きみはまもの
「まあ、大体そんな感じ」
新しく別の声が聞こえた。フェルベライトはあたりを見回す。
白っぽい髪の少年がイスに座っていた。
「初めまして、僕はアッシュ・ブラッド。とりあえず、君をそんな風にした張本人だ」
彼はそう言ってにこりと笑った。ここでは突然、姿を現すのが普通なのだろうか。やや現実逃避ぎみに彼女は思った。
そして、当事者にようやく会えたらしい。
「まあ、食事でもしながら話をしようじゃないか」
その言葉を合図にしたようにドアが開いた。
赤毛の男がワゴンに何かを乗せて入ってくる。ぐるりと部屋を見渡してため息を一つ。
「……人が増えてませんか? 陛下」
陛下と呼ばれたのは茶色の髪の男だった。彼はワゴンから早速サンドイッチをつまんでいる。
「一人とは言ってないな」
「よからぬことを企むんですね? では、私はこれで」
「うん、まあ、待て。これの処遇を決めねばならない。どうあっても近衛の管轄になる」
「承知しました」
ため息に渋々感が満載だった。彼女はいささか、彼が王様と名乗ったのが嘘だろうと思い始めていた。身分制度のある世界とは思えないほどの対応である。絶対王政ではないことは確かだ。
仕切り直しとばかりに彼らはテーブルへ移動を開始する。フェルベライトはなぜか抱えられたままイスに座らせられた。テーブルの高さにあわせるようにクッションを入れたりする甲斐甲斐しく世話をされるのはかなり恥ずかしい。
「手慣れたものだね」
「殿下のお相手をしていれば慣れます」
「ああ、ノワも大きくなったのか。人は早く大きくなるものだね」
アッシュと名乗った少年はそう言って目を細めた。親戚の子が大きくなったことを愛でるようにも見えるが、明らかに一番年下に見える人が言うことに違和感がある。そう感じているのは彼女だけのようだったが。
「陛下よりは、かわいげがありますね。成長したらわかりませんが」
「ならば僕とは会わない方がいいね。ひん曲げた少々の反省はしているんだよ。一応ね」
「……本人を前に非難するのはやめてくれないかな? アッシュもアガットも」
赤毛の男はアガットというらしい。フェルベライトは安定感の欠ける状態を直しながら思う。彼らはそろそろ名前を名乗った方が良いと思う。説明してしかるべきだ。
「さて、ヨルは不在だが、始めるか」
何事もなかったようにお茶で口をしめらせ、彼は告げた。
「そうですね。日は落ちてすぐですから、待つのは無駄でしょう」
「あの、名前を聞いても?」
フェルベライトはようやく尋ねた。このままでは紹介すらされない可能性がある。自己主張しなければ、流されるままの予感さえする。
男たちは顔を見合わせる。意図的に名乗らなかったのではなく、単に意識していなかっただけのようだ。相手が自分の名前を知らないなんて滅多にない、もしくは、名前が呼ばれない立場とでも言うのだろうか。
フェルベライトは今更ながら、聞かない方がしあわせな気がしてきた。
「俺からか? 公的にはシェンナ、私的な名前はシスル。だが滅多に呼ばれない。陛下、王様、あたりか?」
暫定的に陛下と呼べば、外面的には問題ないようだ。
「ミッドナイト、もしくはミンと呼ばれています。ただ、魔法使いと言われることが多いですね」
淡々と青年は名乗る。フェルベライトの魔法使いのイメージとは逸脱していると思うのは短髪だろうか。なぜか、魔法使いと言う言葉が長髪を彷彿させる。
「俺はアガット・ミスト。近衛兵筆頭をしています。筆頭殿と呼ばれることの方が多いですね」
最後に赤毛の男がそう言う。優しげな面差しの穏やかな雰囲気が漂う彼と近衛兵と言う言葉がそぐわない。
「まあ、僕はさっき名乗ったけど、アッシュ。え、魔物とか呼ばれるとか言えばいいの?」
最終的にフェルベライトが思ったことと言えば、彼女自身が思うイメージと本人が微妙に違うということだった。ただし、イメージの根源としている本やゲームなどの原典には偏りがあることは認めないでもない。
「名前を呼ばない習慣でもあるんですか?」
「俺を名前で呼ぶの公的には親族のみだ。知っているけど、呼ばない慣例だな。私的には呼ばれることもないこともない」
「私の場合にはあまり名乗らないので、知らないのだと思います。人と接しない環境でもあるので」
「仕事中なので大体役職名で呼ばれてますね。それ以外なら名前を呼ばれます。ああ、一応、俺は一般人です。一代爵位もいただきましたが名前に組み込めないので、表に出している立場によって使い分けます」
「とまあ、気になるならあとで聞くといいよ。この世界には長居せざろう得ないから」
しれっとした顔で、アッシュがそう締めくくる。
「最後の来客だ。あらかじめ失われたヨル」
シェンナが視線を奥の扉へ向けた。
ちょうど扉を開けて部屋に入ってきた男は、注視されたことに驚いたように目を見開いた。フェルベライトは首をかしげた。今度は親戚くらいの類似度の人が現れた。
「遅くなりました。招集に応じましたが……」
ヨルは言葉を途切れさせる。
「……どうしてこうなったんです?」
フェルベライトは初対面の方にこんなコトを絶望的に言われるとは思ってもみなかった。
そして、脇の下に手を入れられて持ち上げられるとは。完全なる子供扱いであった。そうでなければ、ぬいぐるみか何かと思っている。
衝撃に言葉を失っているうちに抱え直されている。
彼女が助けを求めるように見回したが、視線をさりげなくそらされる。
「あの、下ろしてください」
見上げた目はひどく暗い黒だった。




