」
「法を犯してない人間を悪く言うのはおかしいわよ。法以外の基準で、こっちを罰してくるとしたら、それこそ罪だし。自力救済の論理はもう過去のものになっているの」
悪役キャラって口はまわるものだけど、このヴァニタザールって奴も言ってることは間違ってはない。ムカつくという理由だけで相手を攻撃したら、それはたんなる暴力になってしまう。
とはいえ、こいつが悪い奴なのは、もう絶対に確実なのだが。
「本当はこのネクログラント黒魔法社に来る予定もなかったのよ。ただ、そこのアンデッドがなんと、ここに保護されたみたいになっていたから、せっかくだから来ただけ」
またガーベラが恐ろしいものを見る目になる。
これじゃ、奴隷と悪辣な主人の関係じゃないか。いや、まさにそうなのか。お金すら払ってないのだから、雇用関係ですらない。
「やはり、アンデッドの居場所はわかるようになっているのですね」
「ケルーの言うとおりよ。さて、本来なら私の持ち物だから返してほしいと言う権利もあるんだけど、せっかくだからプレゼントするわよ」
おや、思ったより話のわかる奴なのか?
「そのアンデッド、あまり能率もよくないし、ほかのを補充したほうが会社もよくまわるからね」
「あなた! 感情をちゃんと持ってる方に対して、徹底した物扱いは失礼ですわよ!」
耐えきれなくなったセルリアが声を荒らげた。
「好きなように言えばいいわよ。私はとっくの昔に心など捨てちゃったから」
表情はお面のせいで見えないけど、多分ちっとも効いてはいないだろうな。
こいつは悪とわかって、悪を成している。今更、良心の呵責も何もないだろう。
「ケルー、君のこの会社の純利益のおよそ十五倍を私は稼いでいる。それが私が正しいことの証明ってわけよ」
挑発するように、またヴァニタザールは社長のほうを見た。
「君の社員を大事にするシステムでは大きな組織を作ることはできない。つまり、影響力も、それで幸せにできる人間の数もしれているということ」
「それでいいんですよ。会社というのは人が集まって作るものですから。中の人がみんな不幸な会社はすでに勝利条件が変になっています」
どうやら、ヴァニタザールは笑っているらしい。
「やはり、君とは考え方が合わないわね」
「合わなくて、むしろ、こっちはほっとしていますよ」
「せいぜい、強がりを言っていればいい。いずれ、私の会社『ヴァニタザール開発』は大企業になり、この世界を牛耳るのよ! そして、復讐を果たすの!」
そして、ヴァニタザールはアンデッド二人とともに去っていった。二人とも、いかにも幸薄そうな顔をしていた。
まず、メアリがため息をついていた。
「はぁ~。なんというか、ガーベラを返せって言われなかったのは本当によかったね」
その言葉が重くなりそうな空気を緩和してくれた。メアリは賢いから意図的なことに違いない。
「その時点で、こっちの勝利条件は満たしたようなものだよね。ほんとによかったよ」
「それはそうだな……。訴訟するとか言われたら、どう応対すればいいかわからないところだった……」
ガーベラもほっとしているらしく、ソファーでぐでっとしていた。
「怖かったよ~。あの人と一緒の空間にいると、とことん息が詰まるよ~。もう息してないけど」
ガーベラのアンデッドギャグが飛び出した。なんだかんだでタフな子なのかもしれない。普通なら、脱走することだってできないだろうからな。その時点で行動力はある。
けど、まだ気にかかることは残っていた。
「あの、ケルケル社長……ヴァニタザールって奴と知り合いなんですね?」
「はい、大昔、共にいい会社を作ろうと切磋琢磨した時期もありました。ベンチャーの世界ではそれなりの有名人でした。困ってる人があったら、どんどん雇ったりして、聖人君子と呼ばれていた時もありましたよ」
俺はごくりと唾を呑んだ。
じゃあ、よほどひどいことがあのヴァニタザールにあったんだろう。
「雇ったバイトの子が、実は大型窃盗団の構成員で、会社の金を奪った挙句、会社に火をつけたんです。あの人は一日ですべてを失いました」
「そ、それは闇落ちするわっ!」
財布をひったくられたとか、そういう次元のことではない。絶対悪に容赦なくしゃぶりつくされたわけか。
「さらに、そのあとも会社の再建に燃えているあの人を騙す怪しいブローカーみたいなのも寄ってきて、さらに集めたお金を持ち逃げされてしまって……あの人はもう誰も信じない、人間の心など考えて経営してはいけないと言い出すことに……」
「悪に染まる奴って、よく悲しいエピソードとか持ってますけど、あいつもなかなかですね……」
「ですが、今回再会して改めて決心がつきました」
社長の瞳は炎でもついたのかというほどに輝いていた。
「私はヴァニーを……ヴァニタザールを止めます!」
小さな両手をぎゅっと握り締めて、社長はこう続ける。
「なぜなら、アンデッドたちには心があるからです。あの会社が大きくなって、働かされるアンデッドが増えれば増えるほど、不幸な存在も増えてしまいます。そんな未来は阻止しないといけません!」
社長って、事なかれ主義には絶対なれないんだな。
言い方は変かもしれないけど、ほっとした。
俺は立ち上がると、社長に近づいて、その手をぎゅっと両手で包んだ。
「俺もお手伝いします」
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