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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第2株:福山サービスエリア上りの首吊り死体
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ゆれる、ゆれる

 薔子さんとのドライブデートに胸がドキドキな僕だったけど、実際に運転したのはベロニカさんだった。しかも薔子さんが助手席に座ったため、僕は後部座席で一人孤独に、己の早とちりを後悔していた。よくよく考えてみれば、薔子さんは別に「二人で出掛ける」とは言ってないのである。


「薔子さんは運転しないんですか」

「面倒だからイヤだ」


 恨みがましく聞いてみると、そんな答えが返ってきた。

 車種は、イギリス製のお嬢様ことロールスロイス・ファントム。高性能なサスペンションもさることながら、ベロニカさんの運転が上手なおかげでとても乗り心地が良い。うつろうつろと、思わず船を漕ぎそうになってくる。


(あるじ)を安全に送り届けるのも、メイドの務めでございますから」


 つくづく有能な人だ。出来ない事とかあるんだろうか。

 僕たちを乗せた車は、福山駅へ向かって坂を下った後、ドラッグストアを越えた先で右に曲がった。県道378号線を直進し、芦田川を越えて更に西へ進む。

 津之郷(つのごう)のコンビニ前で右折したとき、僕は不思議に思って薔子さんに問い掛けた。


「高速に入るなら直進じゃないですか?」

「福山サービスエリアにはウェルカムゲートがある。一般道からでも施設が利用出来るようになっているんだ。知らなかったのか?」

「知らない以前に、来たことも無いんですよね。実家が三原(みはら)にあるので、高速を使うにしても、この辺りのサービスエリアは通り過ぎます」


 わざわざ立ち寄るまでもなく、そのまま実家に帰れば良い。そんな距離関係だからである。

 三原とは広島県東部の町だ。東から順に福山、尾道、その隣に三原市が位置している。語るような名所はこれといって無いけど、新幹線は一応停まる。

 田舎の時間は進みが遅い。三原に限らず、この辺りの風景を見ても分かることだ。都会と比べて賑わいが少なく、全体的に雰囲気がのんびりとしている。畑を潰して建てたであろう太陽光パネルの群れが、緑に包まれた空間の中でひときわ異彩を放つ。

 そうこうしているとサービスエリアに着いた。

 施設裏の駐車場に車を停める。サービスエリアの裏側という、見慣れぬ場所に新鮮味を感じながら、「ようこそローズマインド福山へ」と書かれたバラのアーチをくぐる。

 その先に、薔子さんの言っていたバラ園があった。


「ここですね!」

「そうとも」


 赤、白、黄色。無数のバラが整然と並ぶ光景は、素人から見てもシンプルに綺麗だ。今がシーズン真っ盛りということもあり、咲き乱れるバラの花弁は若々しく瑞々(みずみず)しい。


「総本数はおよそ800。この規模の花壇を備えたサービスエリアは、全国でも数少ない筈だ。ばらのまちを名乗るに相応しい場所だよ」


 確かに、市外の人間がふとこの場所に立ち寄って、こんな立派な花壇を目の当たりにしたら、きっと記憶に残るだろう。それが切っ掛けで福山に興味を持つ人も、もしかしたらいるかもしれない。


「観光地じゃないのがミソですよね」

「下手に売り出すと過度な期待をさせるからな。思い掛けず出逢う、これが重要だ」


 バラを愛でつつ高速道路側に歩いていく。時間が時間だからか、駐車場には空きが目立った。「Fukuyama SA Nobori Love and Rose」と書かれたピンク色のオブジェが、朝日の下で存在感を放っている。内側がくり抜かれたハート型だ。


「カップル御用達の撮影スポットだよ。バラは愛の象徴だと言われるからね。一本で「一目惚れ」、九九本で「永遠の愛」。百八本揃えば「結婚してください」になる。花の文化は古今東西を問わず存在するが、その中でもバラは人気者だな」

「英語の言い回しに、バラの下で(アンダー・ザ・ローズ)、というのもございますね」


 薔子さんに続いてベロニカさんも口を開いた。それなら聞いたことあるぞ。意味は……、


「『秘密』でしたっけ」

「はい。古代ローマの慣習に基づくとされています。天井にバラを吊した宴会では、話された内容を口外せぬのがしきたりであったとか、云々(うんぬん)

「へぇ……でも、その慣習はどこから来たものなんでしょうか?」

「ギリシャ神話かと思います。沈黙の神ハポクラテスが、尽力のお礼にアフロディーテから送られた花。それこそがバラでございました」


 スラスラと答えるベロニカさんに、僕は思わず拍手を送った。


「詳しいんですね」

「薔子様と暮らしていれば、嫌でも詳しくなれますよ」


 そう微笑みかけられた薔子さんは、腕を組んで満足げに頷く。


「私の教育方針は正しかった」


 正しいかどうかは分からないけど、英才教育だったのは確かだ。なにしろベロニカさん、今のところ非の打ち所が無い。

 当初の予定通り、僕たちはレモネード専門店でレモネードを買った。薔子さんオススメの一品ということで、どんなものかとワクワクしつつストローを加える。レモンの酸味とシロップの甘みが、絶妙なバランスで合わさって喉の奥へと下った。

 たかがレモネードと侮っていたけど、これは普通に美味しい。


「青年も気に入ったようだな」

「広島に生まれたことに感謝してます」


 瀬戸内海沿岸では柑橘類の栽培が盛んだ。広島県もその例に漏れず、尾道の瀬戸田はレモンの産地として有名だし、因島のはっさくは「はっさくゼリー」に加工され、もみじまんじゅうと並ぶ定番のお土産になっている。愛媛や和歌山には敵わないが、みかんの生産もそれなりに多い。他にも、すだち、いよかん、せとか、エトセトラエトセトラ……。

 雨が少なく、かつ温暖な瀬戸内の気候は、果樹類の栽培に適している。僕の祖父もはっさく農家の一人で、毎年お祖父ちゃん家に遊びに行ったとき、採りたてほやほやのはっさくをご馳走になるのが僕は大好きだった。

 スッキリ爽快なレモネードで僕の心は十分に満たされたけど、薔子さんはまだまだ物足りないらしく、別の屋台で「薔薇ソフトクリーム」なるものを買った。見た目は普通のソフトクリームだったけど、鼻を近付けると濃厚なバラの匂いがする。さすが福山、バラ推しに抜かりが無い。

 その後は三人でバラ園を歩いて回った。薔子さんの花蘊蓄は本日も絶好調。僕の頭じゃ全部は理解出来なかったけれど、自分の知らないことをアレコレと教えてくれるのは、とてもタメになるし聞いていて面白い。小学校の社会見学を思い出す。

 だけど、楽しい時間は長く続かなかった。

 一般道に面した、バラ園の外周に差し掛かったときだ。視界の端でふと、何かが揺れた。


「あれ?」

「どうした、青年」

「気のせいですかね。今、あの辺りに……」


 サービスエリアの外。道路を挟んだ林の中。

 目を凝らし、違和感を覚えた場所に注意を向けて……瞬間。そこにある物を認識した僕の身体が、恐怖でガタガタと震えだす。


 人の足。


 ゆらゆらと不規則に揺れるそれが、枝葉の隙間から覗き見えていた。


「あれは……ッ!」

「白昼夢か幻であって欲しいものだな! ベロニカ!」

「確認いたします」


 柵に手をかけて跳び越えたかと思えば、足早にそちらへと駆けていく。ベロニカさんの身軽さに驚く暇もなく、僕と薔子さんも正攻法のルートで後に続いた。

 温かな春の陽気の下、道路を渡って茂みへ入る。緩やかな斜面を駆け上がること数秒、ベロニカさんの背中に追い付いた。乱れた息を整えながら、僕は視線を持ち上げる。

 白濁した瞳と目が合った。


「――――あ」


 大きな木の、ひときわ丈夫そうな枝に結びつけられた縄。その先端にある輪っかに、女性の首が引っ掛かって、自らの重みでカクリと折れ曲がっている。力無く垂れ下がる手足。半端に開いたまま固まった口。股下を濡らす何かの液体。酷い臭い。全身に滲む汗。

 震えが沸き上がってくる。

 覚えてる。"あのとき"も、今とおなじだった。

 何度も名前を呼んだけど、何故だか一向に返事がなかった。だから僕はギシギシと軋む階段を上って、直接部屋まで会いに行くことにした。

『どうしたの、入るよ?』って、ノックをしながら聞いてみた。

 だけどやっぱり応えてくれなかったから、不安になった僕はおそるおそるドアを開けたんだ。

 そしたらちゃんと、その人はそこにいた。

 足が床から離れた状態で。

 温かい春の日だった。天井から伸びた縄に吊られていた。

 呆然と立ち尽くした僕の前で、それは、ゆらり。

 ゆらり。

 ゆらりと、振り子のように規則正しく揺れる。

 息が出来ないと人は死ぬ。

 早く降ろしてあげないといけない。

 まだ間に合うから。

 きっと大丈夫だから。

 ――が、死ぬわけない。死んじゃ嫌だ。嫌なんだ。嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。

 次の瞬間、誰かに激しく肩を掴まれて、乱暴に揺さぶられた。


「青年!!」


 我に帰れば、そこは茂みの中だった。目の前にあるのは揺れる身体じゃなく、薔子さんの整った顔だった。


「大丈夫か」

「あれ……僕、今、何を……」

「死体に抱きつこうとしたんだ。誰かの名前をうわごとで口走りながら」


 無表情で答えた薔子さんに、僕の全身が強張る。

 封印した筈だった。語らないように、思い出さないように、頭の片隅へと押しやっていた筈だった。だけど今、薔子さんの背後で揺れる女性の姿が、あまりにも“あの人”にそっくりで、蘇ってきた記憶に僕は呑み込まれてた。

 胸に手を当てる。鼓動は、まだ加速したままだ。


「顔色が悪うございますね」

「さすがにこれを放置することは出来んな」


 何かを察したような二人の視線に、僕は返す言葉も見つけられなかった。


「ベロニカ、適当な場所で彼を休ませてくれ。警察への通報も頼む」

「承知いたしました。薔子様は」

「後から行く。少し気になることがあるんだ」


 そう言って死体に向き直る。普段なら問い質しただろうけど、磨り減った精神にはその気力も無く、僕はベロニカさんに肩を貸してもらって、ゆっくりと斜面を下っていった。

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