MAMONO-GIRL
「よくわからないね。状況に対応していったらこうなっただけで」
状況に全く動揺していないアッシュがそう言う。肩をすくめて言われてもフェルベライトにはなかなかに重い台詞だ。
尚、下ろせと言った言葉は全力で無視されたようだ。ふてくされた気持ちでご不満顔をつくり順に男たちを見つめる。やはり視線はそらされたが。
「力を扱えるようになれば元の姿に戻すことも可能だけど、自分で自分の体に干渉するのが難しいし、何年先になるんだか」
「成長はするんですよね?」
「おそらく。魔力摂取により、適切な年齢にはなるはず。速度はわからないけど?」
そして、おそらくこの二人は彼女に説明する気がない。フェルベライトは生ぬるい視線を自分を持ち上げている男に向ける。
その男は、またもや彼女に似ていた。肩に掛からないくらいの赤毛は染めたものではなく光沢あるものだ。優しげな面差しだが、眉間にしわが寄っているせいでこちらが困らせているような気がしてくる。
「下ろしてくれませんか?」
再びフェルベライトはにこっと笑って要求した。困っているのはこちらのほうだ。彼は面食らったように、やや慌てたように彼女を下に下ろす。
「シスル。言葉もわかっているなら、早く言ってください」
「説明する隙がどこに?」
呆れたように言い今度はシェンナがフェルベライトを抱き上げ、イスに座らせる。さらにぽんぽんと頭をなでられ、そんな子供扱いするなと睨むと彼は苦笑した。
「知識は申し分ない。引き出しがない箱のようなものだが、ちょっと整理つけてやればすぐに馴染むだろう」
「シェンナ、何かした?」
「名付けました」
ミンがため息とともに言った言葉の効果は絶大だった。
しんと静まりかえった部屋の気温が下がったような気がした。緊迫感漂う雰囲気にフェルベライトは何か取り返しのつかないことをしたことを知る。
おそらくは、シェンナが知っていて意図的に行ったことだということも。
「……あとで説教します。ね?」
「まあ、妥当だね。ミンも同罪だからね?」
ヨルとアッシュが目配せをし、反論を許さないように言い切る。
「君は悪くないからね。悪いのはこのバカと甲斐性無しだから。目覚めたのがわかったら即確保だろう? どうせ、研究か本だろう。寝てたと言ったら殴るからね?」
「こればかりは、私もどうかと思いますよ。シスルが、人でなしなのは知ってるでしょうに」
「……すみません」
悪いことをしたのはシェンナであるはずが、怒られているのはミンであった。素直に頭を下げる横でシェンナは気まずそうにお茶をすすっていた。
「名前を付けるのは良くないことですか?」
大の大人が怒られるほどにまずいことなのだろうか。
「人ならば、困りはしません。しかし、今の貴方は半分魔物、半分人で最終的に混ざり合ってはいませんでした。名のない魔物を選びましたので、貴方本来の名前をつければ良かったのです。が、名付けられたのはおそらく魔物の方でしょう。よって、全部飲み込まれ混ざり、一つになった」
「というのが仮説だね。その前に進行していてもう、遅かったのではないかと今は思うけど」
「結論から言うと?」
彼女の知っている常識とルールでは太刀打ちできない。フェルベライトは説明を理解するのを早々に諦めた。過ぎたことで、暫定的生存をしているのだ。それはあとで理解していけばいいこと。
「半人半魔ではなく、完全に魔物になりました」
「それって、何が違うんですか?」
「だいぶ違うんだけど、説明してもぴんと来ないと思うし今更遅い。追々説明するよ。何度でも。これだけは覚えておいて欲しいんだけど」
「はい?」
「僕たちの中で一番、力を持っているのは君だよ。だから、行動の制限もするし、知識を付けること、制御することを求める。だけど君は納得がいかないならば、納得できないと言える権利を奪うわけではない。人ごときが、何を言おうが、僕らに強要できる力などないのだからね?」
アッシュはひどく真剣に、しかし、冗談めかして言う。フェルベライトは驚いたように目を見開いた。
「この人の世の理などねじ伏せてしまいなさい」
優しい笑顔で、ヨルはささやく。
つまり、間接的にではあるがこの二人は人ではないということを言っていることにフェルベライトは気がついた。
そして、自分もその仲間入りらしい。
初めてフェルベライトは目眩が襲ってきた。私は何になってしまったのだろうか。と。
「……あー。国を滅ぼすのは勘弁してほしいんだが。どうして、味方するんだか」
「魔物ということは、我らが同族。人ごときに良いように使わせるわけにはいきません」
「怒っているのはわかりました。とりあえず、後の話は穏便によろしく」
シェンナはイヤそうな顔で二人を見比べた。アッシュは尊大に、ヨルは笑顔のままうなずく。ほっとしたようなため息が思いの外近くに聞こえた。
フェルベライトはその方向を見るとアガットと名乗った男がいた。話に一切口を挟まず、給仕に徹していたから近づいていたことに気がつかなかったのだろうか。
「さて、この子はどうしたものだろうね。僕としては、外に出したくはないけど、そうもいかないんだろう?」
「王家で保護せざろう得ない。完全なる先祖返りと間違われる。過去の肖像画を確認したが、五代くらい前の王女にそっくりなのがいた」
「肖像の間は立ち入り禁止ではないですから、気付かれるのも時間の問題でしょう」
シェンナの発言に補足するようにアガットが続ける。その言葉にミンがやや眉をひそめた。
「それで、私の庇護下に置けということでしょうか」
「それが妥当だろうな。魔力症の治療のため、隠された姫とでもしておけば目くらましにはなるだろう」
「当面、森に置いておくから面倒は見なくてもいいよ。見れるとも思えないし」
アッシュのその言葉にミンがあからさまにほっとした顔をする。フェルベライトは何とも言えない気持ちになった。
面倒をみなければ娘としておいても問題ないらしい。ということならば、嫁も恋人もいないか、とても寛大であるかだろう。もし、誰かいた場合、大問題すぎる。
「あの、これでも、ミンさんと同じくらいの年なんですが」
「今はどう見ても子供だ。対外的な都合だから親子らしくしろとは言わない」
立場保証上の問題とされてしまえば、反論も難しい。元の世界であっても確かに庇護なく、子供が生きていくのは困難だろう。
そもそもの問題として、やはり帰れないのだろうか。
「……帰れませんか?」
「実績がないから、無理でしょう。もちろん調べるし、検討はするけど期待はしないでください。私も人が落ちてきたのは知りません」
答えたのはヨルだった。
「ですから、今のところは擬似親子してください」




