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朱き帝國  作者: reden
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第59話 始末


 ソ連第9空挺旅団による宮城制圧。

 この戦いを転機に、王都における戦闘は、それまでの混沌とした情勢が嘘であったかのように急速に終息へと向かっていった。

 戦いが終わった後。残されたのは消耗著しいモラヴィア王都守備軍と、集結を開始したソ連赤軍である。

 もちろん、ソ連側も空挺軍団は大きく消耗しており、以後はいったん後方に下がっての再編成が必要な状況ではあったのだが、彼らの場合は後詰として北西方面軍の機械化軍団がすぐにやってくることが判っていたため、大きな問題とは言えなかった。

 

 機械化軍団の到着によって、ソ連軍の戦力はすぐに数倍にまで膨れ上がらせることとなる。


 とはいえ、これについて王国側が何かできることはなかった。

 戦闘の終結宣言が布告された後。モラヴィア側はソ連赤軍の来援を感謝するとともに、中断していた講和交渉の再開を要請。

 同時に王都へ侵入を図ろうとする機械化軍団に関しては、反乱鎮圧が既に完了していることを理由に丁重に退去を要求した。


 そして、講和交渉再開については快く受諾したソ連側だったが、すでに王都近郊にまで迫っていた軍団の撤退に関しては現地展開部隊の救援と補給を理由にこれを拒否。

 当初の【予定】通り、王都侵入を果たすことになる。

 この知らせを、王都キュリロスへの帰還の途上で知らされたモラヴィア王国外相ルンゲ侯爵は『それみたことか』と政府要人たちの右往左往するさまをなじったという。

 外交担当者として対ソ講和交渉を取り仕切ってきたルンゲからすれば、ソ連軍に軍事介入させた時点で『こうなる』ことは予想できていたことだったのだ。

 

 そして、講和交渉再開へのお膳立てが進む中。

 王都においてはソ連、モラヴィア両軍による救助活動と部隊再編が進められていた。

 モラヴィア魔道軍は旗下の軍部隊に対して、ソ連軍に対して絶対に攻撃するなと厳命したうえで王都各所における救助活動を開始し、ソ連赤軍のほうも、モラヴィア軍との交戦禁止を各部隊に通達したうえで、自身が攻略した各施設での両軍将兵の救助活動―――実際には機密資料の押収と重要人物確保にあたっている。



 兎にも角にも戦闘は終結した。

 王国宰相であるアルベルト・ハーロウ伯爵は、急いで各省庁の代表者を呼び集めて国内の状況把握に乗り出した。

 だが、それは途方もなく煩雑な仕事だった。

 多くの閣僚が叛乱軍の手によって暗殺されており、しかも省庁自体も一度は叛乱軍の手に落ちているのだ。

 王国政府としては、占拠されていた省庁の職員たちに関しては叛乱軍魔導師による従属魔術という【爆弾】が仕掛けられていないか調べ上げる必要があったのだ。

 

「叛徒どもめ……どこまでも祟りおるわ」


 安全が確認された大臣や各省庁代表者にあれこれと指示をだしおえた宰相は、膨大という表現さえ生温いほどに山積した懸案の数々を前に、思わずヴェンツェルら叛乱軍への呪詛をこぼした。


「そう仰いますな。本当に大変なのはこれからです」


 宰相を宥めたのはサンドロ公爵だった。

 戦闘終結に前後して、機鎧兵団は残存戦力の大半を宮城近辺に展開させた。

 強靭な膂力をもつキメラ獣を重機代わりに、崩落した城壁の石材撤去などを行っているわけだが、これは最強の戦力を王の近辺に配することによるソ連側への牽制でもあった。

 ハーロウ伯爵は席を立つと窓辺に歩み寄り、外の光景―――市街の至るところで黒煙をあげている王都の姿を眺める。

 そして呟く。


「…我らは、恐らくは大半を喪うことになろう」


「ええ。私自身、下手をすれば物理的に首が飛ぶやもしれませんな」


 かつてモスクワでの交渉の最中。ルンゲ外相が慨嘆したとおり、反乱鎮圧へのソ連軍介入は、王国にとっては取り返しのつかない失点である。

 講和会議が開催されるにせよ、それは赤軍によって銃口を突き付けられながらの交渉となる。


「とはいえ、ただで全てをくれてやる心算もない」


「せいぜい高く売りつけてやるのが我々の役目、というわけですか」


「民は我らを亡国の輩と罵るだろうがな。それでも、我らモラヴィアの民がいつの日にか再起するだけの目は残さねばならぬ」


 モラヴィア王国は、この世界、大陸にあって異質な国家だった。

 秘跡魔術に拠って立つ魔道文明国。それは、この大陸において大勢を占める精霊神教勢力とは決して相容れることはない。

 孤立し、排斥されてもおかしくない立場でありながら、冠絶した軍事力によって他国の干渉を跳ねのけ、大陸北部に覇を唱えるまで膨張した列強国。

 その斜陽は、これまで軍事力をかさに圧してきた諸外国が禿鷹のようにモラヴィアに群がってくるであろうことを暗示していた。

 この孤立感。危機感はモラヴィア王国の識者ならば誰もが抱いているものだ。

 

 後に控える講和交渉。

 それは、下手をすればソ連相手の戦争と同じかそれ以上に困難な仕事となるだろう。

 だが、それを行えるのはモラヴィアに残された責任階級たる自分たちしかいないのだ。





 ■ ■ ■






「死体を発見できないとはどういう事だっ!?」


 石造りの部屋に、男の怒声が響き渡った。

 壁を震わせかねないほどの大喝を放ったのは、モラヴィア王都キュリロスに展開する赤軍部隊―――ソ連第5空挺軍団の司令官であるイヴァン・ザテヴァーヒン少将だった。

 国防庁舎の敷地内に存在する警備中隊の詰所を接収した司令部。

 その一室で、ソ連軍司令官は怒りの形相を浮かべて一人の将校を睨み付けていた。


「は……現在、崩落した建材の撤去と並行して、脱出路の有無等を確認しており―――」


 顔面蒼白となって司令官の難詰に答えているのは、少佐の襟章をつけた空挺軍将校。

 国防庁舎攻略を命じられていた大隊長だった。

 身を縮こめさせて報告を続けようとするその姿に、更なる怒声が降りかかる。


「馬鹿者がっ!我々の手に落ちる前に自決されるのでさえ問題だというのに、逃げられましたなどという報告をモスクワに送れると思うかっ!?」


 血が滲むほどに握りしめられた拳を机に叩きつけて司令官は激昂する。

 司令官だけではない。軍団司令部に居合わせるすべての将校たちが、大隊長に非難の視線を注いでいる。

 ソ連高級将校たちの怒りの原因。

 それは国防省攻略に際して、戦闘の終盤に起きた庁舎の崩落にあった。

 突如発現した魔術。

 そして、積み木の塔を崩すかのような呆気なさで崩壊していった石造のビルディング。

 この時点で、真っ先に考えられたのは庁舎内で追い詰められた叛乱軍魔導師達の【自爆】だった。

 これが戦闘である以上、確保対象の魔導師が最悪、戦闘の最中に死亡する可能性はあったし、それについて現地軍が過大な責めを負うことは無い筈。

 そう考えたがゆえに、この報告を受けた時点ではザテヴァーヒン司令官も庁舎の崩壊をさほど問題視はしていなかった。

 魔道院側の首謀者が失われたのは痛いが、既にその時点で赤軍の別働隊が魔道院の建物自体を確保していたし、庁舎崩落の前に建物から連れ出せた魔術師や高級将校もそれなりにいたからだ。


 問題が判明したのは、崩落した建物からの救助活動―――万一にも生き残っているやもしれないモラヴィア側要人の確保―――を開始してからだった。

 瓦礫の山を引っ繰り返して捜索活動を行う赤軍だったが、ただ一つの死体さえも庁舎跡からは発見できなかったのだ。

 いかに大きな爆発、あるいは火災が起きたにしろ、人体の欠片すら見つからないのは異常だった。 

 

 もっとも、ソ連側からすれば見つかりませんでしたで済む話ではない。


 庁舎に立てこもっていた魔導師達の中には【救世計画】を主導した召喚魔導師ヴェンツェル・エッカートがいたことが判明していたからだ。

 前世界にあって北部ユーラシア大陸の大半を占める広大な国土面積を誇ったソ連邦。

 その全土をこの世界に転移させてのけたこの大魔導師は、ソ連側にとってはモラヴィア国王以上に警戒せねばならない相手であり、しかも彼には魔道院最高位の魔導師達が多数したがっており、彼らもまたヴェンツェルともども庁舎から消失していた。

 死亡しているのなら問題はない。だが、もし何らかの手段で逃亡したのだとしたら?


 あまりにも重大な失点だった。

 死霊魔術師もそうだが、個人の力で国家規模の災害や奇跡を発現しうるような―――実際には複雑な儀式や様々な触媒などが必要であり、己の身一つで奇跡を起こせるような便利なものでもないのだが―――大魔導師は、その存在自体が戦略兵器のようなものなのだ。


 しかも、魔術そのものへの知識自体が不足しているだけに、ソ連側が抱く恐怖は大きい。

 万一にも彼らがソ連国内に侵入し、その規格外の力をもって災厄を振り撒いたりすればどうなるか。


(取り繕える限度を超えている……報告するよりないが…)


 このまま報告すれば、間違いなく自分の首が飛ぶ。

 まずは、現状確保できている魔道院からの人員と資料の押収。

 そして、逃亡した者を追跡するための手筈だ。

 だが、魔術的手段で逃亡したのなら、素人であるロシア人に追跡することが可能なのか?

 その点は、王国側からの協力が必要だろう。だが、協力を仰ぐにしろ、それは現地軍の判断のみでやって良いことではない。

 

(外部からの協力は、本国の許可なしには拙い……まずは、今の権限で魔道院側から得られるものを全て接収するのが先だ)


 モスクワの怒りを僅かなりとも逸らせるだけの戦果が上がれば良いのだが。

 唯物論者である将軍は神など信じてはいなかったが、このときばかりは無性に祈る対象が欲しくなるのだった。 






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