エピローグ
広島県、福山市。
瀬戸内海の沿岸に位置する、県内第二位の地方都市が、『彼女』の住む町だ。
温暖な気候に美味しい魚介類。はっさく、いよかん、せとかにすだち、多種多様な柑橘類の数々。広々とした空に、新幹線の停まる駅。福山城や鞆の浦といった、可もなく不可もなくの観光資源。東京ほどではないそこそこの賑わいと、東京ほどではないそこそこの発展度合いを併せ持ったバランスは、見方を変えれば中途半端さの裏返し。
単純な規模では広島市に負け、全国的な知名度では尾道や呉に劣る。自然の豊かさを競えば、庄原や神石高原町に一歩及ばない。そんな永遠の二番手こと福山の、数少ないアイデンティティが、バラの花だ。
市民を洗脳するかのごとく、福山市は猛烈にバラを推す。愛を象徴するバラの花が、街中いたるところに植えられ、バラをモチーフにしたゆるキャラが各種イベントに出没する。市の花には菊も指定されてるけど、大抵の人はバラしか知らない。山陽自動車道のサービスエリアには、それなりに豪華なバラの花壇が作られ、福山駅の電車接近メロディーは加藤登紀子の『百万本のバラ』で、市内最大のお祭りは、かつて陸軍の司令部があった緑町ばら公園で開かれる『福山ばら祭』だ。
一から十までバラ尽くし。
そんな福山の一角に、愛の花を愛する『彼女』の家はある。
敷地全体がつるバラの柵で囲まれ、立派そうな庭とお洒落な木造の二階建てが並ぶそこは、一言で言うならザ・英国風。
入り口の門を抜けた先、真っ直ぐに続く砂利の道は、途中で東西に分かたれて、家の周りをグルリと一周出来るようになっている。
花に囲まれた小道を抜け、小さな池の横を過ぎ、手入れの行き届いた庭に見惚れながら進むと、ちょうど外からは生け垣で隠れた位置、バラのアーチの下に、『彼女』の姿を見つけた。
「――やあ。おはよう」
こちらが声をかけるよりも早く、彼女は僕の足音に気付いて振り返った。朝早くからの呼び出しも、この笑顔が見れると思えば苦にならないというものだ。彼女と出逢ったあの春の日、透き通るようなブルーの瞳に僕は心を奪われた。冬の寒さを耐え忍び、春に花咲く桜のように、彼女に宛てた片想いのつぼみを、僕はまだバラの下に留めている。
「おはようございます、薔子さん」
「よく来たね。さあ、今日はどの花について語ろうか」
僕が隣に駆け寄るやいなや、彼女は待ってましたとばかりに口を開いた。花のことになると目に見えて機嫌が良い。分かりやすい人だなと微笑ましく思いながら、僕は頬を綻ばせて、彼女の花蘊蓄に耳を傾けた。




