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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第二章 《氷の町》
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 アンジュは槍を時には突き刺し時には切り付け、魔物を次々に薙ぎ払う。緑色の返り血が服に飛ぶのもお構いなしに戦うため、少し離れた位置でアンジュとユラに加護の魔術をかけていたリヒターは「いいのかあれで……」と呆れを見せた。

 そうやって次々と薙ぎ払っていけば、魔物の頭を成していた魔族の男は本気で怯えたようで「ひぃぃ……ッ」と情けない声を上げて地べたを這っていた。そのまま他の魔物を放り逃げ出そうとする彼をアンジュが許すはずもなく、


「そこを、動くな!」


 と持っていた槍を投げつけた。それは魔族の体すれすれにキィン!と音を立て突き刺さり、魔族はその場から動けなくなってしまった。あらかた魔物は片付いていたので残りをユラに任せ、アンジュは魔族のもとへゆっくりと、恐怖を与えるようにじわじわと魔族に近付く。


「残念だったな」

「な、な、っ」

「本当に、残念だったな。こんなことをしなければ、私の逆鱗に触れることもなかったろうに」


 本当に、残念だ。ゆっくり首を振ると、アンジュは地面に刺さる槍を慣れた手つきで抜き、魔族の胸の中心、人間でいえば心臓のあるあたりに心臓を突き付ける。


この私(・・・)に武器を抜かせたこと、後悔しろ」


 アンジュが何をするつもりなのか、魔族はそれを悟り声にならぬ悲鳴をあげアンジュから離れようとする。

 だがアンジュがこれを許すはずもなく「本当に、残念だよ」と、誰にいうでもなく呟き―――――






「アンジュ」


 リヒターは怒りをにじませた表情で魔族だったもの(・・・・・)を見つめるアンジュの腕をとろうと手を伸ばす。しかしアンジュはそれを拒むと、「みっともないところをお見せしてしまって」と苦笑を浮かべた。

 リヒターから少し距離を取り槍についた血を魔族の着ている服の柔らかい部分で拭えば、「アンジュ!」と強い調子で名を呼ばれた。覚悟を決めたように顔をあげれば、どういうわけか泣き出しそうなリヒターの姿が。

 暫くそのままアンジュを見つめていたが、やがて意を決したように口を開き、


「お前は、戦いたくなかったんだな」


 ぽつりそう告げた。

 その言葉にアンジュはもっと苦笑を深くした。


 なんでもお見通しに見せて、全然わかってないんだなあこの人


「戦いたくなかったわけじゃないわ。貴方たちに、こんな姿を見せたくなかっただけ」


 ただのギルドの受付嬢、事情ありの貴族令嬢。

 リヒターとユラのなかでのアンジュはそうであったはず。

 なのに、魔物を薙ぎ倒し、魔族を切る。ただの女の子とは到底言えないこの姿。


 戦いをいやがったわけではない。槍を持つことを好ましいと思っている、楽しいと思っている自分がいる。

 だけど。ただの女の子として接してきた二人にこんな姿を見られて、楽しいだなんて思えない。


「俺たちがひくとでも思ったのか?」

「そういうわけではないけど、」

「俺が思ったのは、守るだなんていったのにもかかわらずお前の方が強かったという悔しさだけだ」


 真面目な表情で告げたかと思うと、リヒターは大きな手のひらで額をおさえ、


「どうしてうちの女性陣はこうも接近戦に長けているのか、せいぜいそこに呆れたぐらいだ」


 と溜め息を吐いた。本気でそう思っているような口調に、アンジュは思わず笑みがこぼれた。だがリヒターはその表情にむっとしてみせ「あのなあ」と声をあげる。


「男が後ろにいるあの悔しさと悲しみ! おまえにわかるか!?」

「わかんないよ。だって魔術はからきしだから近付かないと戦えないんだもの、仕方ないでしょう」

「それにしたってな!」


 まったく、と眉を吊り上げれば、もっと面白いと言わんばかりにアンジュは笑みを深める。


 内心、ようやく落ち着いたかとリヒターが安堵していることに気付かずに。



 頭をなしていた魔族の男が倒されたことによりすべての魔物がわらわらと逃げていったことで手の空いたユラがこちらへ来て、はしゃいだ声をあげたことでアンジュの笑みはもっと深まる。


 ここなら(・・・・)、自分らしくいてもいいんだ

 何にも縛られず私らしくあっていいんだ


 そのことに気付いてしまえば、楽しくって、嬉しくって仕方がなかった。




「アンジュちゃん強い! すっごおい!」


 ピョンピョン飛び跳ね興奮する姿は子供にしか見えず、相変わらずかわいいなあとアンジュが頭を撫でてやると、横でリヒターがぼそりと「いくつになったと思っているんだ……」と呆れを含んだ声をもらした。


「ねえねえその武器なあに? 形が変わっていたみたいだけど私魔術全っ然わかんなくてさ!」

「ユラちゃんも? 私も全っ然魔術に関してはわからないんだよね」

「一緒だね!」


 きゃー! と盛り上がる女性陣を少し離れた位置からリカルドはながめ、「どうしてこうも簡単に……っ」と悔しげに拳を握りしめる。だがこのまま二人を放っておけばいつまでもこの状態が続くだろうと思い口を開いた。

 それに。気になることもある。


変形物質チェンジフォーム・マテリアルだろう。魔力でその形状を変化させ、術者の思う通りのものを簡単に作り上げることのできる特殊物質。それなりに魔力が必要なために魔術師ぐらいしか扱わないと聞いたが……」

「ご名答。私、魔術を発動することがどういうわけかできなくって、だけど魔力だけはそれなりにあるらしくって、この武器に落ち着いたんだ」


 慈しむようにアンジュが槍をすっとなでてると、それは姿を変えアンジュの手首に収まった。一見銀の装飾がされている腕輪のようである。


「そんなこともあるしで、扱いづらいからあまり出回っていないけど、リカルドさんは知っていたのね」

「まあな。……そんな出回らない武器を手に入れることも、アンジェリカ・ディラックならば簡単というわけか」


 突然リヒターのだした名にアンジュはぎょっとする。やはり気付かれていたのか、と。

 対してきょとんとユラはその名に首を傾げていたが、アンジュの槍をじっと見つめ「うそ」と先程までのテンションの高さは何処にいったと言いたいほどに落ち着き払った声で呟いた。


「アンジェリカ・ディラック…………っシルバー・ランサー!?」

「お前ほど特殊じゃない―――やっぱり気付いていた、か」

「あのときは別だと思ったんだがな。今はもうわかっている。想像以上に特殊だな」


 肩を竦め、ユラと同じようにアンジュの槍を見つめ、視線を彼女の髪へとうつす。銀に輝く長い髪―――《銀槍(ぎんそう)》、シルバー・ランサーの二つ名はそこからとられたとリヒターは聞いていた。


 非公式ではあるものの、齢十二にして、しかも女の身で王の剣と例えられる王直属の部隊に大抜擢された異例中の異例。だがその三年後、突如彼女は姿を消したという。


「まさかこんなところにいるとはな」

「正確には、次期(・・)王の剣よ。年齢的にもそちらがあっているとかで。……一応極秘事項なのにどうして知っているのか、なんて野暮なことは聞かないほうが良さそうね。まあ私の見立てでは、二人ともただの傭兵ではないようだし」

「かの有名な姫騎士にそう言ってもらえるとは光栄だな」

「やだ、そっちまで知っているの? シルバー・ランサーぐらいなら流れていても仕方がないとは思いますけど、姫騎士やアンジェリカ・ディラックの方は本当にごく一部の人間しか知らない情報なんですけど」

「ただの傭兵じゃないんでね」


 先程のアンジュの言葉を使いリヒターが答えれば、「もう!」とユラが彼の背中をばしっと音がするほど強く叩いた。なにいってるの!という意味だろう。だが流石というかなんというか。接近戦を、しかも素手で戦うユラの拳は相当痛かったようで、リヒターはうずくまってしまった。

 だがそんなことをお構いなしにユラはなにやら疑問が浮かんだようで、「ねえねえアンジュちゃん」とリヒターから離れてアンジュの肩を軽く叩いた。


「どうして退団しちゃったの?」

「……いろいろとあってね。もう七年も前のことよ」

「剣の才があったとしても十二で入団だなんて……すごいどころの話じゃないよ。そんなアンジェリカ……アンジュちゃんが退団するなんて―――やっぱり理由は聞かないでおくね」


 どういう心境の変化か、ユラは背伸びをするとアンジュの頭を優しく撫でてやる。気持ち良さそうにアンジュが目を細めていれば、「でもこれだけは聞かせて」と頭から手を離し、肩に手を置いて尋ねた。


「どうして受付嬢をしているの? アンジュちゃんほどの実力があれば、戦闘員としてギルドで働くことも可能でしょう?」

「一応、アンジェリカ・ディラックと私は別人だからね」

「貴族としての立場を優先させた、ということか」


 ようやく痛みが収まったのか、リヒターが会話に加わった。


 アンジェリカ・ディラックはミドルネームなしの庶民と言われている。だが、この場にいるアンジュは貴族令嬢。

 アンジュが貴族であることを知るものはいるが、そんな彼女が《銀槍》であることを知るものはいない、ということだろう。


「そういうこと。それに《銀槍》の存在が極秘事項とされているとはいってもまったく知られていないわけではない。それなのに戦ってしまえば」

「俺が気付いたように他にもアンジュがアンジェリカ・ディラックと気付くものがいるかもしれない……ということか」

「いろいろと大変なんだねえ」


 アンジュは言葉を返す代わりに肩を竦めた。

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