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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第2株:福山サービスエリア上りの首吊り死体
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秘密の行方

「……は?」


 思わず、そんな声が漏れてしまう。

 今、この人は何と言った? 単純な自殺じゃない? 一体どんな根拠があって……。


「……どういう意味ですか。まさか、自殺に見せかけた殺人だ、なんて言うんじゃないでしょうね?」

「ははははは!」

「薔子さん?」

「君は冗談が上手だな。んなものが起きるのは、火曜サスペンスかミステリー小説の中だけだ。あの三千院警部(イタリアかぶれ)が結論付けたように、あれは自殺だよ」

「……だったら話は終わりですね。変なこと言わないでください」


 刺々しい答え方になってしまったけど、内心、僕はホッとした。殺人か自殺か、比べること自体おかしい気もするけど、選ぶなら自殺の方がまだマシだ。人が人を殺すなんて、絶対にあっちゃいけない。

 だが、そこで薔子さんが首を横に振った。


「待ちたまえ。確かにあれは自殺だが、ただの自殺ではないんだ。そのことに警察は気が付いていない」


 机に肘をつき、唇の端を持ち上げる。その微笑みの意味を図りかねて、僕は返答に詰まった。この人の思考に付いていけないのは前提としても、なーんか引っ掛かるんだよな。

 ……待てよ? そういえば。


「もしかして、警察が来るまでの間に何かしました?」

「現場を少々調べて回った」

「ああ、やっぱり……」


 嫌な予感が的中して、僕は頭を抱えた。ベロニカさんに僕を預けた後の、あの謎の単独行動はこれだったんだろう。

 薔子さんは薔子さんなりに、気がかりな点があったのかもしれない。だけどそれでも、警察に無断でそういうことをするのは、ちょっとどうなのかと思ってしまう。僕たちはプロでも専門家でもない、あくまで民間人なのだ。しかも薔子さん、優秀な日本警察に判断を委ねるって、自分で言ってたじゃないか。今思うと嫌味だったんだろうけど。


「なんだその顔は。私をハゲタカ扱いするなよ? 遺体にもその周囲にも、直接手を触れてはいない。現場の保存は鉄則だ」

「そうじゃなくって……ベロニカさんからも言ってやってください」

「わたくしですか??」

「わたくしです」

「ええと……。あくまで一意見ですが、ここで重要なのは薔子様の振るまい如何(いかん)ではなく、それによって何が分かったか、ではないでしょうか」


 確かにそうだ。冷静に答えたベロニカさんに、僕はなるほどと頷く。最後まで話を聞いてないのに、薔子さんを責めるのはアンフェアだ。


「教えてください、薔子さん。ただの自殺じゃないって、どういう意味なんですか?」

「正直わたくしも気になっております。是非(ぜひ)お聞かせいただければと」


 二人で一緒に頼むと、薔子さんは静かに腕を組んだ。


「断る」

「へ? いや、あの、どうして」

「語るべきではないと私が判断した」


 絶句した。意味不明もここに極まれりだ。もったいぶった言い方で、怪しげなことを口にしておいて、肝心な部分をどうして秘密にするんだろう?


「……もしかして、僕の前では言いにくいことなんですか? だったら無理に教えてくれなくてもいいです。だけどそれでも、警察には伝えるべきだと思います」

「本当にそうだろうか? 真実には三種類ある。明らかにすべき真実、秘すべき真実、そして巧妙な作り話」


 順繰りに指を折り曲げながら、薔子さんが語る。幼い子どもを諭すような口振りで。


「今回のは二つ目だ。白日の下にさらすのは容易だが、そんなことをしても誰も幸せにはならん」

「そんなに……酷い内容なんですか」

「ああ」

「……だったら、なんで」

「なんで中途半端に明かしたのかって? 完全に秘密にすると息が詰まるじゃないか。具体的な中身は言わずとも、隠し事があることは伝えておきたかった。……分かるかな、これでも君たちに誠意を示したつもりなんだよ」


 そう言って穏やかに微笑んだ。勝手に現場を調べた人と、同一人物とは思えない。


「語ることで誰かが傷付くなら、その事実はバラの下に留めておくべきだ。違うか、青年?」


 ブルーの瞳を理知的に細めて、薔子さんが僕に問い掛ける。バラの下。意味は”秘密”。

 違うか、なんて聞かれても、すぐには答えを返せない。薔子さんの考えも一理あるからだ。真実は時として残酷なもの。知らぬが仏、嘘も方便。そんなことわざがあるように、本当のことを語るのが、必ずしも正しいとは限らない。


 ――――だけど。


 口をつぐみかけた僕の脳裏に、七年前の記憶が蘇ってくる。

 大好きな人の首吊り死体。天井から垂れる縄の先、ゆらりゆらりと揺れ動く身体。“彼女”がその終わり方を選んだ理由(わけ)は、最期まで分からないままだった。どうして、どうしてと。答えの無い自問自答を繰り返して、心が押し潰されそうになった時期があった。今でさえ、思い出すだけで息が苦しくなるのだ。

 だから……。


「いいえ」


 ゆっくりと首を横に振った瞬間、薔子さんがピクリと眉を持ち上げた。


「誰も幸せにならなくても、語るべきだと思います」

「……何故だ?」

「残された人は、どんなに辛い内容でも、本当のことを知りたい筈だから」


 僕にしては珍しく、自分の意見をハッキリと口にする。

 薔子さんが静かに目を閉じた。悩んでいるのか、人差し指でコツコツと規則的に机を叩く。唸り、うなだれ、顔を上げ、今度は後ろに反らし。しばらくそうやって動き回った末に、彼女は勢いよく立ち上がった。


「そこまで言うなら明らかにしようじゃないか。あの女の最期に隠された、名状しがたき悲劇の真相を、ね」


 伝票を手にすると、店の入り口へ足早に歩いていく。女性にしては大きいその背中に、ばら祭で感じたのと同じ頼もしさを覚えて、僕は不思議な安心感を胸に抱きながら、彼女の後を追いかけた。

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