第60話 復興
崩落した石材。建物の支柱として使われていたその巨塊を二頭の大型キメラが幾重にもロープを巻きつけて牽引していく。
戦闘の終結した王都では、モラヴィア機鎧兵団・ソ連空挺軍団の将兵が互いを警戒しながらも着々と戦傷者・罹災者の救助活動を進めていた。
両国の間に未だ正式な休戦・講和条約も結ばれていないことを考えるならば、些かならず奇妙な光景であった。
もし王都攻略戦における勝者が赤軍であるならば、現地の治安維持や救助活動を行わねばならないのはソ連側である。
実際、王都に展開する赤軍の兵力は王国のそれを凌駕しており、王都の大半をソ連が保障占領しているような状態ではあった。
だが、兵数においては寡兵ながらも、キメラという強力な軍備を未だ残す王国側は、国王以下の政府中枢がいまだ健在であり、宮城を拠点にソ連側との交渉の姿勢を見せている。
王国側からすれば、『救援は感謝するが王都の支配権は当然我々のもの。援軍に対する対価等は講和会議の席で…』というのが言い分である。
双方の力関係からすれば、この言い分をソ連側が無視したところで戦局に影響はない。
叛乱騒ぎによってさらに消耗し、既に虫の息となっている王国魔道軍など後詰の地上軍が王都に到達すれば容易に踏み潰せる。
だが、モラヴィア側の政府機能・行政組織を戦後に向けて残しておきたいソ連側はモラヴィア側の要求をある程度受け入れ、王国軍の武装解除などは求めなかった。
ソ連側からすれば、モラヴィアがソ連の支配下に落ちることは既に決定事項であり、魔道軍にしたところで、組織を維持するにせよ解体するにせよ、その実働戦力はソ連の手の内に収める心算がある。
どうせ講和―――モラヴィア降伏後には手の内に転がり込んでくるのだから、ここで強硬策に出て消耗させても利点はないと判断されたのだ。
現状、モラヴィア国内に展開している西方三個方面軍のうち、一軍のみでも消耗しきったモラヴィア王国の全軍を捻り潰せるだけの戦力差がこの時点であるのだから。
王都での戦いが終わり、そこから更に二日後。
空挺軍団に続く第二陣として、第三、第十二機械化軍団が王都に到着し、その圧倒的な戦力で王都外縁に布陣。
王国政府への明確な軍事圧力をかけた。
当然、これは講和会議を睨んだソ連側からの示威行動である。
これに対してモラヴィア側も王都近在の戦力をかき集めてソ連に対抗しようと試みたのだが―――そもそもそんな戦力があれば、最初からソ連に援軍など頼んでなどいない。
叛乱軍による通信封鎖が解除された後、慌てて近在の兵団を呼び寄せはしたものの、それらはいずれも前線でソ連軍の相手をするには不足と判定された二線級の戦列兵団ばかりである。
完全機械化されたソ連軍―――モラヴィア側から見れば、強力なアイアンゴーレムばかりで全軍を統一しているような悪夢の如き大軍団を前にして、逆に委縮する有様だった。
それでも無いよりはマシという事で、比較的王都に近いロタール、ミーミルといった都市に展開していた第四、第七戦列兵団が赤軍に対する牽制札として王都に入城している。
これらの部隊の一部は、入城後そのまま王都の復興作業に駆り出されており、その中に、ノーラ、ゲオルグといった動員組の魔術師たちも含まれていた。
「そちらの瓦礫は練兵場に投棄します。皆さん離れてくださぁい!」
歩兵将校の制服を着た少女――ノーラが声を上げ、それに合わせるように巨大な金属鎧が二体、街路を塞ぐ崩落した建物の建材を持ち上げては運んでいく。
戦闘によって崩落した建物の瓦礫撤去が進められていたのだが、ここでやたらと目立っていたのがノーラだった。
兵団の他の部隊が荷運び用の馬匹や騎竜を何頭も連ねて石材を牽引していく中で、彼女の部隊だけが何処からか持ち出してきた重金属ゴーレムを使ってあっという間に瓦礫を片付けていく。
赤軍の砲撃によって倒壊した建物の残骸が見る間に片付いていく光景を、ソ連・モラヴィア両軍の将兵が唖然とした面持ちで眺めている。
「信じられん。あれで本当に死霊魔術師なのか?」
呆然とした表情でノーラのゴーレム制御を眺めていた機鎧兵大尉がぽつりと呟く。
「そういやあいつ、三系統使えるって言ってましたからねぇ。そういう大尉殿もゴーレム扱えるんでしょう?」
同じくその作業光景を見ていたゲオルグに水を向けられ、機鎧兵将校は頭を振った。
「そりゃあ使えるさ。使えるが……あの手のゴーレムは余技で動かせるような簡単なものじゃないんだぞ?」
言いつつ、機鎧兵将校はどこか現実を疑うような眼差しで、ノーラの作業風景を見ている。
周りの視線になど全く気づかぬ様子で、ノーラは己の操るゴーレム【二体】を動かして瓦礫を瞬く間に片づけていく。
そう、【二体】だ。
「……鉄ゴーレムを複数制御できるような術者となると……本国軍の機鎧兵団でも中隊長クラス以上だな。あれは酷く扱いづらいんだ」
モラヴィア魔道軍機鎧兵団が主力としている魔法生物はキメラだ。
これは生物をベースに造られているため、個体それぞれがある程度自立して動くことができる。そのため操作も比較的容易であり、一人の術者が数十体のキメラを操作することも可能なのだ。
また、土木工作などで用いられることの多い岩、樹といったゴーレムも、構造自体が簡素なのでキメラほどではないにせよ複数操作が容易い。
だが、金属鎧に様々な戦闘向けの魔術式を埋め込んで創造される金属系統のゴーレムになると、操作の難度は一気に跳ね上がる。
技術的な難しさもあるが、何より一体を動かすために常時複数の魔術を用いなくてはならないので、魔力を馬鹿食いするのだ。
大尉自身、まともに戦闘で運用しようと思えば、同時に動かせるのは二体が限度だろう。
その【燃費】の悪さゆえに、基本的に金属系統のゴーレムは十分な魔力供給を受けられる大都市や要塞の守備軍しか配備されていない。
―――だからこそ信じ難い。
ノーラ・バーテルスの専門は死霊魔術と浄化魔術だ。
死霊魔術は多数の不死体を魔力支配して操るものなので、技術的にはゴーレム操作と似通った部分もある。
だが、それでも本職の創命魔術師にとってさえ高難度とされている金属ゴーレムの複数操作を、こうも簡単にやってのけるというのは、ノーラの魔力操作技術、そして魔力総量が一般的な魔道兵将校のそれを遥かに超えていることを示していた。
そして、魔術に馴染みのないソ連軍はともかくとして、同じモラヴィア軍からもノーラが注目を集めていたのは、彼女が身に着けている戦列兵団――歩兵将校の制服が原因だった。
モラヴィア王国における歩兵軍は主として奴隷兵部隊であり、その指揮官であるところの歩兵将校は魔道軍将校と比べて一段低くみられる傾向がある。
実際、導師以上の位階に至った魔術師が歩兵将校をして勤務することは滅多にないのだ。
そんな中で、歩兵将校の制服を着た小娘が、精鋭機鎧兵団の高位魔導師顔負けの魔術を堂々と見せつけているのだから、これは注目を集めても仕方ないだろう……本人は自覚していないようだが。
魔術師としての実力で言えば己より遥かに格上であろう魔道軍将校の言葉に、ゲオルグはあらためて、これまで自分が保護してきた少女を見遣った。
(立っている世界が違う。ようは、そういう事か)
微かにほろ苦い思いがゲオルグの胸中を過ぎる。
、彼はけっして己の実力を買い被ってはいない。
魔術師としての実力であれば魔道軍の新米将校にすら敵わないだろうし、一人の武辺としても、ゲオルグ以上の実力者など幾らでもいる。
そもそも、あの天才少女に魔術師としての――それも自分のような魔術師崩れの助けなど要る筈もない。
ノーラの祖父であるフランツ老にしたところで、そんなものを期待しているのではあるまい。
ノーラを護るうえでゲオルグに求められているのは、冒険者として各地を渡り歩き、それなりに場数を踏んできた中での経験や人脈といった部分だろう。
―――とはいえ。
「……ったく。今更劣等感なんぞ覚える相手でもねぇだろうが」
ぼりぼりと頭を搔くと、ゲオルグは気を取り直して周囲を見渡した。
作業を始めた当初はそこまで目立ってはいなかったが、瓦礫が片付いていくにつれて、ノーラの存在が周囲から浮き始めている。
機鎧兵団が展開する宮城周辺はともかく、市街地の復旧を命じられていたのは、基本的に近隣都市から集められた歩兵部隊なので、ノーラの様にゴーレムを使っている部隊は他にほとんどない。
任務とはいえ、さすがに目立ちすぎだ。
異界人たちも王都に踏み込んでいる中で、バーテルスの次期当主がこんなところで大立ち回りしていたのでは、余り関わりたくないような連中から目を付けられかねない。
「大尉殿。こんな事を頼めた義理じゃありませんが、ちっとゴーレムの制御を代わってやっちゃくれませんか。流石にあのまま続けてると妙な連中に目をつけられかねませんぜ」
「……構わんよ。ブラント閣下からも彼女のことを頼まれているのでね。」
そういって機鎧兵将校は肩を竦めた。
■ ■ ■
復旧作業が進められる住宅区の一角。
辛うじて攻撃を免れた石造家屋の二階窓から、街の様子を眺める青年がいた。
青年の視線は城下に展開する赤軍空挺旅団。そして、内紛によって大きく勢力を減じたモラヴィア王都守備軍による復興作業に向けられている。
それは純粋に対象を観察するような視線だ。
暫く、街の方々へ視線を巡らせていた青年は、ややあって踵を返すと、部屋の奥に座する父へと歩み寄る。
父は机に置かれた水晶球に向かってぼそぼそと呟きを漏らしていた。
魔力を帯びた宝石特有の淡い輝きを宿しつつ、水晶球から人間の声が発せられる。
『―――では、王都のモラヴィア軍は未だ最低限の戦力は維持している。そう考えて良いのだな?』
「はい。しかし…見て回ったところでは、ソヴィエト軍は郊外の王国兵団駐屯地に陣を設営する動きを見せております。どうやら、このまま王都に居座る意図のようですな」
『……邪教徒どもめ、案外と不甲斐ない。もう少しばかり異界人相手に粘ってくれるかと思ったが』
「王都内外との通行は完全に遮断されています。我々は今後どうすれば?」
『それは追って指示を出す。今しばらくはソヴィエト、モラヴィア双方の動きに目を配っておれ。ソヴィエト側に関しては心配はいらぬだろうが……モラヴィア側の術探知には十分に警戒せよ』
「承知いたしました。」
最後に一言呟き、父は水晶球へ向かって深々と一礼する。
父が顔を上げたとき、既に水晶は輝きを失っていた。
「街の様子は?」
感情の動きを窺わせない平坦な声音の問い。
息子―――【行商人の父】について各地を渡り歩いてきた青年、リロイ・ハーツマンは肩を竦めると近くの椅子に腰を下ろした。
「落ち着いたもんだよ。まぁ一部でちょっとしたイザコザが起きたりもしたみたいだけど、どちらの軍勢も上の停戦命令をきっちり守ってるようだね」
そういって、リロイは近くに置かれていた自身の鞄に手を伸ばし、ごそごそと漁りはじめた。
「城は王国が押さえてるけど、王都の外には異界軍が押し寄せてる。こりゃ、暫くは動けそうにないね……っと、あった」
目的のものを探り当てたらしく、リロイは小さく笑みを浮かべると、武骨な鉄の塊をテーブルの上に乗せた。
「それは」
父が軽く目を瞠る。
「さっき、街中で拾ってね」
リロイが取り出した鉄の塊。
それは、この世界では馴染みのない武具。異界人―――ロシア人がトカレフTT-33と称するものだった。




