第25話 日常
フェリシラ様の治療を終えてから、数日が経っていた。
いつものように朝日が昇ると同時に工房に入った。
火をおこし、鍛冶仕事の準備を整えていた。
「おはよう。ライル」
フェリシラ様は毎日のように姿を見せるようになった。
病気が戻る様子もなく、明るい表情が見れて本当に良かった。
「フェリシラ様。おはようございます。今日もとっても眩しいですね」
「そうね。でも、眩しい朝日は気持ちが爽やかになりますね」
僕が言っているのはフェリシラ様の事だ。
治療して以来、彼女の体から光が出ているように眩しさを感じる。
まるで女神のように……。
デルバート様もすっかり、フェリシラ女神の信者になってしまった。
「お兄様にも困ったものです。私を見ると、拝んでくるんですよ? どう思います?」
まぁ、あの人のフェリシラ様の溺愛ぶりは周りから見ても、引くレベルだから……。
あまり変わらないんじゃないかな?
そんな他愛もない話をしてから、僕の一日が始まる。
「今日は親父のところに納品する数が多いなぁ……」
僕がフェリシラ様の治療のためにしばらく工房は閉じていた。
そのことを親父に伝えてもらうためにアリーシャにお使いを頼んだ。
しかし、伝わっていたのは工房を閉じることだけ。
親父はずっと閉じてしまうのではと思い込んでしまい、公爵屋敷に乗り込んできたのだ。
僕は謝罪をして、しばらくは親父の希望する数を納品するという約束までした。
これでは研磨の実験用武具が確保できないな……。
「仕方がないよな」
そう思い、夢中で剣を鍛え始める。
一度、金槌を振るえば、世界は僕一人になる。
静かな空間の中で、鉄と金槌がぶつかり合う音だけが聞こえてくる。
なんて、至福のときなんだろうか……。
こうやって、一本……また、一本と作っていく。
「あれ? フェリシラ様、まだいたんですか?」
「ええ。真剣な眼差しをしているライルは格好いいですね」
……えええええっ!!
えっと……どういう意味だ?
格好いい?
僕が?
いや、そんなはずは……。
でも、とりあえず……。
「ありがとうございます。えっと、昼食でもどうですか?」
僕は何を言っているんだ。
そんな誘いに公爵令嬢が応じるわけがないだろうに。
「一度、家に戻られるのですか?」
ん?
まぁ、そうかな。
「はい。戻るは戻りますが……」
「そうですか……お誘いは有り難いですが、私は屋敷で食べますので」
まぁ、そうだよな。
仕方がない……。
「アリーシャ、ご飯にするよ」
「はい!! 草むしりも大体終わりました!」
僕はアリーシャの頭をなで、ふと思いついた。
「じゃあ、外で食べようか。家から昼食を持ってきてくれ」
「はい!!」
テーブルが必要かな?
それと椅子も……。
折角なら、もうちょっとしっかりとした物が欲しいな。
お金にも余裕があるし、買い物に行ってこようかな。
「お兄ちゃん。持ってきたよぉ!!」
これだ!
実は意外な事実が見つかったんだ。
アリーシャの料理が美味いということに。
変わった料理といえば、そうなのだが見た目に反して、味は抜群にいい。
特に肉料理は最高だ。
香辛料っていうのかな?
それがすごく効いてて、食欲をそそるんだよ。
「今日はサンドイッチか。悪くないな」
平静を装ってはいるが、内心は狂喜しているほどだ。
これを食べたら、正直……店の物を食べようとは思えないな。
「いっただっきまぁす」
「えっと……フェリシラ様も食べます?」
「な……」
な?
なんで、こんな見た目が悪いものを食べているか、と言いたいのかな?
「実はこれ、すごく美味しいんですよ。アリーシャ、これは地元では当たり前の料理なのか?」
「うん。お母さんに教わったの。でも、売っているお肉は美味しくない」
へぇ、そうなのか。
僕は買ってきたお肉しか食べたことがないからな。
「な……なんで、ここで食べているのよぉ!!」
僕はアリーシャと目が合った。
そして、二人で首を傾げる。
何が疑問なんだ?
別にここで食べるのは不自然ではないと思うだけど。
もしかして、ここも公爵屋敷の庭園だから、飲食禁止とか?
それだったら、ちょっと拙いかもしれない。
「ここで食べたら、ダメなんですか? 一応、確認はしたつもりだったんですけど」
庭師の人にだけど。
いいんじゃない? とか言われたから、気にしていなかったんだけど……。
「アリーシャ。すぐに片付けろ!!」
「もぐもぐもぐ。ふぁい!!」
「違うわよ! だって、家は街にあるんでしょ? どうして、ここで……」
ん?
「何を言っているんですか? 僕とアリーシャは工房に住んでいるんですよ。あれぇ? 言いませんでしたっけ?」
「聞いてないわよぉ!!」
行ってしまった。
とりあえず、ここで食べてもいいのかな?
僕はサンドイッチを頬張りながら、午後の予定を考える。
それにしても、今日はいい天気だなぁ……。
鳥のさえずりがとても良く聞こえるよ。
そんな中で、屋敷の方から声が聞こえてきた。
「ライルがどうして住んでいることを隠していたのよぉ」
「……」
「お兄様のバカァァァァ」
なんだか、兄弟喧嘩が始まったみたいです。
「よし、午後も頑張るか!!」
「はい!! お兄ちゃん。私は何をやればいい?」
……そろそろいいか。
「今日から鍛冶仕事を手伝ってもらおうかな」
「はい!!」
僕達の共同作業で作られた剣は……相変わらず、いい出来ではありませんでした。




