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ライバル令嬢改め受付嬢始めました  作者: 花菜
第二章 《氷の町》
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「アンジュちゃん、もう体調は大丈夫なの?」

「うん、問題ないよ。すっかり元気になっちゃった。ありがとうね」


 心配そうにアンジュの顔を覗き込むユラ。そんな表情をみて、迷惑をかけてごめんね、と言いかけたアンジュだったが少し迷って、「ありがとう」という言葉をかけた。

 きっと、ユラもリヒターと一緒で「ごめん」より「ありがとう」のほうがいいっていうだろうから。

 そう思っての言葉だったが正しかったらしい。満面の笑みを浮かべ、「そっか、それはよかった」とユラはアンジュに抱き着いた。


 二人のそんなやり取りを離れたところで見ながら出発のタイミングを見計らっていたリヒターだったが、放っておけばいつまでもやっていそうだと察し「そろそろ出るぞ」と告げる。「もうちょっとー」とくぐもった声で返してきたユラをべりっとアンジュから引き離すと首根っこを抱えたまま強制的に氷の町に向かって歩き出す。苦笑しながらもアンジュはそれに文句を言わずリヒターの横に並んで「いじわる、リヒターのいじわる!!」と文句を言うユラを宥めた。




 レディレイクに比べたら滞在していた屋敷は氷の町に近かったといえ、安全を考えて近すぎず遠すぎずの位置に立っていたためそれなりに歩く必要がある。進めば進むほど寒さと鋭さを増す空気に身を引き締めるアンジュ。一昨日は町の門までしか行かなかったが、今日は町の中に入る。そのことも身を引き締める要因となっていた。腰に差した剣柄をそっと撫で、心を落ち着かせる。着く前からこんなやって緊張していては身が持たない。


「何か感じるか?」


 突然リヒターがアンジュとそれからいつの間にか地面に下したユラへ尋ねる。

 ユラは首をかしげ「特には何もないかなあ」とこたえ、「アンジュちゃんは?」と言葉を投げた。二人の視線を受けたアンジュは少し悩んだ素振りを見せたが、「この間ほどではないけれどやっぱり嫌悪感が」と返せば、「そうか」というリヒターの返答。どうやらとりあえず聞いてみただけだったようだ。

 だがその返答に続いてリヒターが口を開く。話はそれで終わらないらしい。


「これからやるのは、封印を解くのではなく、封印のかけなおしだ」

「え、と……」

「気になっていたんだろう?」


 だから話した、となんでもない風に言うがリヒターはその言葉の重大性に気付いていないらしい。どうやらそれはユラも同じようで、「どうかしたのアンジュちゃん」とかわいらしい顔で不思議そうにアンジュを見つめる。

 そんな二人を呆れたように見ながらも、アンジュは意を決して


「封印って、どういうことですか?」


 と尋ねた。

 その言葉に二人して首をかしげたものだからアンジュはどうしていいのかわからなくなってしまった。


「氷の町って、大昔に魔族が凍らせたんですよね? というかその説明一昨日したばかりの気がするんですけど」

「したな。だがそれは一般的な言い伝えだ」

「私は昨日リヒターから聞いたんだ」


 『一般的な』という言葉にアンジュは目を見張る。いったいどういうことだと問い詰めようとすれば、「説明してやるから落ち着け」とアンジュの方をぽんぽんと叩く。それならば、と歩みを緩めリヒターの話を聞く体制をとった。


「魔族によって町は凍ったという言い伝えなんだが、間違っているわけじゃあない。だが、魔族によって凍ったのであれば、もっと広範囲に、この町を中心としてレディレイクのあたりまでは少なくとも凍っていただろう」

「少なくとも、ということはもっと広く凍っていた可能性もあると?」

「ああ。それを防ぐため、この町を犠牲として魔族ごと氷を封印したんだ。何十年も前に『魔王』が現れたことは知っているか?」

「えぇ、有名なことですから」


 『魔王』とそれからそのものの率いる『魔族』および『魔物』によって、何十年も前にこの王国が被害を受けた、というのは王国民であればだれもが知っていることである。

 その魔王を討伐したのが、『異世界』より訪れた勇者と、三大貴族の一つの次期当主である騎士、それからそのもの以上の魔術師は未だかつて現れたことのないと謳われる稀代の魔術師。


「勇者一行の一人の魔術師によってこの町は封印されたんだ。だがいつまでもこのままにしておくわけにはいかないからな。ボーアの当主もそれを気に病んでお前を通して依頼してきたんだろう」

「えぇ、手紙自体はアシェルからでしたが、恐らくは伯父様とそれからお爺様のご指示かと……でも、どうしてそんな一般的でない話をリヒターさんは知っているのですか?」

「いろいろとあってな」


 誤魔化された気がするのは気のせいでないだろう。アンジュから視線をそらし、歩みを早めるリヒター。

 話したくないのであれば仕方がないがその誤魔化し方はいくらなんでもひどい。


「いろいろとあったから、今までずっと話してくれなかったんですか?」

「いろいろとはあったが話せなかったのは関係者以外に話を漏らすわけにいかないからだ。魔族によって凍らされた町と、魔族を封じた町。どちらがより人が近づきやすいと思う?」

「私だったら後者かな。魔族の封印を解き、自らの手で撃払う。なんだか格好良くない?」

「ありそう、ですね。確かに屋敷はじいやもばあやもいたし、道中は人が全くいなかったわけではない。もちろんこのあたりまでくればだれもいなかったけれどそれを聞く余裕もありませんでしたしね」

「そういうことだ。すぐに話してやれなくてすまなかった。混乱しただろう」


 謝るなというくせに自分は謝ったリヒターに「気にしないでください」と返し、それから「すみませんもいりませんよ」と笑った。もとより話してくれないのは何か理由があるからだろうと思っていたので氷の町に関して何も話してくれなかったことは気にしていない。

 もっとも、屋敷は人の目があって話せなかったといいながらユラには話している(・・・・・・・・・)ということに疑問を抱いたが……それについてもなんらかの理由があるのだろう。あえてそのことについては口にしなかった。


「そんなことがあるから、封印を解いてそれをかけなおす、なんですね」

「そういうことだ。封印を解くのは俺一人でも可能だが、封印のかけなおしに関してはアンジュ、お前の力が必要だ」

「……私、ですか?」

「あぁ、封印術は魔方陣の中に一人術者ではない人間が入る必要があるんだ」

「術者であるリヒターはもちろんのこと、私は辺りを警戒する必要があるから除外。アンジュちゃんにしかお願いできないんだ」

「生贄とかではないから安心しろ。……おっと」


 そうこう話しているうちに氷の町にたどり着いていたらしい。門の前で一度立ち止まり、外から町の様子を見る。

 封印、とは言ったがどうやら立ち入りを制限するようなものではないらしく、「入るぞ」とリヒターとユラはあっさり足を進める。そんな簡単でいいのか、と思いながらも魔術師であるリヒターのいうことならば問題ないか、とアンジュも同様に足を進めた。




「町全体を封印しているとはいえ、その封印の中心となる場所があるはずなんだが……こうも凍りついているとどこに何があるか全くわからんな」

「さ、さむさで、耳が痛い!」

「ユラちゃん帽子! 帽子被って!」


 町に入ったはいいが、冷たい風は寒いというよりも痛く、ポンチョ型のもこもことしたコートと白い毛糸のマフラーを身に着けていてもユラは耐えられなかったらしい。オレンジ色の髪の上から耳を抑える姿を見て、アンジュは大急ぎで彼女の鞄から帽子を取り出し被せてやる。

 どこか緊張感の薄い二人を見ながらリヒターは「ここに魔族が封じられているってわかっているのか……?」と呆れたように尋ねた。


「わかっていますよ。でも今は寒がるユラちゃんが優先です」

「ありがとうねえアンジュちゃん……リヒターもこの優しさを見習うべきだよ……」

「お前に対する優しさはもう売り切れだ」

「ねえやっぱりリヒター酷くない? 早いとこ優しさを補充してよ」

「暫くは無理だな。アンジュは寒くないのか?」

「ちゃんと着込んでいるので問題ありませんよ」


 腰までしかない藍色のコートのせいで足元が寒そうと思ったが、意外にもアンジュは寒さに強いらしい。強がりを言っているようにも見えないし本当に大丈夫なのだろう。「寒かったらすぐに言えよ」と告げればほんの少しばかり驚きの表情を見せたアンジュだったが、すぐに笑みを浮かべ「はい」と返してきた――「アンジュちゃんには優しさがあるのに! なんで! 私だけ!」という叫び声は毎度のことながら無視である――。

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