警部の推理
「結論から話すと、これは自殺で間違いないね」
遺書、写真、踏み台にした石の存在。ここまでの情報を総合すると、それ以外の可能性は無いと言っていいだろう。
実は自殺に見せかけた殺人で、遺書は偽物……というのが、ドラマや小説では鉄板だ。けれどここは現実。筆跡鑑定をすれば、本人が書いた遺書かはすぐに分かる。そんなチャチな罠を仕掛ける犯人がいるとは思えない。
「亡くなった女性――西城若菜女史は、愛する男性との交際を両親に拒絶された。両親の方は、自分たちが選んだ男に娘を嫁がせたかったようだ。遺書の中身から推察するに、相当激しい対立があったのだろうね。最終的に和解は失敗し、彼女は屈辱よりも名誉ある死を選んだ」
遺体の視線を追うように、三千院警部が茂みの外を指差した。その先にあるのは福山サービスエリア上り。総勢800本のバラが、美しく咲き乱れている。
「若菜女史にとって、バラ園は思い出の場所だった。男との初めてのデートがここだった、とか、そんな感じの理由かな。ボクが思うに、彼女は幸せを胸に抱いて死にたかったのだろうね。――しかし、ここで問題が起きた」
そのまま腕を横滑りさせる。次に示したのは反対側。不明な理由で折れていた、あの木の枝だった。
「彼女は一度目の首吊りに失敗したのさ。見たまえキミたち。これは明らかに、下向きの力がかかったときの折れ方だろう? 女性の重みに枝が耐えきれなかったのだと考えられる。その証拠に……」
警部が流れるように地面を指す。
「この辺りだけ草が潰れている。まるで、重たい何かが置かれていたかのようにね」
重たい物……なるほど、石か。自分の身長より高い枝でなければ、首は吊れない。あそこにロープを結ぶためには、どうしても足場になる物が必要になる。
「死の恐怖は本能的だ。一度自殺をしくじれば、怖くなって二度目を諦める者もいる。しかし彼女の決心は固かった。同じ石を踏み台に、別の枝を使って再度首を吊った。そして不幸にも成功してしまった。それほどまでに、彼女は追い詰められていたというわけさッ……」
悶々とする内容だ。二度の死を試みるだけの絶望とは、いったいどんなものだろう。あの時の僕でさえ、嘆きこそすれ後を追って自殺しようとまでは思わなかった。
最愛の相手と引き裂かれる苦痛。それを未だに味わったことの無い僕は、きっと幸運なんだろうな……。
「とまあ、ザッとこんなところだね。キミたちはもう帰っていいよ。今夜は温かいお風呂にでも入って、ゆっくりメンタルを休ませたまえ」
饒舌に語り終え、悠然と手を翻す三千院警部。警察だからこういう現場にも慣れているのかな。そう思いつつ、こちらも小さく頭を下げる。
「じゃあ、失礼します」
「ご協力グラッツェ。……いやちょっと待った! 丁度お昼の時間じゃないか!」
神妙な空気が一瞬で吹き飛んだ。けんもほろろに断られた筈だが、まだ諦めていなかったらしい。無言で立ち去ろうとした薔子さんの前に、三千院警部が素早く回り込む。顔をしかめられても一向に気にせず、スウィートな微笑みと共に右手を差し出した。
「どうだいレディ、ここで会ったのも何かの縁。ボクと一緒にランチを」
「食べない」
「手と手を取り合い、美味しいピッツァの店へ」
「行かない」
「くっ……難攻不落だね。仕方ない、一時撤退といこう!」
ポケットから手帳を取り出して、大急ぎで何かを書き留めた。そのページを破り取り、薔子さんの手に無理矢理握らせる。最後にウインク。誰かさんと違って上手い。
「ボクの携帯の電話番号だ。気が変わったらいつでも連絡してきてくれ!」
「さっさと失せろ!」
刃物のような鋭さで切り捨てられたにもかかわらず、三千院警部が堪えた様子は無かった。その場を後にする僕たちに向けて、彼は名残惜しそうにいつまでも手を振っていた。
「待ってるよ! アモーレ!」




