悲愴
別にフェルベライトは長いものに巻かれろとか流されるままに生きてきた気はない。
しかし、この世界に落ちてきてからは状況に流される過ぎじゃないだろうかと反省した。侍女や使用人の方々に取っ替え引っ替え服を替えられている状況は望ましくない。
恐ろしいほどの無表情もいつもと変わらないと判断されるのも困りものだ。
5歳児には拒否権がないのだろうか。
カイレンにリアの部屋に連れて行かれたまでは良かった。なぜ、そこに兄弟が勢揃いしていたのかとか、リアの目元が真っ赤だったとか気になるところはあったが。
あっという間にお茶の準備が整えられ、ソファに席を勧めるまで手際が良い。行儀良く振る舞うことが勉強の成果ならば大したものだなとフェルベライトは思う。
そこで熱心に一緒にお勉強しようと誘われたので、フェルベライトは許可が出ればとうっかり言ってしまった。
まだ部屋にいたカイレンに咎めるような視線を向けられ意味は、その後の盛り上がりで察しがついた。もしダメだと言われた時にはどれほど気落ちするのだろうか。
「僭越ながら、姫。あなたの願いが叶うとは思われませんように」
「父様がお約束してくれましたもの」
リアはつんと澄まして言う。カイレンの視線の意味をフェルベライトは理解した。つまりは彼女は自分のお願いは叶うものと思い込みかねないタイプだということだ。
ごめんなさいという気持ちを込めてカイレンに少し頭を下げる。
「姉様?」
気がついたリアになんでもないと言う風に首を振る。
「僕たちはいつでも歓迎しますから、いつでもいらしてください」
ノワが空気を読んだのか明るい声で言った。
「ねーさま、ごほんよんで」
ヴェールとブランダが甘えたように本を持ってくる。
「いいえ、先にお着替えしてもらいましょう?」
「……は?」
「女の子は可愛くするといいと思うの」
地味の極みである灰色のワンピースは確かに女の子らしくはない。フェルベライトもそれは知っているが、可愛い服は実用的ではない。森の中では実用的な服が必要だ。
リアは今日は白地に赤い花と緑の葉が描かれている服だ。ブランダは薄紅のチュニックに七分丈くらいのズボンの活動的な格好である。
フェルベライトが明確に反論の言葉を出せずにいるうちに彼女たちは、あんな色がいい、このデザインが似合う等と言い出していた。
「えっと」
逃亡したいのだけど。しかし、フェルベライトの目の前には何もわかってないヴェールがにこにこ笑っていた。
結果。逃げそびれ、リアとブランダ付きの侍女や使用人を巻き込みの着せ替え大会に相成ったわけである。衣装部屋と寝室はつながっており、寝室の方に衣装が出されてはしまわれていく。
服を選んでいる女というのはものすごく楽しそうである。フェルベライトも身に覚えがある。デパートやショッピングモールなどお店を覗くだけでも楽しいし、組み合わせを考えて悩むのもの楽しみだ。
しかし、それは自分で自分の好みに合わせた場合である。
この部屋の服はリアの趣味が大いに反映されている。あっさりとした少女趣味というところだが、好みとしてはブランダの方があいそうだと主張するもサイズの問題で却下される。
実態は、それでは面白くないからだろうか。
姿見で見る姿はやはり人形のようで、色さえ間違わなければなんでもそこそこ見栄えする。
5着を越えたあたりでフェルベライトは数えるのをやめ、別のことへ思考を紛らわせようとした。そう簡単に終わる気がしてこない。
早朝の衝撃発言。魔力から記憶を知れること。確かに覚えていれば記憶も知識も似たようなものだ。本人も忘れているようなものも知ることが出来ると言われれば、それは記憶ではない気もする。脳みそからのコピーなのだろうか。
そうなると魔力とはなんだろうか。現代日本にはなかったものであり、いわゆる超能力とも違うらしい。
魔力を放出することで世界に干渉し、効果を発揮するのが魔法である。
つまりは魔力は世界に干渉できる力と言える。自然現象も世界に干渉する力と言えばそうだし、普通の呼吸ですら世界に干渉しているとも言える。極論だが。
そう言う普通の干渉を強めたものが魔力とするならば、全てのモノに魔力が宿るというのはおかしくない気もする。
しかし、それが記憶につながるのかというとわからない。それをわかるのは魔物のみというからにはなにか別のコトを察知していると思った方が良いかもしれない。
血や肉などから直接魔力を得る場合にはもう少しダイレクトに感じるらしいが、それは魔力の質や量によるらしい。今まで、肉を食べても何も感じなかったのはそのせいだろう。
もしくは、知覚するスイッチが入っていないから感じないか。
今度肉を食べるときが憂鬱だとフェルベライトはため息をつきそうになる。
魔力で体を維持しているから別に人間のように食事しなくても困らないのが魔物だが、魔力は食べなければならない。その話についてはまた後でとごまかされたが、言われてみれば空腹は感じたことがない。習慣上の食事である。
最初につぎ込まれた魔力で、体の維持は出来ているといことだ。そして、最初の魔力に伴う記憶でフェルベライトは言葉も知識も理解していることになる。
では、最初の魔力をくれたのは誰かと言えば。
容姿が似るほどに魔力を注いだのは間違いなく仮の父親である。今は知識だけで済んでいるが、個人的な記憶など見るようになったらどうすればいいのかわからない。
アッシュが言うには記憶の整理箱があって、そのなかにごたまぜに入っている、という話だ。この管理方法は個体差があるらしく、フェルベライトがどういった形になっているかは誰にもわからない。
記憶が重くなれば、強制的に眠りにつきある程度管理が終わるまで目覚めないそうだ。
フェルベライトはそれの記憶はないので、未だ未整理状態で知識を持ち出しているに過ぎない。だから、まだインデックスが着いていない百科事典を抱えているようなものだ。
自発的に引くことは難しく、適当に開いて当たりだったらいいね、そんな感じらしい。
早めに整理しておきたい。フェルベライトはため息をついた。
「姉様?」
心配そうにのぞき込んでくるリアにフェルベライトは少しだけいらっとした。
「そろそろ決めてくれませんか」
うんざりした顔を作ってフェルベライトは言う。一瞬で華やいだ雰囲気が凍り付いた。
「これでいいですね?」
淡いピンクのワンピースだが、腰から下にパニエを入れて少しふくらませている。小花の刺繍が袖や裾にあしらわれる可愛らしいデザインだ。子供向けであるせいか足首までの丈で歩きやすい。
「ありがとうございます」
とりあえず、にっこり笑ってごまかしてみたが別の意味で沈黙が降りる。
フェルベライトは頭を抱えたくなったが気にしていない顔をして寝室を出る。
「おー、可愛くなったな」
出迎えてくれたのはシェンナとミンであった。シェンナは褒めなれているのかあっさりとそう言い、ミンは微妙な表情だった。
フェルベライトはその表情の意味がわかってしまった。
「……帰りますよ」
似すぎた親子というのも問題だ。別々に見れば問題はないが、一緒にいるとなんだか女装のようだ。
隣に並んだ瞬間にシェンナも気がついたようで、気まずそうに視線をそらした。
「一つ、陛下にお願いがあるんですが」
フェルベライトはいたたまれず、一つ提案をすることにした。
「なんだ?」
「男装でいいですか?」
シェンナは何か言いかけたようだが、最終的には肯いた。




