FF6のラグナロクはMPを消費して攻撃している
「――はぁぁぁっ!!!」
女性騎士とゴリラの距離がある程度離れた所で、アイラが閃光のような速度で飛び出していく。
一人と一匹とはかなり距離が離れていたが、それを感じさせない速度で間合いに突入すると、アイラはその勢いのまま鞘から刀身を抜き放ちゴリラへと一撃を叩き込んだ。
「グオォォオオッ!?」
「えっ!?」
思わぬ一撃に声を上げるゴリラと女性騎士。
驚いた顔でアイラの姿を確認している。
突然の乱入に戸惑いを隠せないようだ。
「……っ! はぁ!」
だが、そうして呆けていたのも一瞬。
アイラの奇襲による一撃で体勢を崩したゴリラに、追撃の一撃を加えると、反撃に備えて盾を構え腰を落とす。
「もういっちょ!」
その隙に走りこんでいた俺も、手に持つ槍をゴリラへと叩き込む。
一撃を加えた後に距離をとって、チラッとゴリラのポップが見てみるが、
『ゴリラ』
LV・31
HP・546/783
MP・129/129
ケイブドラゴンには届かないが、結構なLVと高HPを誇っているのがわかる。
だが、驚くべきは女性騎士の攻撃を何度も受けながら、200強しかダメージを与えられていないことだ。
女性騎士の攻撃は刺突が主ではあったが、的確に急所を捉えていた。
それに加えてアイラと俺の一撃も加算されている。
このことからゴリラというモンスターは攻撃力や生命力だけではなく、防御力も優れているのだろう。
そのことに気をとられた俺に、
「な、しまっ……!」
目の前に巨大な拳が迫る。
ゴリラの身体能力を甘く見ていた。
多少体勢を崩しながらも、腕を振り回してきたのだ。
思った以上に長い手を持つゴリラにとって、安全距離だと思っていた間合いは攻撃範囲内だったらしい。
ドラゴン戦と同じような失敗を繰り返してしまったことに、心の中で舌打ちする。
来るであろう衝撃に眉をひそめるが、
「はっ!」
ゴリラと俺の間に飛び込んできた女性騎士が、迫る巨大な拳を手に持つ盾を巧みに使い、受け流す。
そして崩れた体勢に追い討ちをかけるように盾でチャージをかけた。
「ウゥホ!?」
押し込まれたゴリラはさらに体勢を崩し、たたらを踏んでいる。
その様子に油断することなく敵を見据えながらも、素早く庇う様に俺の前に立ち、
「気をつけなさいよね! なんか状況がわからないけど油断すると怪我じゃすまないわよ!」
「わ、悪い……」
映える色素の薄い髪を揺らす女性騎士の後姿を眺め、ほっと息を吐く。
助けに来たのに助けられれば本末転倒である。
「一応助けに入ったつもりだったんだけどなぁ……」
「そうなの? それは助かるんだけど……あっちの赤い髪の剣士もお仲間?」
「ああ。俺はヘマをしたけど、アイツは正直戦闘なら無条件で信頼できる腕前だよ」
その分、日常生活では残念だが。
「……そうね。戦いに割り込んだ時もそうだけど、今も凄い身のこなしと剣捌き」
一度回避距離を置いて俺たちは間合いを抜けたんだが、その結果ゴリラとタイマンを張ることになったアイラは危なげなく攻撃を躱しては隙を見て刃を走らせている。
さすがの切り込み隊長っぷりだ。
普段が残念な分、こういうところで評価を上げてくるのがアイラという人物である。
「……そういえば、お前の仲間はどうしたんだ? 見た限りでは近くにはいないみたいだが」
俺の問いにバツの悪そうな顔をみせる女性騎士。
「いないわ」
「え?」
「だからいないって言ったの! 先日口論が原因でパーティを解散しましたけど何か!?」
「……それはまた」
どうやらこの女性は単独のようだ。
このイエニスタの森はランクC指定の地域である。
腕は確かのようだが、いくらなんでも単独で来るような場所ではないと思うのだが。
気になって彼女の頭上に浮かぶポップを見てみると、
『ナタリア』
LV・29
HP・238/269
MP・270/381
結構な高レベルだ。
うちのアイラがLV33なので、LVの上では遜色がない。
だが、それ以上に目を見張るのがMPの異常な高さである。
うちのセシリーが生粋の魔法使いだが、LV28で同じくらいのMPである。
見たところこの女性は前衛だ。
アイラも認める正統派の騎士剣術使いである。
一応HPも俺と大差はないしな。
まあ俺は槍を持ったなんちゃって前、中衛の生産職だから、参考にはならない気もするけど。
しかし結構MPを消費しているということは、なにかしらの魔法を使ったということだ。
魔法騎士とかそういう職業があったりするんだろうか。
「ふん! まあいいわ」
俺の疑問をよそに、女性騎士は手に持つ細身の剣――おそらくはレイピアに属するんだろうがそれにしては幅広である――を軽く一薙ぎする。
そして刺突の構えを取ると、意識を集中させた。
「―――」
掲げられた刀身がぼんやりと燐光を放ち始める。
ポップをみるとMPが徐々に消費されていってるのがわかった。
セシリーの魔法とも違うし、アイラの流派の技とも違う。
燐光を纏うその刀身はいっそ幻想的でもあった。
そしてアイラとゴリラの戦闘の隙を見て、腰を低く落とし盾に身を隠しながら突進した。
「喰らいなさい!」
勢いのままにゴリラへと刃を突き立てる。
その瞬間、刀身に纏った燐光がゴリラへと吸い込まれ、内部から弾ける様にその光を散らした。
「ガァァァァアアアアアッ!!?」
この戦闘で一番の悲鳴を上げるゴリラ。
女性騎士の一撃が相当に堪えた証拠だろう。
その一撃を放った女性騎士は攻撃の余韻に浸ることもなく、素早く身を引き苦しむゴリラから間合いをとった。
そしてその隙を見逃すはずのない、もう一人の剣士は、素早くその刀身を鞘に収め、
「その刃―――避けるすべ無し」
自身の持つ最大の一撃を繰り出した。
「踏破閃光刃!」
目視することすら叶わないその一閃は、残光に正確な剣筋を描いてゴリラの足を切り飛ばす。
これでゴリラの機動力は激減した。
そうなれば一撃で勝負を決めるカードが俺たちには存在している。
「離れるぞ!」
俺は女性騎士に駆け寄り、その腕を取りゴリラから距離をとった。
「え? な、なに!? 何事!?」
突然の俺の行動に、訳がわからない顔をするが、それでも素直に従って俺に誘導されている。
勿論既にアイラも退避済みだ。
「いいぞ、セシリー! 頼む!」
俺の言葉を合図に数瞬後、凄まじい光と共にゴリラへと雷が降り注いだ。
その一撃は大気を震わし、空気の振動による余波が俺たちに襲い掛かる。
「きゃぁああ!!」
はじめて見るだろう雷魔法の威力とその余波に、割とかわいい声を上げる女性騎士。
しかし、相変わらずの馬鹿威力である。
ケイブドラゴン戦といい、一撃で俺やアイラの攻撃の10倍以上のダメージを与えるのだから、流石に伝説といわれるだけのことはある魔法系統だ。
まさに勝負を決める一撃といったところか。
雷の落ちた場所には身動き一つしないゴリラと、余波で抉れた地面に舞う砂埃。
「…………なに、今のは? こんな威力の魔法なんて見たことない。それにあれは雷? 伝説上の魔法じゃなかったの?」
呆然とその光景を見る女性騎士。
ふ、その道は既に数ヶ月前俺とアイラが通った道だ。
流石のアイラも初めて見た時には呆然としていたしな。
「リュウさん、アイラさん!」
ひょっこりと顔を出し、こちらへ駆けてくるセシリー。
この凶悪極まりない魔法を繰り出した張本人とは思えないほどキュートな姿である。
俺は手を振り、それに応えることにする。
だが、
「!? 待て、来るなセシリー!」
「……え?」
アイラの叫び声が響いた。
セシリーが立ち止まり、不思議そうにアイラの方を向く。
「グ、グアアッァァァ……!」
先ほどまではピクリとも動かなかったゴリラが、その身を起こしていたのだ。
ゴリラは事前に生命力が強いと聞いていたが、今の一撃を食らっても立ち上がれるとは思いも寄らなかった。
しかも運悪くその場所はセシリーが立ち止まった場所により近い。
「あ……」
ゴリラが最後の力を振り絞るように、その腕をセシリーに叩き込もうとしているのがわかる。
「くっ!!」
アイラが駆け出しその一撃を阻止しようとしているが、間に合いそうにない。
「ガァアア!!」
無慈悲な一撃がセシリーに曝されようとしたが、
「このぉ……っ!!」
「え?」
茫然自失するセシリーの前に立つのは、誰よりも早く駆け出していたのだろう、盾を構えた女性騎士の姿があった。
襲い掛かるゴリラの腕を無理な体勢で強引に防ぐが、
「うぁ……っ!」
その衝撃までは殺せなかったのか、弾き飛ばされていく。
地面に叩き付けられ、転がるようにその身を投げ出した。
「あ……ううぅ……ごほ、ごほっ!」
受身を取れなかったのか苦しそうに咳きこんでいる。
無事ではないだろうが、命に別状はなさそうだ。
ほっと安心する中で敵であるゴリラを見ると、アイラの足元に倒れ伏していた。
念には念をいれたのか、首と胴体が分かれ転がっている。
ちょっとしたスプラッターだ。
ともあれ、首と胴体が分かれて生きていられる生物はいないだろう。
いくら凄まじい生命力のゴリラであっても、その掟からは逃れられないはずだ。
まあ、この世界はファンタジー満載なので、ひょっとしたら首なしでも行動できる生物や、デュラハンのような霊的なモンスターがいるかもしれないが、ゴリラがそういったモンスターである可能性は限りなく低いだろう。
そのスプラッターな光景を見て、ようやく戦闘が終わったことを実感した俺は、一つ大きなため息を吐いたのだった。




