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死体そのものは、警察によって撤去された後のようだ。けれどそれでも、死の臭いがまだ残っている。現場に近付くにつれて、僕はまたしても気分が悪くなり始めた。
「最初に見えたのは足だったんです。薔子さんたちとバラ園を歩いていたら、ふと何かが揺れていることに気付いて。目を凝らしてみたら、それが人間の足だったので、急いで駆け付けました」
「たまたま見つけたというわけかい。遺体の女性に面識は?」
「ありません。他の二人も同じだと思います」
「ボーイの言ったことに間違いはないかな?」
警部が女性陣に確認を取った。二人は揃って首を縦に振る。
「ダッコルド。ちなみにだが、キミたちはどういう集まりなのだろう」
「えっと……」
どう言えばいいだろうか。友達、はちょっと違う気がする。
「主人と使用人、及び客人と認識してくださればよいかと」
ベロニカさんが答えた。
「どなたがご主人?」
「薔子様です」
「茶髪ガール、あなたは」
「一介のメイドにございます」
「すると、ボーイ。キミが客人だというのかい!?」
ほう……、と警部が腕を組む。この若造が如何にして美女の家へ招待されるに至ったのか。好奇心と羨望の入り混じった、そんな情念を警部の視線から感じて、僕としては気まずいことこの上ない。
「客ですけど、それが何か?」
「いや、だってねぇ。キミってば、ほら……他と比べてパッとしないっていうかさ。麗しい花の中に異物が混じってるんだよ? 驚くに決まってる」
「は?」
今なんつった? 聞き捨てならない暴言があったような。
「男として、キミには色々と訊きたいところだが、仕事の途中だから控えるとしよう。……ふむ、確かにこの位置なら、バラ園から見えるのは足だけになりそうだ」
僕に言い返す時間を与えず、警部は女性が吊り下がっていた木の根元に立ち、スッと指を持ち上げる。件の枝を眺めた後で、手をおもむろに下へとスライドさせた。
「ここに、丁度良く足場になりそうな石が置かれているね。亡くなった女性は、これに乗って縄を結んだのだろう。その証拠に、女性のものと思わしき靴の跡がある。これが右足、こっちは左足さッ」
どれどれ? ……おお、本当だ。
「確かに、一つずつ付いてますね」
説明を受けるまで分からなかった。というより、そこに石があるのさえ見過ごしていた。軽薄ななりでも、さすが警察。プロの目は伊達じゃないのだろう。
死体を発見した直後は、気が動転してパニクってた僕だけど、時間を空けた今なら、落ち着いて辺りを眺めることが出来る。例えば木の場所。獣道か放置された遊歩道かは知らないが、僕たちがいる場所から道路までは、草がある程度踏み固められ、人が通りやすい状態になっている。周囲と比べて比較的視界の通りがよく、木々の間からでも、サービスエリアのバラ園がチラホラと覗き見える環境だ。
亡くなった女性は、あのバラ園に特別な思い入れがあったのかもしれない。好きな場所を目に焼き付けながら、自らの手で命を絶った――そうは考えられないだろうか?
「……うん? 何だろ、あれ」
「どうかしたかい、ボーイ」
「警部さん、あそこの枝、変な折れ方してません?」
女性が吊り下がっていた枝の反対側だ。幹から数センチくらいのところ。それなりの太さのある枝が、先端から内側に向けて引き裂かれたかのような形で、斜めに折れてしまっている。断面はまだ瑞々しい。
「風か何かのせいじゃないかな?」
「だとしたら……余計に変だと思います」
「なにゆえ?」
「他の枝はどれも五体満足なので」
自然現象で折れたとしたら、どうしてこの枝だけだったのか。その説明が付かないのである。
「薔子さんはどう思いますか?」
植物に詳しいなら分かるかもしれないと、ここまで沈黙を保っていた薔子さんの方を向く。けれど彼女は僕の顔を一瞥して、「さあ?」と肩を竦めただけだった。
「さあって……」
「素人が捜査に口を挟むべきじゃないだろう。私は、世界有数と名高き日本警察を信じ、判断を委ねるのみだよ」
「……意味深なこと言いますね。何かあるんですか?」
「無い。ある訳ないじゃないか」
これは、あるな。目とか閉じてるし、口笛吹いてるし、絶対にある。そういえば警察が来る前も、一人で何かやってたな。訊いてもこの人はとぼけそうだけど……。
何を企んでいるのかと、僕が薔子さんの様子を窺っていると、そこに巡査の一人が走ってきて、折り畳まれた紙を警部に手渡した。
「駐車場に停められていた、亡くなった女性のものと思われる車から、遺書が発見されました!」
「ふむ! ボクにかしてみたまえ」
手袋を填めて遺書を受け取った三千院警部は、僕たちの目の前でそれを開くと、そのままそこに書かれていることを読み始めた。
※
お父様、お母様。
先立つ不孝をお許しください。
愛情を持って私を育ててくださったこと、心から感謝しています。
おかげで私は、これまで一切の迷いなく生きてこれました。
高校、大学と、進学先を知らぬ間に決められ。
私の意思を滑稽だと無視して、卒業後の進路までお膳立てして。
それどころか生涯を共にする伴侶まで、あなたたちは勝手に決めようとしましたね。
田之上さんは素敵な方です。
ですが私には、他に愛し合う男性がいます。
彼が挨拶に訪れた際、あなたたちは彼に塩を撒きました。
絶対に忘れません。
さようなら。私は、あなたたちのことを
※
「あなたたちのことを許さない……と。まったく、遺書ってのは何度読んでも慣れないね」
またしても前髪を掻き上げる。遺書を読み終えた三千院警部は、憂いを帯びた表情で呟いてから、近くにいた巡査へそれを手渡した。
「これを書いたレディは、親の愛という束縛から逃れるために死を選んだようだ。おお、マンマミーア」
本当に、胸の痛む話だ。親心を知らない僕が言えた口じゃないけど、いつの時代も毒親はいるんだなと思う。
子育ての方針は家庭によりけりだ。けれど遺書を読む限り、女性の親がとった方法で女性は幸せになっていない。最近の風潮からも外れてる。親には親なりの考えがあったとしても、もう少し当人の気持ちを尊重すべきじゃなかったのだろうか。
「巡査、この女性の身元は?」
「はっ。財布に入っていた免許証によりますと、本名は西城若菜。二十八歳です」
「身内への連絡はついているかい」
「現在、試みています。それと警部、車のダッシュボードにこのような物が」
「これは……写真か。ピースをしているのは遺体の女性と? 隣の男は、遺書にあった“愛し合う男性”とみるべきかな」
僕の位置からは見えなかったが、自殺した女性ともう一人男性が映っていたらしい。警部が写真を裏返して、そこに記された日付を確認した。
「丁度一年前、サービスエリアのバラ園で撮ったものらしいね。今は懐かし、幸福の記憶というわけか」
顎に手を当てて瞑目する。僕たちが様子を見ていると、警部は唐突に目を見開いて、
「ふむ……ふむふむふむ! 見えてきた、見えてきたよ諸君ッ! この悲劇の裏側がッ!」
「本当ですか警部!」
「さすがです警部!」
ざわめく周囲の巡査たち。その反応に気を良くしたのか、警部が高らかな笑い声を上げた。
「これより真実を語るとしよう! キミたち一般ピープルも、どうかご清聴あれ」
「は、はあ……」
疾風怒濤の勢いで、三千院警部の推理が始まった。




