容疑者2:森永由希子
二人目は、薔子さんがレストランを封鎖した際に突っかかってきた、あの女性だった。
「森永由希子、三十五歳。言っとくけどアタシはやってないから。さっさと家に帰してくれない?」
メンドクサイという感情が、一挙手一投足に滲み出ている。とはいえ警察の前ともなれば、表立って逆らう気も無いのだろう。その代わりか、森永さんはミルクティーを要求した。さっきの紅茶といい、ウエイトレスさんも大忙しだ。
「やったかと訊かれてやったと答える奴はいない」
薔子さんが憮然と言った。
「何よそれ。アタシを疑ってるわけ?」
「あなたが黒かはまだ未確定だ。黒になり得る可能性があるため、こうして話を聞いている」
「ふん。じゃあさっさと済ませてくれないかしら。時間の無駄だもの」
「どうしてそんなに急ぐ必要がある?」
「プライベートな用件よ。あなたには関係無いと思うわ」
やり取りが水と油のそれだ。薔子さんの口がよく回るのは周知の事実として、森永さんも言いたいことはしっかり言うタイプらしい。放っておいたら喧嘩になりそうだ。
「いやはや。混ぜるな危険、とはこのことだねぇ……レディは下がっていてくれ」
トホホと息を吐いた三千院警部が、薔子さんを押し退けて進み出た。
「忙しいところ申し訳ありませんが、ボク達の仕事は真実を突き止め、皆さんの平和を守ること。美しいマダム、どうかあなたの力をお貸し頂きたい」
「……あら、あなたイケメンね! いいわ。アタシで良ければ話します」
警部が目の前に腰を降ろすやいなや、応答の態度が目に見えて改善する。「面食いめ」と毒吐く薔子さんを無視し、警部が森永さんに微笑みかけた。
「ご協力ありがとうございます。では早速ですが……倒れた女性、佐藤美香さんとの面識は?」
「ありませんわ。赤の他人です」
「でしょうね。今日、こちらへはどのような目的で?」
「気晴らしがてらのお出かけです」
「お一人で??」
「そうですけど何か問題が? 一人で植物園に来ちゃ駄目なんですか?」
「い、いや、別に変な意味で聞いたのではなくてですね」
「駄目ではない」
薔子さんが口を挟む。続けて彼女はおそらく無意識に、けれどこれ以上なく的確に、森永さんの地雷であろう場所を踏み抜いていった。
「周囲を見ても分かるように、カップルや団体など複数名での利用者が多いのは事実だが、あなたがそれで気を悩ますことは無い。一人で来たければ一人で来れば良いし、誰かと来たければ誰かと来れば良い。当園の門戸は平等に開かれている」
「あなたさっきから何なのよ? どういう立ち位置なわけ?」
「私は園長だ。園内の全てに責任を持つ者だ。本日はお越し頂きありがとう」
胸に手を当てて一礼する。返事が予想外だったのか、森永さんは気勢を削がれたように「そ、そう」と呟いた。
そのタイミングを利用して、三千院警部が質問を投げかける。
「森永さんのお仕事は?」
「市内のデパートで働いてるわ。一応正社員です」
「茨フラワーパークには日常的にお越しに?」
「時々って感じかしら。個人的には好きな場所なんだけど、それでも月に一度、来るか来ないかってとこね。年パスを買ったら絶対に損する、そのくらいの頻度よ」
「レストランに入ってからの行動を、簡潔に説明願います」
「説明……って言われても、普通にしてたわよ。飲み物と食べ物取りに行って、美味しかったからお代わりもしてね。途中でお手洗いを借りた後、食後のコーヒーを飲み終えた辺りで、あの女の人が倒れたの」
「なるほど。最後に一つ。あなたは倒れた女性の三つ後ろの席に座っておられましたが、お食事中、何か気になることはありませんでしたか?」
「食事中に? ……無かったわね。わざわざ他の客なんて見たりしませんもの。そこのあなたくらい顔の良い人がいれば、少しは記憶に残ったかもしれないけど」
森永さんが薔子さんを指差して言った。
「……私のことか? まあ当然だな。一般的な価値観に照らして考えれば、私は間違いなく美女にカテゴライズされる」
「まったくね。本当に顔は素敵だわ」
「人の性格は外面に出るものだからな」
皮肉に対しても薔子さんはさすがの切り返しだ。その底知れぬ自信はどこから来るのか。
とはいえ彼女が美しいのも、また事実。そこらのモデルより絶対に綺麗だし、なんといってもカッコいい。中身? 中身は……うん。まあ、その、はい。個性的だ。僕は好きだけど、苦手な人もいるだろう。
森永さんが笑って肩を竦めた。
「結構な自己肯定感だこと。さっさと犯人を見つけ出して、アタシを解放しなさいよね」
「自己肯定ではない。事実だ」
「ふんっ」
終始ピリピリな空気の下で、森永さんへの聞き取りは終わりを迎えた。




