さよならのかわりに
「辺境です。この世界の端と言ってもいいくらい」
アガットは鐘楼の上に彼女を連れてきた。世界をみることをねだったフェルベライトに嫌がりもせずに。
「ここから、どこへでも行けます」
当たり前のように抱き上げられて腕に座らせられるのは非常に恥ずかしいが、そうでもしなければ壁が目の前をふさいで何も見えない。
遠くの黒い森。
続く草原。
まばらに人家があり、農地が広がる。
一つの道が街へいたり、王城へ届く。
「貴方が大人になる頃にはお役ご免でしょうから、そのときはついて行ってもいいですよ」
彼はなんでもないことのように言う。遠くを眺める表情はどこか寂しげに見える。フェルベライトを信用するでもなく、ただ、ここに居たくなくなる未来を思っているように感じだ。
「その頃にはどこにも行かなくてもよくなってるかも」
「そうだといいね」
彼は苦笑して彼女の頭をなでた。彼にとってどのように見えているのだろうか。フェルベライトは少し不安になった。彼以外には中身がそれなりの年だと知っている風だったが。
「あまり子供扱いはしないでください」
「善処します」
知っているのか、大人の振りをしたがる子供をあやしているのかわからない。
フェルベライトはため息をついた。諦めがついたとも違うなんとも微妙な気持ちだった。ここにいる人は癖が強すぎると思うのは気のせいだろうか。
気を取り直して他の人がいる場所で聞けなかったことを聞くには良いタイミングだ。
「いくつかお聞きしたいんですが?」
フェルベライトはアガットを見上げた。出会った人の中では、この国での一般人に近そうだから変な解答はされまいと思ってのことだった。
「答えられることならば」
「魔物は人の敵ですか?」
「一般的にはそうなりますが、生きているうちで一度も見ないことが普通です。人として振る舞っていれば問題ないでしょう」
「逸脱がわからないんですが……」
「常識程度ならばある程度は教えることはできます。それに魔法使い殿の娘ならば多少変わっていたところで問題になりにくいと思いますよ」
その魔法使い殿は常識外れの娘をもっていてもおかしくないんでしょうか。疑問が顔に出ていたようでアガットは苦笑した。
「常に冷静、時々突飛なことを言うが頭が良すぎるせいだと思われているようです」
「実情は?」
「天然ぼけ、ですかね」
それに振り回される日が来るのだろうか。フェルベライトは遠くを眺めた。まだ暑くはないが日差しは夏のように強い。
平和な風景だが、やはり見覚えのない場所だった。なんでこうなったと思わず呟きそうになる。
「そういえば、ミンさんって恋人とか奥さんとかいないんですか?」
「恋人は知りませんが、妻子はいません。その方面で命の危機はないと思いますよ。たぶん」
「信じてますよ?」
アガットは曖昧に笑った。ごまかすように彼女の頭をなでる。
「隠し子がいるなら母親は誰だ問題が発生するのは明らかですが」
頭をなでながら彼はあっさり爆弾発言を投下する。子供がいるなら親がいるのは当たり前だ。何もないところから生まれるような種族は都合良くいないらしい。フェルベライトは眉間にしわをよせ唸った。
そんなのえらい人が解決してくれるに違いないが、どういう人か設定を聞かされても覚える自信はない。
「貴方が貴方として認められる良い機会だと思って、乗り越えてください」
フェルベライトは上目遣いでアガットを見る。露骨に視線をそらされてその考えを感じる。この件では少なくとも味方にはなってくれないらしい。
「なにかあったら屍は拾ってください」
彼女は冗談のように笑ってみる。
何の因果か異世界に落ちて、死んで生き返って魔物で、子供で、ここで人生をするという。しかも美形の父親付き、かつ、王城スタート。
どう考えてもノーマルモードとは思えない。
それでも生きていかねばならない。
フェルベライトは遠くを見る。
この世界は、今日から生きる世界だ。
状況も混沌とし、何が正しいかもわからないが私はこの世界にいるしかない。
納得などできないけれど。
「はろー、わーるど」
彼女は小さく呟いた。そして、小さく頭を振るとにっこり笑った。
「今後の生活について教えてください」
生きているうち、地面が陥没してしまう事故に遭う確率は何パーセントあるのだろうか。
彼は地面にたどり着いて考える。誰かに押されたおかげだ。その誰かは悲鳴をあげて落下していった事実は追認識された。
地面に立ち上がると陥没地帯は何事もなかったように穴が縮んでいく。あっという間に閉じそうになる前に彼は手近に落ちていた鞄をその穴に投げ込んだ。携帯電話ぐらい入っているだろうからGPSで場所の確認ができるに違いない。生き埋めなんてぞっとする。
今、目の前で起きたことは超常現象に違いないと彼は思う。
地面は元通りになっている。
路面の水たまりもご丁寧に再現されていた。
「なんだったんだ」
水たまりに傘と突き刺しても何も反応はない。
それは彼の上空から悲鳴が落ちてくる数秒前のことだった。




