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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第1株:福山ばら祭
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探し物はなんですか

「何事だ」


 素早く薔子さんが反応した。身を翻して歩き出す彼女を、僕も慌てて追いかけていく。その先では、小学生たちが言い争いの真っ最中だった。まーくんと呼ばれた少年が、けーくんとかいう少年を苛烈に責め立て、女の子三人はその周りでオロオロと戸惑っている様子である。


「ボクが鉛筆なんかとるわけないだろぉ! まーくんが勝手になくしたんじゃないかあ!」

「うそだ! そのキラキラ鉛筆ほしいって、けーくん前に言ってたもん! あやしい!」

「はぁあ!? ふざけんなよぉ、しょーこを出せよ、しょーこをぉ!」


 傍目も気にせず罵り合っている。落ち着いて事情を聞こうにも、子どもの喧嘩を長らく見てこなかったので、僕は途方に暮れてしまった。後になって思えば情けない話だ。


「どうしましょうか」

「……ったく、これだから子守りは苦手なんだ。実行委員長に恩があったから引き受けたが、やはり私は植物の相手をする方がいい」

「そうかもしれませんけど、そうじゃなくて」

「分かっているとも。ツアーの空中分解は、避けなければね」


 あからさまに辟易とした顔で、薔子さんが前に歩み出た。


「落ち着くんだ。君たちの言動は理性的ではない。怒りを堪え、静かにしたまえ」


 優しく仲裁を試みるけれど、その言い方では無意味だと思う。第一に声量が足りない。第二に、大抵の子どもは理性的な話し方など出来ない。


「鉛筆とかボク知らんしぃ! 人をハンニン扱いせんでくれますかぁあ!」

「だって置いとった所になかったんだもん!」

「……二人とも耳が遠いようだな。もう一度言うぞ。静かにしたまえ」


 繰り返し呼び掛けるが、ヒートアップした喧嘩が収まる気配はない。こめかみに手を当てていた薔子さんの眉が、不快そうにピクリと持ち上がる。


「これで、三度目だ。静かに、したまえ」


 声色にピリッとしたものを感じて、思わず背筋が寒くなった直後。ひときわ長い溜息に続き、五月の緑町公園に雷が落ちた。


「静かに出来んのか貴様らぁッ!」

「しょ、薔子さん! 相手は子どもですよ!」

「子どもだろうが大人だろうが知ったことか、静かにしろと言っているんだ! 言い争っても意味など無いことくらい、君らほどの年齢なら理解出来るだろう」


 僕まで身が竦むほどの気迫だったが、抜群に効果はあった。一斉に黙りこくる子どもたちへ、薔子さんが改めて問い掛ける。


「怒鳴って悪いね。では……そうだな、そこの賢げな少女。事の次第を説明してくれ。他の者は彼女の話に割り込むなよ」


 呼ばれた少女がビクッと肩を縮める。確か名前はアキちゃんといったか。さっきの一喝で萎縮させてしまったらしい。

 僕はその場に膝を付くと、目線を少女と同じ高さに合わせ、敵意が無いことを示すように微笑みを送る。


「何があったか、お兄ちゃんたちに教えてくれる?」

「……うん」


 緊張した面持ちで、少女はゆっくりと語り始めた。

 曰く、小学生五人衆の一人、まーくんの持っていたキラキラ鉛筆が、自分でも知らぬ間に無くなっていたのだという。

 バラの花を早々に見飽きた彼らは、誰から言い出したか鬼ごっこをすることにした。その間、走る邪魔になる荷物は、全員の分をまとめて僕と薔子さんの目の届く場所に置いておいた。少なくともそこまでは、件のキラキラ鉛筆も間違いなくあったそうだ。

 しかし戻ってきた時、それがどこにも見当たらなかった。近くを探しても落ちていなかったため、まーくんは友達を疑った。当然ながら疑われた方は身に覚えなど無いため、言い返して、売り言葉に買い言葉。いよいよ険悪なムードになり始めたところで、薔子さんと僕が乱入した……。纏めるとそんな具合だ。


「状況は理解した。まず第一に、鉛筆が誰かに盗まれた可能性はゼロだな」


 例の如く、薔子さんが人差し指を立てて言う。僕も同感だった。


「僕たちが近くにいましたもんね」

「そうだ。一秒も漏らさず監視していた訳ではないが、誰かが傍に来れば流石に気付く。そもそも紛失した鉛筆は、持ち主にとっては宝物でも、他の子にとってはそうと限らないのだよ。聞く限りたかだかワンコインの品だ。リスクを冒して盗む程の価値は無い」

「いや、言い方……」


 つくづくオブラートに包むことをしない人だ。必要以上に対立を煽りたいのではないかと、勘ぐられても不思議じゃないだろう。おそらく本人にその気はないので、余計にたちが悪い。


「伊吹青年が鉛筆を確認したのは、あそこ。あの樫の木の根元付近でのことだな。まーくん少年は、ここに来るまで確かに鉛筆があったと証言しているが、人の記憶は得てして当てにならないものだ」


 情報を整理した薔子さんが、パチンと手を打ち鳴らして言った。


「道中で落とした可能性も踏まえ、皆で一通り回ってみよう」


 ※


 薔子さんの号令で、僕たちは目を皿にして樫の木からローズヒルまでの道のりを遡っていった。

 キラキラした物なら日光を反射して目立ちそうなものだけど、予想に反して鉛筆は見当たらず。二度、三度と往復してみるも、百円を拾ったのが唯一の成果だった。

 念のため小学生の荷物をあらためてみたり、花壇の中まで捜索の手を広げてみたりした。どれも空振りだった。所詮鉛筆、無くなってもおよそ問題の無い物とはいえ、やっぱり後味が悪い。

 鉛筆をなくした本人も、泣きはしないが悲しそうな顔をしている。

 自己責任と言えばそれまでだ。しかし相手が無邪気な子どもとなれば、見つけてあげたくなるのが人情というもの。だけど……。


「鉛筆……ありませんね」


 心優しい通行人が、鉛筆を拾って届けてくれたかもしれない。その可能性に賭けて訪れた本部テント前。結果は案の定ハズレで、僕は肩を落としていた。


「洗いざらい探して見つからず、落とし物として届けられてもいないか……なるほどな」

「薔子さん、次はどうしましょう?」

「どうもしない」

「え?」

「打てる手は全て打った。現状、これ以上の捜索は無意味だ」

「でも、そしたらこの子は……」

「悲しむことになるだろうね。私もそのくらい承知している」


 だからどうした、とでも言わんばかりのざっくばらんな返事。言外に滲み出る拒絶の意思が、まるでバラの棘に触れた時のように、悪意の無い鋭さを以て僕の心に刺さる。薔子さんは捜索を打ち切るつもりなのだ。


「不満そうだな。では逆に問うが、君は良い案を思い付いたのか? ……返事は不要(いい)、聞くまでもなく分かる。君は今、“自分じゃどうにもならないけど目の前の女なら何とかしてくれるかも”という、他人任せで身勝手な表情をしているからな。実に分かりやすい」

「……」


 薔子さんの発言はどうしようもなく図星で、それ故に僕は何も言い返せなかった。黙った僕を一瞥した後、彼女はおもむろに、小学生たちの眼前にしゃがみ込む。悲しみに暮れるまーくんを慰めるように、その頭を穏やかな手付きで撫でた。


「申し訳ないがここまでだ。少年、君がなくした鉛筆を、私たちは見つける事が出来なかった」

「……キラキラ、なくなっちゃったの?」

「そう断ずるのは性急だ。どんな場合でも、拾われた遺失物が然るべき場所に届けられるまでには、タイムラグがある。しばらく待てばひょっこり戻ってくるかもしれない。……だがまあ、あまり期待をすべきではないだろう」

「どうして?」

「硬貨や札ならいざ知らず。大抵の人間は、道端に転がった鉛筆になど価値を認めないからさ」


 突き放すように薔子さんが言った。ある意味、彼女の無遠慮な発言も間違いではないだろう。けれど常識的に考えて、今のは思っても口にすべきじゃなかった。その証拠にまーくんの表情は、いつ涙を流しても不思議じゃないほどに、分かりやすく歪んでいる。


「ひとまず鉛筆のことは忘れ、今日という日を楽しみたまえ。祭に似合うのは笑顔だ」

「……ありがとうございました」


 それでも最後まで泣かなかったのは、彼なりの矜恃があったのかもしれない。「きっと見つかるって」「はっさく戦隊のやつ見に行こ?」友達に元気づけられながら、とぼとぼと立ち去って行く。はっさく戦隊というのは、広島の名物であるはっさくをモチーフにしたご当地ヒーローなんだけど、そんなのはどうでもいい。

 小学生たちの背中が人混みに紛れる。直後、僕は薔子さんに食ってかかった。


「流石にあれはダメですよ!」

「何がダメなんだ? 私は事実を述べたに過ぎない。勇ましい美辞麗句で励まして、過剰な期待を抱かせる方がよっぽど無責任だと思うがね」

「だとしても、もう少し言い方ってものを……!」


 頭痛がする。変わってるだけで根は素敵な人だと、少しでも考えた自分が途端に馬鹿らしくなってきた。


「あんなこと言ったら悲しむって、普通分かるじゃないですか。薔子さんがどんな考えを持とうが、それは薔子さんの自由です。だけどさっきのは、わざわざ言う意味があったとは思えません。デリカシーってもんがあるでしょう」

「わめくな、騒がしい。出会う人すべてに感情移入していたら心が保たないぞ」

「そうじゃなくて……!」


 どうして伝わらないのか。意見を表に出すのは大切だけど、何でもかんでも口にすれば良いものでもない。世の中には言わなくても良いことがあるのだ。この人は理解出来ないのだろうか?

 もどかしい感情を胸の奥に抱えたまま、僕は無言で薔子さんと向かい合う。気まずい沈黙に耐えかねたのか、やがて彼女は小さな声で「すまないね」と呟いた。


「こういう人間なんだ。私は文部両道を地でいく女だが、人付き合いだけは昔から苦手だった」

「……いいです。僕も、声を荒げてしまってすいませんでした」


 あと数時間とはいえ、共に仕事をする仲だ。喧嘩をするのは得策じゃない。そう割り切って気分を変える。

 異質な相手ともそつなく付き合う。それこそが、社会で上手くやる秘訣だと、高校時代の担任が教えてくれた。


「鉛筆は、まあ誰かが届けてくれれば御の字ってことで。このペースで進めば三、四組くらいは回せますかね? よろしくお願いします」

「……青年、君は何か勘違いをしていないか?」

「どういう意味ですか?」

「私は別に、探すのをやめるとは一言も言っていないぞ」


 ……へ?

 当然のように薔子さんが豪語するものだから、僕は目を丸くした。


「やめないんですか!?」

「早まるなよ。すぐに行動はせん。昼休憩まで我慢だ」


 前のめりになった僕をどうどうと手で制し、人差し指を顔の横にピンと立てる。探すのをやめない、それ自体は朗報だ。けれどだったらどうして、小学生たちにあんなことを言ったのだろう?


「子どもを連れては自由に動けんし、シフトを放り出して宝探しという訳にもいくまい。だから彼らを送り返したのさ。性急な誰かさんは、私を心なき薄情者だと思い込んでいたようだがね」


 僕の思考を読んだかのようなタイミングで、薔子さんが皮肉げに唇を歪めた。


「私の予測では、どちらにせよ暫く待たねばならないんだ。無意味な時間を過ごさせるよりも、他のことで気を紛らわせていた方が子どもたちのためになる。そのように判断した」

「そう、だったんですね……」


 性格がねじ曲がってたんじゃなくて、彼女には彼女なりの考えがあったんだ。早とちりしてしまった自分が恥ずかしい。


「分かったか? 分かったら私に言うことがある筈だ」

「う……すみませんでした」

「頭も下げたまえ」

「……はい」

「よろしい」


 完膚なきまでに負かされた僕が大人しく謝罪すると、薔子さんは満足げにスンと鼻を鳴らした。やっぱりこの人、性悪じゃないか? そう思ったけど口には出さない。舌戦を仕掛けて勝てる相手ではないと、直近の数十分で存分に理解した。


「シフト表によると、君の勤務は正午までだったな。私も午後は空いているんだ。暇なら付き合いたまえ」

「喜んで。僕もこのままじゃ後味が悪いですし、手伝いますよ。でも……一つ、訊きたいことがあるんですけど」

「何だい」

「鉛筆、本当に見つけられますかね。あれだけ探してダメだったのに、たった二人でなんて、不可能に近くないですか?」

「確かに、無策ではそうなるだろうね。だが私は違う。実を言うと、鉛筆の在処と持ち主には、既にある程度の見当がついているのだよ」

「え!?」


 一瞬、嘘だと疑いそうになったけど、薔子さんの口調は本気だった。ごくりと生唾を飲み込む僕に、くっくっく、と独特な笑いを投げかけてから、瞳を細めて凜々しくも断言してみせる。


「楽しみにしたまえ。この私、茨薔子が不可能を可能にしようじゃないか」

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