薔子さんの推理 part2
「ちょ、ちょっと待ってください! それはおかしいです。今から死のうっていう人が、自殺に失敗した跡をわざわざ隠すなんて」
「明らかに無意味だ」
「そうですよ。だからそんなの有り得な――――まさか!」
その瞬間、僕はハッとなった。薔子さんが何を言いたいか、直感的に分かってしまったからだ。
「もう一人いたというんですか? 女性以外の誰かが、ここに?」
「そうだ。警部の言った通り、枝が折れた理由は自殺未遂だろう。だがこの枝で首を吊ろうとしたのは、女性ではない別の人物だ」
自信ありげに頷いてから、薔子さんが続ける。僕も警部もベロニカさんも、いつのまにか彼女の語りに引き込まれていた。
「では次に、それが誰なのかを推測していこう。警部、女性の遺書には何が書かれていた?」
「遺書? えっとねぇ……両親への恨み辛みがメインだったかな。好きな相手がいるのに別の人と結婚させられそうになって、泣く泣く死を選んだんじゃなかったかい」
「おおむねそのような内容だな」と薔子さんが微笑む。「不自然だと思わないか。自殺するほど男を愛していたのに、どうしてそいつへ向けた言葉が一言も無いんだ?」
言われてみれば変だ。愛に殉じるほどの人が、大事な相手へ何も告げずに死んだりするだろうか? ありがとう、とか。ごめんね、とか。少しくらいあってもいい筈だ。
問い掛けられた警部も首を傾げている。代わりに答えたのは、ベロニカさんだった。
「論理的に考えるならば……わざわざ遺書に書く必要が無かったから、でしょうか」
「その通りだよ。愛に言葉はいらない、なんてほざく輩もいるがね。それでも死の間際だ。何かしらのメッセージは残したいものさ。遺書に記述が無いとなると、女性は別の方法を使ったのだろう。メールか、電話か。あるいはすぐ隣にいた本人に、直接口で伝えたか」
「――っ!? い、今なんて言いました!?」
反射的に聞き返す。僕の耳がついに狂ったか? 女性の交際相手が、すぐ隣にいただって?
「突拍子もなく聞こえたかな。だがね青年。そう考えれば、全ての辻褄が合うんだよ」
「そんな……。いえ、でも、それはやっぱり変です。僕がその男性なら、好きな人が死ぬのを黙って見てるようなことはしません」
好きな人には生きていて欲しい。人間として当然の感覚だ。
「くっくっく……」
「薔子さん?」
「分かってるよ。君なら止めに入るだろうね。だが、件の男は違ったのさ。最初から改めて説明しよう」
近くの木の幹に背中を預け、薔子さんがピンと人差し指を立てる。
「まずは事の背景からだ。亡くなった女性、西城若菜には、親から薦められた男とは別に交際相手がいた。名前が分からないので、取り敢えず“某”と呼んでおこうか。西城と彼女の両親、及び某との関係は遺書にあった通りだ。お世辞にも良好な仲とは言えなかった」
「結構、キツい言葉で書いてましたよね。あなたたちを許さない、とか」
「余程の対立があったのだろうね。ともあれ、自分たちの交際に親が反対しているという事実は、まだ若い二人にとって相当な重荷だっただろう。どんなやり取りがあったかは知らないが……結果として、彼らは最後の手段をとった。二人一緒に死のうとしたのさ。いわゆる心中だね」
「しん、じゅう」
胸の痛む言葉だ。だけどそれなら、遺書の件も説明がつく。遺書は遺す人に宛てるものだ。共に死ぬ相手には送らない。
「薔子様の考えは理解いたしました」ベロニカさんが声を上げる。「ですがそうなると、某殿のご遺体もこちらに存在する筈でございます。それが無いということは、すなわち」
「男の方は死ななかった。いや、正確には“死ねなかった”と言うべきかな。首を吊ろうとして枝が折れたんだ。誰かさんが推察したように」
女性は一度目の自殺に失敗した、と三千院警部が言っていた。そのことだろう。
「本来、西城と某は一緒に死ぬつもりだった。だが実際は、西城だけが自殺に成功し、幸か不幸か某は生き延びてしまった。愛する女性の死に様を見て、怖くなった某はこの場から逃げ出した。折れた枝や、足場に使った石を隠してからね。その方がよっぽど不自然になるのだが、自分の存在を気付かれたくない思いが勝ったのだと思う。誓いを反故にする後ろめたさもあったのだろう」
そこまで一気に語ってから、薔子さんは唐突に肩の力を抜いて、
「ま、全て状況証拠に過ぎないのだがね。裏付けを取りたいなら、駐車場の監視カメラの映像を見るなり、女性の身内経由で“愛している男性”に話を聞くなりするといい」
皮肉っぽく笑ったあと、挑むような視線を警部に向けた。
「どうかな? 私の考えは狂人の絵空事だろうか」
「……いや、いやいやいや。待ってくれレディ。確かにそれで辻褄は合いそうだけど、君の推理に沿って考えるなら、二人は仮にも心中を約束した仲なんだろう? 相方を残して逃げるなんて、そんなことが」
「有り得るさ。“死の恐怖は本能的だ。一度自殺をしくじれば、怖くなって二度目を諦める者もいる”。そう言ったのは誰だったかな」
三千院警部だ。本人もそれは分かっているんだろう。「むぅ」と唇を尖らせるだけで、大人しく引き下がった。反論らしい反論も思い付かなかったみたいだ。スーツのポケットから携帯を出して、どこかに連絡を取り始める。
親御さん、とか、監視カメラ、とか。そんな単語が途切れ途切れに聞こえてきた。気になるけど、ここから先は警察の領分だ。
「青年」
ふと気付くと、薔子さんが僕の隣に来ていた。こちらを憂慮するかのような表情に、心臓が思わずドキリとなる。
真実を語るべきじゃない。彼女がそう判断した理由を、語られて初めて理解した。今回の出来事は、あまりにも悲しすぎる。
「薔子さん」
「うん」
「これって、つまり……」
その先を口にするのは叶わなかった。
首を縦に振った薔子さんが、僕の言葉をいち早く引き継いだからだ。
「考える限り最悪の形を迎えた、心中未遂だよ」




