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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第2株:福山サービスエリア上りの首吊り死体
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謎解きはランチの後で

「あの手の(やから)は好かん」


 サービスエリアのレストランで鞆の鯛飯セット1200円を食べながら、薔子さんが舌打ちをした。あの後、手帳の切れ端は即座に破り捨てられ、今はトイレ前のゴミ箱の中にある。


「警部さんが来てから、あからさまに口数減ってましたもんね。……あ、これ美味い」


 向かい合って座る僕が選んだのは、瀬戸のお魚定食980円だ。天ぷら盛り合わせとアオサの味噌汁、生卵とネギの乗ったほかほかのシラスご飯。魚好きには堪らない。


「会って二言目でランチに誘われれば、誰だって警戒して口数も減るさ。紳士的な振る舞いが如何(いか)なるものか、あいつは学校で習わなかったのか?? 実に性根の腐った男だ!」

「あはは……まあ、確かにアクの強い人ではありましたけど」


 凡人からすれば薔子さんも大概変わり者なのだが、それを言うと怒られそうなので黙っておく。触らぬ神に祟り無しだ。


「ベロニカ、君はどう思う」

「チャーシューが美味にございます」

「そうではなくてだね?」

「ささやかな冗談ですわ。あの警部殿ですが、性格の良し悪しはさておき、将来有望な御方であることは間違いないかと」


 尾道ラーメン780円に舌鼓を打ちながら、ベロニカさんが答えた。醤油味のスープと平打ち麺のコンボは、あっさりとしていてお腹に優しい。僕も大好きだ。


「警察の階級ってよく分からないんですけど、警部ってそんなに凄いんです?」

「県警、いわゆるノンキャリア組が警部に昇進する年齢は、平均して四十代半ばと言われる。奴が自己申告した三十という(とし)は、警部になれる理論上の最小値だ」


 不本意だが認めざるを得ない。そんな口調で薔子さんが言った。


「最小値ぃ!? じゃああの人、普通に化け物じゃないですか!」

「回るのは舌だけじゃないだろうよ。何らかのコネを持っているとしても、そのコネを使いこなす頭があることになる。タンポポの姿をしたナンテンと言ったところか」

「花言葉ですね」

「タンポポは“軽薄”、ナンテンは“機知に富む”だな。あの男、なかなかの曲者と見た」


 過剰評価じゃないかな……。思わず苦笑いが漏れる。だけどよくよく考えてみれば、優遇された顔面に、必要とあらば遠慮無く突っ込むメンタルの強さと、自信が服を着て歩いているような人だった。世渡りも得意そうだし、出世する要素は揃ってる。


「人は外見によらぬといいます。諸々の情報から、枝が折れていた理由を導き出した警部の推理は、わたくしも聞いていて見事だと感じました」


 確かにあれは凄かった。ベロニカさんに同意しながら、僕はアオサの味噌汁を啜る。海藻の風味に赤味噌のコクが合わさって美味しい。お代わり出来ないのが残念だ。


「青年、気分は?」

「大丈夫です。取り敢えず落ち着きました」

「良かった。随分と動揺していたからね、さすがの私も心配したよ」


 あ、気に留めてくれてたんだ。それはちょっと嬉しいな……。


「二人はどうして、あんなに冷静だったんですか?」

「君が狂い始めて、そっちに意識が向いた」

「ロンドンの裏路地にいた頃は、あれよりも酷い光景を見てきましたから」


 なんてことないようにベロニカさんが言って、僕は反応に困った。薔子さんに拾われたとのことだけど、この人は一体どんな場所で生きてきたんだ??


「案ずるな。青年はおかしくない。死体を見て動じない方が異端さ」

「あら、異端にされてしまいましたわ」

「ロンドンの孤児から日本のメイドだ。君の境遇は十分に非凡だよ、ベロニカ」


 ……プライベートな雰囲気。十年の月日が為せる技か。二人の関係は二人で完結しているとでも言おうか。間に入っていける気がしない。

 肩身の狭さを感じつつ、僕はお魚定食を食べ終える。スープまで余さず飲み干したベロニカさんが、ふと、気にかかったように呟いた。


「あの後、ご遺体はどうなるのでしょう?」

「身内に連絡がいき、警察の中では自殺として処理が済む。その後の対応は家族次第だ」


 僕も経験したことがあるから、大方の流れは知っている。要するに、


「通夜があって、葬式……」

「涙の献花、火葬、そして墓の下。毎日どこかで行われている、実にありふれた流れで、彼女は弔われることになるだろう」


 淡々とした口調にチクッとしたものを感じる。普段だったら聞き流していた場面だ。けれどその時の僕は、死体を見つけたばかりで敏感になっていたのか、ついそれに反応してしまった。


「……薔子さん、不謹慎ですよ」

「何が不謹慎なんだ?」

「分かるでしょう。毎日どこかで行われている、とか。ありふれた、とか。そういうの、あまり言うべきじゃないと思います」


 すると薔子さんは呆れたように鼻を鳴らした。


「事実を口にすることにどうして遠慮する必要がある。この国では、一年あたりおよそ二万人の自殺者が出ているんだ。単純計算でも一日に五十人強。自殺は忌むべきものだがね、統計上はあの女性も、その内の一人に過ぎないんだよ」

「だからってそんな言い方しなくても……!」


 モヤモヤする。薔子さんの考えは間違ってないんだけど、そうじゃない。死んだ人ってのは数で捉えるべきじゃないんだ。誰かが死ねば周りの人間は悲しむ。残された遺族の存在は、統計のデータに出てこない。


「そりゃ最終的には数字の一として処理されるんでしょう。だけどあの人の家族とか、愛していた男性にとってはただの自殺じゃないんですよ!」

「だが“私たちにとっては”ただの自殺だ。だから君もあまり考え過ぎるな」


 艶やかな指で眉間を指差された。意識して気丈に振る舞っていた、そんな自分を見透かされた気がして、ドキリと胸が撥ねる。


「いいか? 私は道徳観を論ずるつもりはない。人生の先達として、助言しているんだよ。見ず知らずの女が死のうが生きようが、君の命はこれまで通り続くんだ。無闇に他人(ひと)の悲しみに寄り添うと、やがて自分が呑み込まれてしまう」

「つまり……今日のことはもう忘れろと?」

「その方が幸せだし、健康的だからね。私たちにとって、あれはただの自殺。ニュースで観るそれと何ら変わりない、いたって普通の出来事だ」

「ただの、自殺」

「そうさ。…………まあ」


 お茶を飲み、そこでふと呟く。


「今回の件に限っては、単純な自殺とも言えな(・・・・・・・・・・)いのだがね(・・・・・)

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