影の森
フェルベライトの一日は早い。
カーテンの隙間からこぼれる光に目をこすりながら起き上がった。ベッド脇の窓から外を覗けば薄暗い森が見える。
夜明けかそれに近い時間である。東向きの部屋のせいか一番早く日が当たる部屋だった。背伸びをして眠気を追い払うとベッドから抜けだし、タオルを持って部屋を出る。
部屋の外はすぐ居間で、廊下という概念がない。
大体南向きに作っている家は東に二部屋、北にも二部屋、西側に台所とその外が井戸という構成をしている。
ログハウス風だが、端々に適当感がある家であった。
まだ薄暗い居間から台所を抜けて外に出る。
気が向けばアッシュが水くみをしていたりするが今日はいない。フェルベライトは井戸から水をくみ上げ顔を洗う。冷たい水でしゃっきりと目が覚める。タオルで顔を拭き辺りを見回し、ため息をついた。
森は静かだ。鳥の声も聞こえない。数度、獣の吠えているような声が聞こえたことがあるが、姿は見たことがない。
しかし、なんだか見られている感が時々する。自意識過剰かと思いきやアッシュもミンも見に来ている魔物がいることを肯定した。
彼女が落下してきたとき、流星が落ちたかのようだったらしい。遠くからもそれはよく見え、そして、国中の鐘を鳴らす騒動だったようだ。彼女が目覚めたころには対処済みだったようで人間相手はしなくても良かった。
そのうち魔物の相手もしなければならないのだろうか。
フェルベライトはため息を再びついた。人に近いと言われているアッシュでさえ、人とはずれた価値観を持ち合わせている。あれで付き合いやすいというならばそれ以外はどうなっているのか考えたくもなかった。
そう遠くない未来に何かに会うのだろうなぁと思うとため息しか出てこない。自分もそれと同列に語られるのか、と。
家の中に戻るとアッシュが起き出していた。居間の窓を開け明かり取りと換気をしている。
「おはよ」
「おはようございます。誰か近くに来てます?」
「ん。仮称赤い悪鬼と碧の子供がいたっぽい。いい加減帰れって思うんだけどね」
追っ払うと森が壊れるからなぁと続けて言うのは物騒すぎる。普通のことのようにアッシュは言うが、全くもって問題ありだ。
「襲われたら全力を持って撃退すると良いよ」
アッシュはあっさりと同族を売ったりする。フェルベライトは森の奥にいるらしい魔物に同情した。冗談でもなく、本気であることを知っているから。もし、滅ぼされようが気にもとめない。食べてみたかったなどと言う可能性すらある。
「がんばります」
敵対しないように。喰われも食いもしないように。フェルベライトの悲壮な顔を見てアッシュは首をかしげた。
「なんか変なこと言った?」
「魔物の常識がわかりません」
「あるわけないじゃないか。僕らをなんだと思ってるんだい?」
宇宙人と言いたいところだが、彼に通じるとは思えずフェルベライトは言葉を探した。
「謎の生命体」
「宇宙人って言われるかとおもったけど。魔物同士でも理解するのはムリなんだから、わかんなくても折り合いつければいいよ」
「……なんで、宇宙人って知ってるんです?」
「そりゃ、君を食べたからね。偏った知識だけど、役に立つかも?」
「た、食べたら、知識がつくの!?」
「しらなかった?」
おかしいなぁ説明したつもりで通じてなかったのかなぁ。そうぶつぶつ呟きながら台所へアッシュは向かう。
衝撃発言に固まっているフェルベライトを放置して食料庫へと消え去る。
それにフェルベライトは恐い想像をしそうになった。謎のなんの肉かも考えたくもないものがそこにあるのではないか。普通と思えた料理に使われていたのではないだろうか。
今まで食べてきたものを振り返っても変なものはなかったように思う。
戻ってきたアッシュが青ざめた彼女を見て不審そうに眺める。
「あ、あの、それってどういうことでしょう?」
「魔物というのは魔力を元に生きているんだよね。それで、魔力ごとに微かに来歴を知ることが出来るんだ」
彼が差し出したグラスには牛乳が入っていた。
「牛の記憶なんてたいしたモンじゃないと思うけど、練習」
恐る恐るフェルベライトは受け取り、牛乳を口にする。世界の全てに魔力が含まれている。これがこの世界の法則であるとはすり込まれるくらい聞かされている。
この牛乳でもそれが当てはまる。
「味じゃない、なにか濃いものがうっすら感じるかな」
生乳そのままで味は元々濃いが、フェルベライトは味以外の何かを口の中で確かめる。
「んー?」
刺激的な何かを感じる。フェルベライトはその感覚を追う。
急に何かが見えた。
広い草原の向こうに王城が見えた。城で飼っている牛だったのだろう。みずみずしいとは言い難い草に不満だが他に食べるものもない。
「……むしゃむしゃしてやった。今は反芻している」
「だいたいあってるけど、一応わかったかい?」
「どういう原理なんですかっ! ご飯食べにくくなるじゃないですかっ」
今は乳牛だったから日常だったものの、肉だった場合、最悪屠殺にぶち当たる可能性がある。植物だってどうなるかはわからない。
「別に食べなくていいし。習慣上の食事であって魔力を取るだけなら問題ないでしょ」
「……あるような気がします。人だったらどうなるって……」
「記憶とか知識とかそういうのを感じ取れはするね。だいたい、どうして知らないことを知っていたりすると思ったんだい?」
「……ちーと?」
フェルベライトが苦し紛れに言った言葉にアッシュはため息をついた。
「確かにそうだけどね? めんどくさいなぁ。こういうのは僕の仕事じゃない。アレに任せるのも問題有りだし」
ぶつぶつと推定独り言を言うアッシュを生暖かく見守る。フェルベライトとしてはそれは脳内で言っていただきたい。説明するのが面倒くさいと言われても説明してもらわないと今後困る。
しばらく考え込んでいるであろうアッシュを置いてフェルベライトはソファに座る。ふかふかとしたソファは座面の奥行きが広くちょうど足を放り出すようになる。
魔物をやるってことはこういうことかと種族の違いを感じた。
フェルベライトはあまり真面目に考えなかったことを少し反省した。しかし、真面目に考えるととても恐いことになるような気がして考えなかったという一面もある。
魔力で体を支えるというのは思っていたよりも大変なことのようだ。牛乳をこくりと飲み今度は味だけを感じたことに安堵する。
しかし、それが魔力が含まれる量が少ない結果だとしたらあまり良いことではないのだろう。子供の姿であるのは、魔力不足の結果とアッシュは言っていた。この体はまだまだ魔力を必要とする。
それは普通の食事でまかないきれるならば少しはフェルベライトも成長するだろうが、全く変わりもない。
大人になるにはもっと効率的に魔力を得ていかねばならない。
世の中の全てに魔力が含まれるなら、それを効率良く濃縮していく方法が思いつかないわけではない。
生物濃縮の原理がこの世界でも生きているのならば、その頂点を食べればいい。
フェルベライトは暗澹たる気分になる。
ほら、やっぱり、恐いことになった。
要するに、人間を食べれば良いのだ。




