ネコじゃないモン!
「あの、ええと、変なことはされてない、ですよね?」
アガットは扉を出たとたんに確認する。外見年齢を考えれば、何が起こるというのだろうか。彼も相当動揺しているようだ。
フェルベライトはため息をついて疑問を返す。
「ありませんが、アレはなんですか?」
「……寝起きが最悪なんです」
それ以外に言いようがないのだろう。フェルベライトは何とも言えない表情のアガットを見上げた。
ミンと比べると普通顔だ。緊張感なく見ていられる。少したれ目で、やや子供っぽさを残していた。しかし、力は有り余っているようで彼女を腕に座らせてもびくともしない。細身に見えてがっちりとした体型なのかもしれない。
「口説くつもりもなく、素でアレなので困ったものです」
「……通常も?」
「困ったことに寝起きだけ」
それはお困りでしょう。だから、部屋の窓を開けに来ても起こしはしなかったのか。フェルベライトは納得した。あんなの目の毒すぎる。
「寝室は今後は分けますので、このようなことはもうないと思います」
「お願いします」
「朝食は執務室に用意させています。陛下は不在ですが、自由に使ってとのことでした」
廊下は人が全く通っていなかった。石造りの廊下は昨日の部屋や廊下とは違う。窓があるが木戸を開いているだけで、ガラスがはまってはいないようだ。
床も絨毯が敷かれているわけでもなく、音が反響する。階を下り、外に出る。まだお昼ではないという意味では朝だろうか。フェルベライトは頭上近い太陽に目をすがめた。
「どうしたんですか? 猫なんて抱えて。さっき持ってなかったですよね?」
「……うん、迷子みたいでね」
明るい金髪の男はいぶかしげな表情でアガットに視線を向ける。しかし、アガットの虚を突かれた顔ににやりと笑うとフェルベライトへ手を伸ばしてきた。
「美猫ですね。里子に出すなら、兵舎にください。ネズミがやっぱ出てくるんで」
「うちでかわいがります。仕事に戻りなさい」
面白がるような顔を崩さず彼は敬礼する。アガットはため息をつきながら旧城の入り口から離れる。フェルベライトはアガットの肩越しに金髪の男の動向をうかがった。彼が動かないことを見るとその入り口を守る仕事なのだろう。
目があったと思うと手を振ってきた。なんとなく手を振り返すと急に彼は驚いたように目を見開いた。なんだろうと思っているうちにアガットに前を向くように促される。
「……猫って」
「魔法使い殿の仕業でしょうね。確かにそのまま見られるのは困るんですが」
「猫に見えます?」
「残念ながら全然。面倒がなくなったと思うことにしましょう」
彼の予想に反して残念ながら、ことあるごとに呼び止められることになった。目的の部屋にたどり着くころにはお互いに疲れ切っていた。
敗因はアガットの友好範囲が広かったことによる。優しげという印象を裏切らない結果だが、今は裏目に出ている。
「……モテますね?」
この質問には曖昧に笑って解答を拒否した。思い返せば、侍女からご令嬢、若い兵士から権力者風な人などいたが、妙齢の女性に声をかけられる比率の高いこと。女性に囲まれたときにはどうしようとおびえてしまったものだ。
フェルベライトはため息をついた。
そもそも近衛というのは王族を守るものと相場が決まっている。王の側近かつ、若く、性格にも問題なければ好条件物件ではないだろうか。
「食べられないものはありますか?」
彼はイスをセッティングし、朝食が並べられているテーブルを準備する。
「スクランブルエッグ、ソーセージ、パンと牛乳、サラダ?」
テーブルをのぞき見てフェルベライトは指さし確認する。この世界に準じた言葉に訳されていると思うが齟齬があるかもしれない。あとで恥ずかしい思いをしないためにも最初に確認しておきたい。
彼女の行動の意味を計りかねたのかアガットは首をかしげる。
「言葉はあってますか?」
「ああ、単語としてはあってると思います。あなた方の世界とこの世界は近いのでしょう。大体、同じなのではないでしょうか」
そうでなければ、荒技でも魔物化は難しいとは確か昨日ミンが言っていた。近くて、とても遠い。
「まあ、いただきましょう」
昨日と同じようにイスにのせられ、彼も今日は同じテーブルに座る。
彼女はおそるおそる料理に手をつけた。食事の味はそんなおかしな味はしない。それほど違和感のない食事と言える。それぞれの味を確認し、安心して食べ始める。
その様子を確認し、アガットは自分の食事を始める。
「このあとのは鐘楼にお連れしようと思います」
一段落がつくまで待ってから彼はそう切り出す。
「鐘楼?」
「国土を見せる約束をしましたので。俺の知っている世界は、ここしかないですからこれで勘弁してください」
それは、ひどく自嘲ぎみに聞こえた。
子猫だろうか。ふわふわの黒猫は隊長の腕の中で安心しきっているようだった。首をかしげるように小さくにゃぁと聞こえる。
毛並みは悪くない。どこかの飼い猫だろうか。飼い主がいないのであれば、兵舎の猫の嫁にとも思ったのだがすげなく断られる。顔は強面だけど、悪いやつじゃないんだ。媚びないけどエサの分はちゃんと働いてくれる。時々甘えてくるところが可愛い。
しかし、未だ嫁がない。猫でありながら独身が長すぎるようにも思う。
「良いと思うんだけどな」
去りゆく猫に手を振って見れば、大きな目をもっと大きくしてこちらを見返してくる。手を振り替えしているようにぱたぱたと手が動いている。
猫にしては真っ黒な目は珍しい。
そう思った時に別なものが見えた。
黒髪の少女が笑ってこっちに手を振っている。それに似た顔に記憶があった。
頭を振ってもう一度みればそれは猫にしか見えない。怒られたのか、うにゃ、と言う声が聞こえる。
「……見なかったことにしよう」
魔法使い殿の隠し子とか勘弁してくれ。嬉々として首を突っ込みたがる友人が多すぎる。
別にしあわせであったのならほっといてやれという忠告も意味がないほどに。
本人がそれでいいって言っているんだから。




