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茨薔子は不可能を可能にする   作者: どくだみ
第2株:福山サービスエリア上りの首吊り死体
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お出かけ前

 シャワーを浴びに行った薔子さんに代わり、ベロニカさんが応接間へ僕を案内した。ワイン色の絨毯が敷かれたその部屋は、天井を小ぶりのシャンデリアで飾り、中央の机を取り囲む形で高級そうな椅子が三脚、置かれている。壁際の振り子時計は歴史を感じさせる見た目だ。極めつけは部屋の隅でカバーを被ったピアノ。薔子さんが弾くのだろうか。


「うわぁ……! すっごい……」

「少々、手狭でございますが、しばしこちらの部屋でおくつろぎくださいませ」

「そんなことないですよ! 実家のリビングより広いし、メッチャお洒落……。むしろこんな朝早くからお邪魔して申し訳ないです」

「招いたのはこちらですから、伊吹様はお気になさらずに」

「名前言いましたっけ?」

「事前に薔子様より伺っております」


 エプロン姿のベロニカさんに促され、僕は椅子に腰を降ろした。柔らかすぎず固すぎず、絶妙な座り心地に自然と緊張がほぐれる。


「朝ご飯は食べられましたか?」

「はい。パンと目玉焼きだけ、簡単に」

「でしたら飲み物をお持ちしますね。コーヒーと紅茶、どちらにいたしましょうか」

「あ、いえ別にお構いな」

「どちらにいたしましょうか」

「じゃ、じゃあ、理由(わけ)あってコーヒーは飲めないので、紅茶で」


 こちらの遠慮を封殺し、ベロニカさんが足早に台所へと向かった。かと思えば、すぐさまお盆にカップとティーポットを乗せて戻ってくる。洗練された動きで紅茶が注がれていくのを見ると、まるで異国の貴族にでもなったかのようだ。


「わたくしの顔が珍しいですか?」

「え?」

「伊吹様の視線に好奇心が込められているのを感じました」

「すいません、そんなつもりじゃ。ただその、ベロニカさんが、今までに会ったことのないタイプの女性だったので」

「よろしいのですよ。茶髪に翠眼、この国では目立ちますもの」

「というと、ベロニカさんは日本生まれじゃないんですか?」

「イギリスです。ロンドンで孤児だったのを、十歳の時に薔子様に拾われました。それ以来こちらで。……紅茶をどうぞ。冷めない内に」


 サラリと語られた過去に呆然としつつ、差し出された紅茶のカップを受け取る。お礼を言って一口飲んだ。家のと違って渋くない。それどころか、


「甘い……?」

「抽出の際、三分ほど待つのがコツでございます。ポットとカップの余熱も忘れずに。お湯が熱ければ熱いほど、茶葉の持つ風味を効果的に出すことが可能です」

「へー……」


 そうなんだ。今度試してみよ。


「あれ、でもさっきは、紅茶を持ってくるのに一分もかかってませんでしたよね?」

「はい。インターホンが鳴った時点で準備をしておりました」

「コーヒーもですか?」

「二つ用意して、残った方は自分用にしようかと」

「薔子さんがシャワーを浴びるのも……」

「もちろん、想定済みでございます。トレーニングの後は、いつもああして汗を流されますので」


 滲み出る有能さよ。この人が仮に二十歳として、十年近くも一緒に暮らしていれば、互いのルーチンは何となく分かるんだろうけど。


「トレーニングって言いましたけど、薔子さんは何かスポーツをしてるんですか?」

「キックボクシングをエクササイズ程度に。山のフィールドワークには体力が必要とのことで、身体作りには熱心でございますね」

「道理でお姫様抱っことか出来る訳だ……」

「何か?」

「いえ何でも」


 ばら祭での一件は、流石に恥ずかしいので口にはすまい。そもそもあれだ。立場が逆。


「ベロニカさんは、薔子さんと二人で暮らしてるんです?」

「はい。薔子様の父君は東京に、母君はロンドンにいらっしゃいますので。わたくしも滅多にお会いしないのです」

「そうなんですね……」

「伊吹様は大学生とお見受けしますが、実家から?」

「学生向けのアパートで一人暮らしです。気楽でいいですよ」


 美味しい紅茶をいただきながら、そんな感じでベロニカさんと会話を弾ませていると、着替えを終えた薔子さんがやって来た。ベージュのパンツに赤のノースリーブのニット。上から羽織ったデニムのジャケット。中身はともかく、今日もカッコいい。

 その足下で何かが動いたので見てみると、にゃー、という聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。


「さっきの猫!」

「おや、『グレートブリテン』の出迎えを受けたのか」


 グレートブリテン??


「その子の名前ですか?」

「背中の模様がユニオンジャックに似ているだろう。だからそう名付けた。かつて七つの海を支配した、(ほま)れ高き帝国と同じ名だ」


 家といい庭といい英国尽くし。お手伝いさんの名前までイングリッシュだ。そう言えば薔子さん、イギリスに留学してたんだっけ。

 僕の顔を一瞥したグレートブリテンは、不遜な態度で机の上に跳び上がると、「そこをどけ」と言わんばかりに僕を見詰めてきた。仕方なく別の椅子に移る。誉れよりプライドが高そうなグレートブリテンは、僕が座っていた椅子を満足気に占領すると、大欠伸をかましてから眠り始めた。

 ペットは飼い主に似るという。本当だ。


「君は猫派か?」

「猫派です」


 犬も良いけど、やっぱり猫の魅力には負ける。人間を見下したような冷淡さと、たまに見せるデレのギャップが堪らなく可愛いのだ。


「良かったな。グレートブリテンは君を気に入ったようだぞ」


 だったら撫でても許されるかな? そう思って手を近付けてみたら、凄まじい形相で睨み付けられた。すみません。若造が出しゃばりました。


「くっくっく……君は距離の詰め方が強引過ぎだ」


 薔子さんは可笑しそうに笑った後、首を伸ばしてティーカップの中を覗き込んだ。


「紅茶はもう飲み終えたようだな。そろそろ出掛けるか。ベロニカ、車を回してくれ」

「出掛ける? てっきり庭を紹介されるんだとばかり思ってました」

「それも考えたが、この快晴だ。生け垣の内側に引きこもるよりも、市内を駆けずり回る方が有意義だと思ってね」


 指をパチンと鳴らしてみせる。薔子さんと一緒にドライブ……うん、悪くない。賛成。いや、大賛成だ!


「青年はそれで構わないか?」

「どっちにしろ丸一日暇ですし、大丈夫です。で、どこに?」

「福山サービスエリア上りだ」


 何ですと?


「サービスエリアって、山陽自動車道の?」

「そうだ」

「わざわざそんなとこに行くんですか?」


 改修されたばかりの福山城とか、鞆の浦とか。ちょっと遠くだと、尾道の寺巡りや倉敷の美観地区だって。デート、じゃなくて、観光なら他に良い場所があるのに、どうしてサービスエリアなんだ?


「福山サービスエリア上りには、小ぶりながらも手入れの行き届いたバラ園がある。美しい色彩に浸りながら、敷地内のレモネード専門店で買ったレモネードを呑むのが私のお気に入りなんだ。レモンは自家製のものを使っているそうでね。たかが売店と侮るなかれ、なかなか美味いぞ?」


 説明されてもいまいちピンとこない僕。薔子さんはしばらく考える素振りを見せた後、気が変わったようにふと肩を竦めた。


「ま、行けば分かるさ」

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