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朱き帝國  作者: reden
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第48話 叛徒





 風は北へ流れていた。

 風上へ向けて滑走路を離陸したツポレフTB3は、基地上空で旋回し、そのまま後続で離陸してくる僚機たちと梯団を組み上げていく。

 

「―――こちら117輸送航空連隊第1大隊長機【禿鷲】。東カザス管制、応答願う」


『こちら東カザス管制。感度良好』


「各中隊、集合を完了した。……第3大隊の離陸が遅れているようだが。問題発生か?」


『第2中隊3番機、5番機にて発動機の故障が発生した。現在エプロンに退避中。出撃時刻に変更はない……そのまま上空にて待機せよ。どうぞ』


「―――【禿鷲】了解した。このまま上空にて待機する」


 これまでにない多数の大型機を一挙に投入する作戦であるだけに、細々としたトラブルはいくつも発生していたが、全体としての齟齬は許容範囲内に収まっている。

 大規模作戦発起にともなう混乱が最小限に抑えられた要因には、参加部隊の練度も大きく影響していた。

 この作戦のために集められたパイロットたちはカテゴリA(夜間作戦可能)に分類される精鋭が大半を占めており、それは輸送隊・護衛戦闘機隊ともに同様だった。

 そもそも、この作戦に投入される輸送機部隊自体は、STAVKA直属の戦略予備軍である長距離爆撃軍団(DBA)から引き抜かれてきたエリート部隊である。


 空中を旋回しつつ、次々と離陸してくる輸送機を群れに加え、編隊は瞬く間に巨大化していく。

 旗下の全機が教本通りの隙の無い編隊を組み上げていくのを確認した大隊長は、風防越しに僚機を見遣り、小さく微笑んだ。


「幸先のよい出だしだ。では、皆で魔法王国の都を拝みに行くとしようじゃないか」


 冗談めかして操縦士に話を振る大隊長に、話しかけられたパイロットは苦笑もあらわに答えた。


「あまり期待できそうにありませんな。此の世界の都市は幾つか見てきましたが……見栄えはともかく衛生がどうも…」


「なるほど。住むにはちと厳しいようだな。女性はなかなか綺麗どころが多いという噂も聞くが」


 肩をすくめる大隊長に、操縦士はニヤリと笑みを浮かべると、すぐさま切り返した。


「興味深いですな。ならば故障して不時着でもして噂の真偽を確かめに行きますか?」


「くく、君みたいのは早く結婚して身を固めるべきだな、アンドリューシュカ」


 声を殺して笑うと、大隊長は無線通信機のスイッチを押した。


「―――こちら【禿鷲】。現況を確認」


『こちら東カザス管制。全機離陸を完了した。発動機故障の2番・5番機は交換間に合わず。現状の戦力で出撃せよ、以上』


「―――こちら【禿鷲】。受領した」


 大隊長は無線を切り替え、隊内の全機に変針を命じた。 


「さて。モラヴィア王都まで、3時間。ここからは気を引き締めていくぞ」


 大隊長の言葉に、操縦士は表情を引き締めた。


「既にモラヴィア空軍は壊滅状態という話ですが。流石に首都上空が無防備というのは考えられませんからな。講和派の支援とやらも、どれほどアテになるか」


 度重なる航空撃滅戦によって、このときまでにモラヴィア飛竜騎士団はその戦力の大半を消耗し尽くしていた。

 モラヴィアにとっての航空機材である飛竜にしろ、それに騎乗するパイロット―――飛竜騎士にしろ、月単位で100、200と失われていく凄まじい消耗戦に耐え得るような供給体制をモラヴィア王国は有していなかった。

 彼らからすれば、ソ連の無尽蔵と言える物量はほとんど反則に近かったと言えるだろう。

 今次戦役が開始されたとき。

 モラヴィアが有していた航空戦力は、4個飛兵軍から成る10個飛竜騎士団約1100騎を主力としており、これに練成途上の幼竜等が300騎程度加わえて飛兵総軍を形成していた。

 一方のソ連はといえば、開戦時においてヨーロッパ正面に展開していた戦力のみで(戦闘機・爆撃機含めて)6000機近い配備数を揃えている。

 これを所属パイロットの練度で見た場合、最も練度の高いカテゴリA(夜間作戦可能)が1062名。カテゴリB(昼間悪天候作戦可能)が247名。カテゴリC(昼間作戦可能)が4148名となる。

 夜間、あるいは悪天候での作戦行動が可能なパイロットが全体の約20%というのは、精鋭ぞろいとは言えない比率かもしれないが、欧州という一正面のみで精鋭パイロットのみで一千名以上を貼り付けておけるソ連空軍の層の厚さは、この世界の航空部隊の常識をはるかに超えていたといえる。

 いや、前世界の列強であったとしても、これほどの重厚な布陣を実現できた国はなかったろう。

 しかもこれは、極東・ウラル・中央アジア方面の空軍を除外した数字なのだ。


 大隊長はゆっくりと視線を巡らせ、風防越しに眼下に広がる異世界の平野を見渡した。

 開戦以来、この異世界の地へ100万を超える赤軍将兵が身を投じ、そのうち既に約10万名が負傷者として、あるいは戦死者となって祖国へ舞い戻っているのだ。

 いや、屍兵との戦いの中で命を落とした者の中には死体が原型を止めておらず、遺骸を回収できなかった者や、行方不明者として扱われる者も少なくないという。


(淋しいものだな)


 声に出すことなく内心で呟き、それから通信機のスイッチを入れる。


「全機、針路2-6-5へ変針せよ。速度250。……同志たち、幸運を!」 


 30機の大型輸送機は東を目指して一直線に飛び、途中、同規模の飛行梯団5個と合流。

 その後、会合した戦闘機隊と共にモラヴィア軍前線を航過した。








 ■ ■ ■









1941年9月17日

モラヴィア王国 王都キュリロス



 市街のいたるところで火の手が上がる王都。

 時折響く魔力弾の爆発音と、その大音響に紛れるように散発的に響く剣戟の音。

 それらに怯えるように、家々の門扉は固く閉ざされており、市井の人々はこの血生臭い騒乱が一刻も早く頭上から過ぎ去ってくれることを祈っていた。

 

 王都の一角。

 主戦派の手によって制圧された国防省の大臣公室で、数人の男たちが対峙していた。

 一方の男たちは魔道軍の将校服を纏っており、ある者は緊張した面持ちで、またある者は何かに苛立っているような表情を浮かべて大臣の執務席に腰掛ける老魔導師と向き合っている。

 彼ら軍人たちはいずれも、此度の騒乱を主導した王国軍部主戦派の領袖たちだ。

 彼らの蠢動なくしては例え魔道院が声高に継戦を叫び、従属魔術という禁じ手に手を染めたところで今回のような大規模決起には繋がらなかったことだろう。

 その主戦派将校たちが対峙しているのは、執務席に腰掛ける一人の老魔導師。そして、老魔導師の背後に侍る二人の魔術師だった。

 老魔導師が身に纏うは魔道院評議会のメンバーであることを示す漆黒の外套。

 これを宮廷魔術師の法衣の上から羽織ることを許された人物は現在のモラヴィアにおいて、ただ一人しかいない。

 この争乱の首謀者であり、現状王国を二分する政治勢力の一方を主導する大魔導師。

 魔道院議長にして【救世計画】責任者。召喚魔導師にして王国子爵、ヴェンツェル・エッカートである。

 ハルトムート・ロイター……この部屋の本来の主であり、暗殺―――主戦派の表現でいうところの【誅伐】―――によって強制的にその地位から除かれることとなった王国元帥の執務席に腰掛け、老魔術師は主戦派将校たちの視線など気にも留めぬ様子で、机上に広げられた地図に黙然と視線を落としていた。

 王都全域の街路、建築物を網羅したその地図には幾つもの書き込みが為されており、事情を知る者には、それが決起部隊の行動計画を記したものであることが理解できただろう。

 無表情にそれを眺めていたヴェンツェルは、やがて大儀そうに視線を上げると将校たちの代表者に向かって口を開いた。


「それで―――何が起きたというのだ?」


 己が絶対的上位者であることを確信しているような威圧的な響きを持って、一言問う。

 将校達のうち、幾人かの気配がたじろいだように揺らぐ。 

 

「郊外の機鎧兵団総司令部へ向かった隊から連絡が途絶えた」


 老魔導師の眉が微かに動く。


「返り討ちにあった、と?」


 将校のひとり。機鎧兵将校の軍衣をまとった男が小さく咳払いする。


「駐屯地への奇襲計画。派遣した兵力。ともにサンドロ派を制圧するには十分な規模だった。これを全滅させようと思えば、手段は限られてくる」


 続けろというように顎をしゃくるヴェンツェルに頷きを返し、将校は自身の考えを話した。

 一番ありそうなのは、郊外の機鎧兵団が奇襲を事前に察知して、こちらの部隊に襲撃をかけたという線だ。

 敏捷な魔法生物を主力とする機鎧兵団は、その手の襲撃戦や遭遇戦においては凄まじい破壊力を持つ。


「しかし、そうだとすれば腑に落ちない点がある。派遣部隊からの最後の通信では、総司令部への奇襲成功という文言があった。そこから体制を立て直し、反撃に出られるだけの戦力はあちら側には無いはずなのだが……」


 そこまで言って、暫し言い淀んでから将校は再び口を開いた。


「あるいは……我々が把握していない戦力が伏在している可能性もある。魔道院は今回の【義挙】に新式のキメラを投入しているが……宰相派も同様の秘匿戦力を抱えている可能性はあるのか?」


 将校は王国政府のことを【宰相派】と呼んだ。

 主戦派にとって、現在の王国政府は国家を敵に売り渡そうとする国賊に他ならず、自分達決起軍こそが正統のモラヴィア王国政府軍であるという自負がある。

 腐敗した現政府を実力をもって打倒し、彼らに囚われた国王を【救出】することで正統のモラヴィア王政府を回復し、強力な挙国一致体制でもってソヴィエト・ネウストリアといった外敵に再び挑むのだ。

 そんな将校たちの想いを気に止めるでもなく、ヴェンツェルは少し思案を巡らせて一つの可能性に思い至る。

 今回の義挙に対して、最後まで肯んずることがなかった魔道院高官の存在に。


「―――バーテルスの小倅が……あくまで我らに手向かうか」


 忌々し気に独語するヴェンツェルに、主戦派将校たちはもの問いたげな視線を送る。

 将校たちの視線に気づき、老魔導師は軽く肩をすくめて答えた。


「どうやら、取り逃がした鼠が動き回っておるようだな。そちらの件は、我ら魔道院が対処しよう。貴殿らは宮城の制圧に全力を注がれるがよろしい」


 話は終わりだ、というように一息に言いきるヴェンツェル。

 しかし、将校たちは憮然とした面持ちで顔を見合わせるばかりであり、部屋を立ち去ろうとする気配はない。

 訝しげに眉を顰めるヴェンツェルに、将校のひとりが進み出て、執務机に一通の書状を置いた。


「我々の本題はこちらだ。半刻ほど前に、宮城の囲いを空から抜けようとした宰相派の竜騎兵を撃墜した。……その者が持っていた書状だ」


 ヴェンツェルは机上に視線を落とし、書状に印された紋章を目にして表情を硬直させた。

 長杖スタッフに絡みつく双頭の蛇。それはモラヴィア王家であるクレイハウザーの紋章―――即ち、それは勅書であった。

 硬直は一瞬。

 我に帰ったヴェンツェルは、微塵の躊躇もなく書の封を破り、内容を改めた。

 その行為に将校たちは目を剥くが、ヴェンツェルは一顧だにしない。

 勅使を討ち,その書を無断で開封し改めるなど、大貴族であっても間違いなく首が飛ぶ重罪だが、今の魔道院議長には躊躇いなど無かった。

 書状を広げ、食い入るように内容を読み込んでいくその顔色は、読み進むごとに、その感情の高ぶりを示すかのごとく赤黒く染まっていく。


「これは―――」


 罅割れたような声がヴェンツェルの唇から溢れかかる。

 しかし、動揺はそこで押さえ込まれた。

 小さく頭を振ると、危ぶむような視線を向けてくる将校たちを眺め渡し、揺るがぬ口調で告げた。


「宰相派は―――陛下を拐かし、我らに対する討伐令を発したようだ。【勅令】という形でな」


 色めきたつ将校たちが何か言う前に、ヴェンツェルは自らの言葉を続けた。


「憂慮すべき事態だ。宰相派は陛下を宮城奥に幽閉するのみならず、陛下のご意思を捻じ曲げ、このような【勅令】さえも己が恣意によって発するまでになったのだ」


 ヴェンツェルは一旦言葉を切り、背後に控える魔導師のひとりに軽く目配せすると、再び将校たちに向き直る。


「我らの成すべきことは変わらぬ。宮城を売国奴どもの手から奪還し、陛下をお救い申し上げるのだ。しかる後に、陛下ご自身の勅令をもって、この偽勅を撤回していただけば良い」


 そういってヴェンツェルは、手にした勅書を己の手でひき裂いた。

 主戦派将校たちは唖然とした面持ちでヴェンツェルを凝視していたが、ややあって一人が口を開いた。


「……この勅書に描かれた花押は紛れもなく陛下ご自身の手によるもの。宰相派の捏造という確たる証拠でもあるというのか?」


「戯けが」


 将校の疑念を、ヴェンツェルは眉ひとつ動かすことなく切って捨てた。


「宰相派が為そうとしていること。これは紛れもなく、王国を滅亡へ追い遣る売国行為に他ならぬ。―――召喚獣……蛮族などに無抵抗で国を明け渡すなど……そのような行為を陛下が座して見過ごされるはずがあるまい?」


 言いつつ、ヴェンツェルは席から身を乗り出して、将校たち一人ひとりの瞳を覗き込む。

 この執務室に来た当初、瞳に浮かんでいた焦燥・疑念といった感情がいつしか薄まり、幾人かの将校は意志薄弱な茫洋とした面持ちを浮かべていた。

 ヴェンツェルは椅子に再び深く腰を下ろすと、穏やかな口調で告げる。


「心配には及ばぬ。この戦の大義は、我らにこそあるのだ。貴殿らは己の任務に精励することのみを考えればよい。さすれば、英明なる陛下は貴殿らの想いを決して蔑ろにはすまいよ」


「……了解した。しかし、先程ヴェンツェル卿が仰った鼠の件について、何か進展があれば我ら実行部隊にも一報頂きたい。我々からは、以上だ」


 何処か釈然としない面持ちで、それでもヴェンツェルの言に何か反駁するでもなく、将校たちは部屋から退出していった。





 扉が完全に閉まるのを確認して、それからヴェンツェルははじめて表情を歪めた。

 拳を机上に叩きつけ、忌々し気に吐き捨てる。 


「売国奴どもが…!陛下を拐かし、あのような勅令まで用意するとは!」


 将校たちの手前、感情を抑えてはいたものの、実際のところ動揺していたのはヴェンツェルも同様だった。

 握りしめた拳を机上に置いたまま、しばし瞑目して気を落ち着ける。

 それから背後を振り返り、先ほど目配せした魔術師に向き直った。


「ご苦労でした、シャイベ師。もう大丈夫です」


 従属魔術を司る導師は、軽く黙礼して答えた。

 同時に、その手に握られた短杖ワンド。その柄に嵌め込まれた宝石から輝きが消えていく。


「お気になさいますな。……しかし、勅令とは厄介ですな。これで、市内に残存する守備隊の抵抗が苛烈になることは必定」


「なに。この後に及んでは、もはや彼我の戦力差は隔絶しております。市外から増援が駆け付ける前に宮城を落とせば、それで詰みです」


 気負った様子もなく、ヴェンツェルは請け負った。


「しかし、これまでに随分と血が流れました。陛下は我らをお許しくださろうか?あの勅書の件もある」


「やむを得ぬ。王軍相討つは我らとて本意ではないが、これも王国の未来のためだ」


 そこで暫し思案を巡らせるように沈黙してから、ややあって声を潜めつつ魔導師たちに語る。


「――――とはいえ、陛下は心労によって倒れられてから日が長く、現在の情勢に通じておられぬ恐れもある。場合によっては我ら自身が陛下に進講さしあげる必要があるやも知れぬ」


 しかめつらしく呟くヴェンツェルに、従属魔術を司る導師は口元に裂けるような笑みを浮かべた。


「なるほど。主君の誤ちを正すのも、忠臣たるものの役目というわけですな」


「左様。宮城奪還の折りには、貴殿にも私とともに、参内していただきたい」


「畏まりました」


 


 

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