第37話 胸を頭に乗せてくるのは脅威です
どんよりとした空気が馬車の中に流れていた。
「アリーシャ。二人に謝りなさい」
「はい。お姉ちゃん、イディア様、ごめんなさい」
アリーシャの突然の乱入により、二人の武器は粉々になってしまった。
イディア様はそれと同時に心まで折れてしまったようだ。
「剣が……ご先祖様の剣がぁ」
「アリーシャちゃんがこんなに強いなんて……ということは、ライルの相応しいのはアリーシャちゃん!!?」
二人がブツブツと何かを言っている。
まったく……。
イディア様から剣を奪い取った。
「見せてみろ!!」
「何をする!! いくら、ライル殿でも……ライル殿?」
粉々と言っても、複数のパーツに別れただけだ。
僕は真剣な眼差しで剣をいろいろな角度から見つめる。
修復は……。
「ごめんなさい。やっぱり、無理だわ」
「うえええええん」
うん、無理。
こんなにバラバラになって剣を修復なんて無理。
ちょっと、カッコつけちゃったけど……無理なのもは無理。
でも、ちょっと可哀想だな。
「あの、短剣でもいいなら、なんとかなりますよ?」
「ホントか!? そんなことが出来るのか?」
顔、近っ!!
胸、近っ!!
もう、この人、本当に凶器だ。
「ちょっと、待っててください」
座っていた椅子を砥石台代わりにして……。
シュッ……シュッ……。
やっぱり、角度が辛いな。
シュッ……シュッ……。
集中力が途切れる……。
イディア様が背後に立ちながら、覗き込んでくるのはいいが……。
「ちょっと!! 頭に胸を乗せないでくださいよ」
「ん? ああ、すまない。ライル殿の手元を見ようと思うと、この体勢になってしまうのだ。許せ」
くっ……それ以上、強く言えない自分が悔しい。
集中だ……。
胸の感触を感じないほどの集中。
これも修行なんだ……。
シュッ……シュッ……。
形になってきたな。あとは仕上がりだな。
シュッ……シュッ……。
出来た……。
僕は手渡した。
「これは……ライル殿?」
「うん……ごめんね。ナマクラになっちゃった」
「ライル殿ぉぉぉぉ!!」
おかしい……。
研磨は完璧だったはず。
なのに、どうしてナマクラになってしまったんだ?
二度目の研磨に耐えられなかった?
前の一度目は問題はなかった。
それとも、折れてしまったことに問題が?
「ライル殿ぉぉぉ。これを……これを、どうにかしてくださいよぉ」
今は考えている途中だと言うのに。
「じゃあ、これを差し上げます」
この旅のために持ってきた剣だ。
一応、領都では一級品と言われる品物だ。
「こんなもの!」
パキンっ!!
うそ、だろ。
この人、膝で折っちゃったぞ。
なんて、バカ力なんだ。
でも、その人の武器を粉々にしたアリーシャって……。
隣でニコニコとご飯を食べている姿からはとても想像できないな。
まぁ、とりあえず……。
「金貨10枚」
「へ?」
「弁償してください。それ、領都で買うとそれくらいしますから」
自分の作品を折られて、怒らない鍛冶師はいない。
それがどんな理由でも……。
「冷静になった。許せ」
良かった……確かに僕も不用意に研磨をするべきではなかった。
出来ると過信したのは、僕の未熟さだ。
「僕の方こそ、ナマクラにしてしまってごめんなさい」
「ライル殿!! 一つ頼みがある。剣を作ってもらえないか? 私のための剣を!!」
イディア様……。
僕は正直、心が震えていた。
鍛冶師として生まれたからには、一度は聞きたい言葉だった。
その人のための剣を作る……。
もっとも熟練した職人のみが、それをすることが許される行為。
相手を熟知し、そして、それに応えることができる武具作り。
まさに鍛冶師の究極の姿なんだ。
「分かりました。でも……期待はしないでください。僕はまだ、未熟もいいところなので」
「構わないさ。さっき、折った剣で分かった。ライル殿は優秀な鍛冶師だと」
折って、分かっただと?
褒めているの?
それとも侮辱されているのか?
「じゃあ、金貨10枚、それと制作費でさらに10枚頂きますね」
「お金、取るの?」
何をおかしな事を言っているんだ?
これは遊びじゃない。
商売なんだ。
無銭でやらせようとしてくる客は客じゃない。
ただの盗人だ。
「当然!!」
僕は心の中で喜び、戦慄していた。
絶対にいい仕事をしてみせる!
「……ところで、お嬢様は大丈夫なのか? さっきから、可怪しいが?」
こんなに騒がしくしているのに、一向に参加してこないフェリシラ様……
そんなに杖が折られたことがショックだったのだろうか?
「フェリシラ様?」
「なに、かしら?」
一応、返事はしてくれるか。
「大丈夫ですか? その、怪我でも?」
フェリシラ様の体を見るが、怪我をしている様子はない。
「いいえ。どこも痛くありませんわ」
分からない。
「お嬢様はアリーシャに負けたのが悔しいのではないか?」
そうなの、かな?
「私、決めましたわ!!」
ビックリしたぁ。
急な大声にビクッとなってしまった。
「えっと……何をですか?」
「私、もっと強くなりますわ。アリーシャちゃんに負けないほどに」
何の話なんだ?
正直、最初から分からない。
なんで、フェリシラ様とイディア様は対峙していたんだっけ?
フェリシラ様の力を試すため……だよな?
でも、それは証明されたと思う。
だって、あれだけ戦えていたんだから。
途中参戦のアリーシャに二人共、武器を壊されちゃったけど。
……それでアリーシャよりも強くなりたい?
もしかして、フェリシラ様って相当な負けず嫌いなのか?
「ライル。街に着いたら、杖を探すのを手伝っていただいてもよろしいですか?」
「えっ? ええ、もちろん」
まぁいいや。
いつものフェリシラ様に戻ってくれたんだから……。
あれ?
そういえば……イディア様の剣を叩き割った、アリーシャの短剣ってもしかして、凄い剣なのか?




