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朱き帝國  作者: reden
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第52話 近衛



 宮城にあって防戦の指揮を取っていたミヒェルゼン将軍は、怒涛の勢いで押し寄せてくる叛乱軍の攻勢をよく凌いでいた。

 近衛軍とも称される王都守備軍・宮城警固隊。その中にあって、宮城警固隊は文字通り王の座所たる宮城を守護する最精鋭の親衛隊であり、数こそ少ないながらも、不慮の事態にあってはその少数で城の防御を担うべく訓練を受けている。

 また、宮城そのものの兵備、防御施設も宮城警固隊の規模に合わせた最適な配置が成されている。

 魔道院の高位結界魔術師を動員し、城の防御結界を解呪。突入に踏み切った叛乱軍ではあったが、四方の防禦塔から集中的に撃ち込まれる魔力弾の弾幕と近衛兵大隊の強固な戦列。そして後方から結界の再構築、更には歩兵の火力支援を行う宮廷魔術師団の魔導師達を前に、甚大な出血を強いられることとなった。

 破孔を穿たれた城門へと、さながら蝗の群れのごとくに群がる叛乱軍は、多くが門扉を乗り越えたところで防禦塔による火力制圧の洗礼を受け、そこで大きく数を減じたところに近衛兵の突撃を受けて瞬く間に殲滅されてしまう。

 当初の予定では魔道院のキメラが突破口を切り開いてくれるはずだったのだが、現在それらは王都突入を果たした赤軍への迎撃に回されており、ここにはいない。

 今また、もう何度目かになる叛乱軍の突撃が撃退され、近衛兵、宮廷魔術師たちは己の佩剣を、長杖スタッフを高々と掲げ勝鬨を上げる。

 既にソ連空挺軍団の王都突入は宮城の鐘楼からも確認されており、このまま耐え続けることができれば、宮城は失陥を免れうるだろう。


 一方で、そうなっては身の破滅なのが叛乱軍側だ。

 未だ城内への突入を果たすこともできず、加えて赤軍への対応のために、最大戦力であるキメラ部隊までが後方へ引き抜かれてしまった。

 それでもまだ、兵数的には大きく優っていたが、叛乱軍将校たちの間にはしだいに焦りが色濃く表れつつあった。


「く…これだけの戦力差があって、まだ抜けんか!?」


 王都守備軍第一魔道兵連隊長を務めるエルヴィン・トライヒシュメッツ魔道兵大佐は、未だ勢い衰えることなく魔力弾を放ち続ける宮城の防禦塔を忌々しげに睨みつけながら呻いた。

 今回の叛乱を軍部側で主導した人物のひとりであり、魔道院術者による従属魔術という要素があったにせよ王都駐留部隊の中でも最大の兵力を有する連隊を丸々叛乱軍側に寝返らせた男だ。

 小規模ながらも隊内にキメラ部隊を擁し、魔道兵による支援部隊も充実した第1連隊は文字通り王都防衛のキーストーンというべき戦力であり、連隊長のトライヒシュメッツ自身、王都の防衛体制についてこれ以上ないほどに知悉している。

 決起から短時間のうちに、やや規模に劣るとはいえ、未だ政府による統制に服していた第2、第3連隊が無力化されてしまったのは、彼の指揮による叛乱軍の迅速な奇襲攻撃による部分が大きい。

 順調に進展していたトライヒシュメッツの作戦を破綻させたのはソ連赤軍による空からの王都強襲だった。

 自軍後方に突如出現したおよそ一万に及ぶ敵軍の存在は、あと一歩で勝利の頂へその手を届かせようとしていた叛乱軍を、敗北の谷底へと叩き落とした。

 後方に出現した赤軍は、叛乱軍の規模を大きく上回る。仮に王都守備軍に、本来その基幹となる第1から第3までの3個連隊が完全な状態で揃い、王都そのものが備える防禦設備を十分に活用し得たならば、撃退は十分に可能だったろう。

 だが、半ば同士討ちによって一個連隊規模にまで兵力を減じ、更には宮城に未だ在る敵勢を排除できぬとあっては、ただでさえ劣勢な自軍は優勢な赤軍と政府軍による挟撃さえ受けかねない。


 ままならぬ戦況に歯噛みする連隊長。

 と、そこへ兵たちの間を縫うようにして黒い装束をまとった魔道院の導師が駆け寄ってきた。

 一瞬周囲に視線を配ってから、大佐に短く耳打ちする。

  

「――――本気か?」


 途端に顔色を変え、トライヒシュメッツは自身に耳打ちした魔道院の術者を見返した。


「爆炎槍は対要塞戦用の魔道器だ。まかり間違えば、内城のやんごとなき方々にまで被害が及びかねんのだぞ?」


 ほとんど呻くように大佐は言った。

 その瞳には傍目にも判るほどに動揺と逡巡の色が滲み出ている。

 それでも即座に突っぱねることをしないのは、彼自身の指揮する攻略作戦が完全に行き詰っているからであり、同時に、この命令をもたらしたのが決起軍の枢要を占める有力な魔導師の一人であったからでもある。


「貴官の危惧するところは司令部も承知している。攻撃はあくまで城門周辺の近衛を一掃するものに限定し、奴らの主力に打撃を与えた後は、こちらの残った歩兵戦力をもって雌雄を決すればよい。…ヴェンツェル導師、並びにシュネーベル大佐の判断である」


 感情の動きを感じさせない平坦な表情で、魔導師は大佐に告げると、一通の紙片を差し出した。


「シュネーベルが?」


 疑わし気に大佐は問い返した。

 この決起をトライヒシュメッツとともに企図した魔道軍将校であり、王都守備軍の兵站部を統括していた人物だ。

 現在は占拠した国防庁舎の置かれている決起軍本営で作戦の統括と魔導師たちの監督に当たっているはずだ。

 異界人との講和に対しては常に反対の立場にあったが、同時に筋金入りの王党派でもあり、王室の人間に危害が及ぶような作戦を了承するとはトライヒシュメッツには思えない。

 疑念を深めつつも、手に取った紙片を広げる。それはモラヴィア魔道軍で上級司令部間の指令通達などに利用される命令書だった。

 発行者の魔力反応を直接書面に焼き付ける形式を取っているため、偽造は不可能。

 

 文面を読む。


(………)


 攻城用魔道槍による宮城警固隊の火力制圧を行った後、城内への突入を命じている。  

 命令発行者の欄にはシュネーベル大佐のサイン。

 トライヒシュメッツは命令書を自身に手渡した魔導師をもう一度見る。  


「異界軍との交戦状況はどうなっている?」


「キメラ部隊が足止めを行っているが、戦況は思わしくないようだ。故に、少々の危険を犯してでも早急に宮城を落とさねばならん」


 トライヒシュメッツは暫く躊躇っていたが、ややあって渋々といった様子で頷くと、己の幕僚たちを呼び集め、指示を下していく。

 防御塔、さらには城壁上から魔力弾を撃ち放ちつづけていた守備隊めがけて叛乱軍の魔道槍が降り注いだのは、それから十数分後のことだった。








 ■ ■ ■








「モラヴィア軍の作戦能力について、認識を改めねばならんな」


 ほとんど呻くように呟いたのは、第9空挺旅団長として赤軍空挺軍団の前衛集団を率いるアレクサンドル・カピトーヒン大佐だった。

 目の前の地図に視線を落とし、嘆くように頭を振る。

 無理もない。モラヴィア叛乱軍と赤軍。彼我の戦力差は質量ともに圧倒的に赤軍優勢であるにもかかわらず、作戦の進捗状況は捗々しくなかった。

 赤軍の攻略作戦に齟齬をもたらしているのは、明らかにこの戦いで初めて投入された小型キメラの存在だった。

 2,3発程度の小銃弾などものともしない強靭な生命力・耐久力。さらには竜騎士団の飛竜などが放つものに比べれば幾らか威力が劣るものの、ブレス攻撃能力をも有する猛獣が市街各地に埋伏し、浸透をこころみる落下傘兵たちに牙を剥いたのだ。

 偵察に派遣された分隊、時には小隊が唐突に消え去り、酷いときには中隊・大隊本部までが餌食にされる。

 無論、赤軍もただやられているばかりではなく、狙撃兵の市街への浸透とともに叛乱軍側の歩兵部隊をほとんど一方的に撃ち減らしつつあったが、ことキメラに関しては逆に赤軍がモラヴィア側に振り回されているような様相であった。

 明確な戦線が無く、敵味方が混淆状態となりやすい市街戦の特性もキメラの後方への浸透を許す要因の一つではあったが。寡兵の敵に対してあまりにも損害を積み重ねるようでは、仮に作戦そのものが成功裡に終わったとしても、指揮官の誰かが詰め腹を切る羽目になりかねない。

 予想される己にとって最悪の未来が脳裡をよぎり、カピトーヒン大佐はぶるりと肩を震わせた。


「?同志、何か―――」


「…一時的な出血は、覚悟せねばならんか」


 何やら顔色を悪くしている上官に幕僚のひとりが訝しげに声をかけるが、カピトーヒン大佐は直ぐに表情を取り繕うと小さく呟き、地図を睨むように見てからその数箇所を指し示した。


「まずはキメラの浸透を防ぐ。目抜き通り始点の外門広場を火制下に置くのだ。これは後退している第2大隊を展開させれば事足りるだろう。周辺の安全が確保できしだい、砲兵を城址内に入れて国防庁舎、市内の兵営を直接狙わせろ」


 迷いのない口調で、旅団長は命じた。

 どんな防備堅牢に見える都市、建物にもどこかしら弱点が隠れているものだ。


(―――ここだ)


 カピトーヒン大佐が目をつけたのは目抜き通りの終点に位置する国防庁舎。そして、市街の中心部に位置する近衛軍兵営だった。

 もともと、その立地は王都内での軍事行動を考慮しているのだろう。兵営からは王都内の重要施設各所へ道路が結ばれており、まとまった部隊の迅速な移動・展開が可能となっている。

 逆にいえば、ここを押さえることで宮城を含めた王都の各重要施設を迅速に陥れることが可能となる。

 ―――だからこそ、叛乱軍に真っ先に狙われたとも言えるが…その利点は赤軍にとっても同じことだ。

 そして、王国軍の軍令を司る機関であり、当然ながら叛乱軍にとっても最重要の制圧拠点である国防庁舎。

 現在も攻防戦が続いている宮城を除けば、叛乱軍の主要な指揮統制機能はこの2か所……地の利を考えれば恐らく近衛兵営に位置していると予想された。

 司令官の言に、幕僚は一瞬目を見張ってから、おずおずと尋ねた。


「宜しいのですか?国防庁舎は優先確保対象のモラヴィア政府要人が……」


「やむをえん。このまま此処で手を拱いていては、我々の到着前に城が叛乱軍に陥とされかねん。最重要人物はあくまで、国王以下の王室関係者だ」

 

 そして、冷徹に告げる。

 

「操縦者の術師が危険に晒されれば、化け物共も表に出て来ざる得まい。後続の201旅団との合流を急がせろ。30分間の砲撃実施の後、総攻撃に移る―――今度ばかりは退くことは許されん。分かるな?」


 凍てつくような眼光に射抜かれ、幕僚は顔を青ざめさせて答礼した。



 


 



 ■ ■ ■









 宮城北側から突如、爆発音が轟いた。

 北側城壁めがけて俄かに降り注いだ魔道槍の一群が爆発し、城壁上の望楼から地上めがけて魔力弾を撃ち放っていた宮廷魔術師たちを吹き飛ばしたのだ。

 守備側の防御火力が一瞬弱まり、そこに付け入るように更なる魔道槍が撃ち込まれる。

 続けて辺りに響きわたる叛乱軍戦列歩兵の喚声が、防戦指揮にあたるミヒェルゼン将軍に戦局の変転を知らせた。


「第2大隊1中隊より通信報告!敵魔道槍、第2大隊本部を直撃。リヒター少佐以下、大隊本部は全滅の模様」


 後方から駆け寄ってきた近衛の将校が、敬礼もそこそこに報告する。

 ミヒェルゼンは一瞬凍りついたように動きを止めた後、短く問うた。


「2大隊担当戦区の状況は?」


 その声には抑制が利き、毛ほどの動揺も滲んではいない。


「北門正面の戦況は逼迫しつつあり。賊軍魔道槍部隊は北門防御塔火点、及び支援魔道兵隊の掃討に攻撃を集中せり。間もなく総攻撃に移行せる公算大なりと認む、とのことです。現在北方面守備隊の指揮は、第一中隊長のイプセン大尉が代行しております」


 部下の報告に、将軍は表情を変えることなく頷いた。

 攻城兵器の投入。それがおこなわれた時点で、城の北側を守っていた守備隊は大損害を被った事だろう。

 未だ防御結界が生きている防御塔ならば暫くは持ちこたえるだろうが、すでに結界を無効化された城壁の望楼から防戦を行っていた魔導師たちは、先程の一撃で―――恐らくは爆炎槍によるものだろうが―――殆どなぎ払われてしまったことだろう。

 宮城の四方を守る門の一角が崩された以上、これ以上ここを守っていても意味はない。

 このまま無理に留まっていれば、最悪、北から雪崩込んでくる叛乱軍によって退路を絶たれかねない。


「西、及び北側守備隊に通信を送れ。門を放棄し、城内に撤退する。各防御塔は別命あるまで現状位置を固守、敵の進軍を遅滞せしめよ!」


 命じられた近衛将校は一瞬、息を飲む。

 城内への撤退命令。同時にそれは、今も叛徒相手に半ば孤立しながらも抗戦を続けている外縁防御塔の守備隊を見捨てることを意味していた。  

 将校の動揺をみてとったミヒェルゼンは冷酷に告げる。


「彼らを救うために警固隊全てを危険には曝せん。……いや、違うな。彼らにこそ、警固隊を―――ひいては王国を救ってもらわねばならんのだ。迅速に軍令を通達せよ。猶予はないぞ」


 重ねて部下に命じるミヒェルゼンは、このとき叛乱軍の窮状を漠然とではあったが理解出来ていた。

 彼らの目的は宮城に坐する国王の身柄。となれば、その国王の生命を危険に晒しかねない魔道槍―――攻城兵器の投入は可能な限り避けるべき類のものだ。

 万一、流れ弾や城壁破砕時の破片などによって王室関係者が薨去などということにでもなれば、【王家を異界人の手から守る】という叛乱軍が拠って立つ大義名分が成り立たなくなるからだ。

 その危険を冒してでも攻城兵器の使用に踏み切ったということは、それだけ叛乱軍が形振り構わなく―――つまりは追い詰められつつあるという証左ともとれる。


(……ふん、異界人がどの辺りまで来ているか知れん現状では、これも願望の域を出んか)


 仮にも近衛の将たる己が現状で頼れそうなものが、よりによって祖国をこの窮状にまで追い込んでくれた異界人どもしかいないとは。

 ともすれば口の端に浮かびそうになる己自身への嘲笑を噛み殺すと、将軍は自身の直轄する守備隊の指揮へと意識を戻す。

 モラヴィア魔道軍の将官であるミヒェルゼンは、当然のことながら導師の称号を有する魔術師でもあり、【遠見】をはじめとした軍属魔術師が当然に修めている索敵・偵察向けの魔術を行使できる。

 だが、現状ではそれらの魔術によって赤軍の動向を探ることは難しかった。

 初歩的な結界魔術が盗聴・透視防止に用いられることからもわかる通り、こういった情報収集系の魔力波はひどく繊細であり、特に個人で用いるような微弱な魔力波では強力な結界や、それを打破するための攻撃用魔力波が錯綜する戦場では容易くそれらの影響を受けて掻き消され、妨害されてしまう。

 無論、魔道軍の一部にはそういった妨害をかいくぐって情報収集を行う専門の魔導師などもいるが、生憎とミヒェルゼンはその道の専門家というわけではない。


 小さく鼻を鳴らすと、ミヒェルゼンは連戦によって半ば歯毀れした己の佩剣を振るって血糊を払い、方々の城壁・尖塔から黒煙をたなびかせている宮城を見遣った。

 次いで、視線を旗下の将兵たちへと巡らせる。


「全隊。敵前衛に一撃を加えたのち、城内へ撤収!殿軍の歩兵隊は私が直卒する。魔道兵は速やかに後退せよ!」


 語気鋭く命じつつ、将軍は己の鋭剣―――その無残に刃毀れした刀身に手の平を軽く添えた。

 短い詠唱と共に、その指に嵌め込まれた無骨な作りの指輪が燐光を発し、鋭剣の刃へと伝播していく。

 やがて刀身全てを満たした光は暫くすると徐々に薄らいでいき、光が治まった先には刀工に打ち治されたばかりのような真新しい魔法銀ミスラルの刀身が輝いていた。  

 周囲に響く魔道槍、そして魔力弾の着弾音。

 黒煙と炎。そして巻き上がる土煙の中、近衛兵たちの視線の先に続々と人影が浮かび上がる。

 王都守備軍第一連隊―――否、賊軍の兵ども。

 それらに向けて鋭剣を翳し、ミヒェルゼンは大音声を張り上げた。


「中隊前へ!総員。逆襲にぃ、かかれェッ!!」


 喚声が湧きおこり、指揮官の号令一下、近衛兵たちは叛乱軍めがけて突撃した。 

 奇しくもこのとき。市街地においては赤軍空挺軍団が叛乱軍歩兵隊を撃破。魔道院が投入したキメラ部隊を犠牲省みぬ数の暴力によって揉み潰しつつ、決起軍本営、ひいては宮城を指呼の距離に捉えようとしていた。

 

























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