コドモやめたいわ
私は五歳児。
無理難題を言わないでいただきたい。フェルベライトは仮の父親の自称友人を見上げた。
母の名を述べよと迫力美女は言った。隣で彼女の服を引っ張る別の女性は泣き出しそうな顔をしている。
「お答えできません」
表情を動かさないようにフェルベライトは返答した。
今ここに至るまでの間に色々あったのだ。
たとえば、新しい飲み物を用意してくれた侍女に微笑んで礼を言ったら固まった。心配して上目遣いで見上げれば、真っ赤になって身を翻して逃げていった。
フェルベライトはやるせない気持ちで辺りを見回せば、四兄妹に凝視されている。ヴェールだけは我関せずにフェルベライトの膝を攻略中であったのでコレには関係ない。
曖昧に日本人らしく笑ってごまかそうとしたら、四兄妹全員に顔を赤らめられ、遠くでガシャンと何かが壊れる音がした。
びっくりして振り返れば侍女が泣きそうな顔で破片を拾っていた。ポットをひっくり返したのか絨毯は染みがつき、洗濯係が泣きそうになるであろう状態だ。
フェルベライトは薄々感じつつあった。表情変化は命取りであるのでは、と。
おそらく上位の侍女であろうから、そうそう不作法なまねをする者を置いてはいないだろう。乱調になるのは、フェルベライトが笑ったとき。あるいは表情を変えたときと言い換えてもいいかもしれない。
呆れた気持ちがするが、それは幸い表情に出てこない。魔物となってから表情変化が乏しくなってきている。意識的に表情を変える以外はなにをやっても無表情となりがちだった。
今はこの変化が幸いだ。
無表情というのは人の動揺を誘わなくて良い。仮の父親がしみじみ言っていたのが今更理解できる。
これを通ってきたのだろうか。それとも子供のころからならされていたから周りは普通にはなったのだろうか。
ため息がこぼれる。
それが最終的に良くなかった。フェルベライトは思う。少なくとも、あの侍女よりは自分は格上の扱いをされていたのだから。
気に入らない、と思ったと勘違いされた。
子供たちの見事な連携の末に部屋を連れ出され、別の部屋で落ち着いたと思ったら、コレで。
迫力美女は、冷たい表情のままフェルベライトを見下ろす。
四兄妹はソファに隔離されている。侍女たちの見事な連携が、ここで光る。眼前に二人の推定貴族の女性と数人いるらしい侍女はちらちらこちらをうかがう四兄妹を牽制する。
城というのは鬼門である。フェルベライトは心に刻んだ。
「殿下の親戚かもよ? ねえ、タリア、やめよう? 陛下はご存じだと思うし、この子に聞いても無理だよ」
迫力美女はタリアというらしい。袖を引いている女性の方がまだフェルベライトの味方になってくれそうだ。
とりあえず、目線をそらさず見上げながら思う。
もしかしたら、怖いって言って泣いちゃったほうが良かったのではないだろうか。
「こちらの言っていることがわかっているのですから、バカではないのでしょう? 私たちに黙っていられるとでも?」
「……ローシェンナ辺境伯代理として言ってもそう言いますか? ヘリオトロープ家として」
「陛下に聞けばよろしいのでしょう。悪かったわ」
渋々と言いたげに口をひん曲げるのは美女がやってはいけません。全力でご不満と伝えてくる様が変に可愛らしい。フェルベライトは呆れた。
変わって袖を引いていた女性はにこやかに笑う。
「はい、行ってらっしゃい。兄上にあったら、こちらにいることを伝えてくださる?」
返答はなく彼女は部屋を出て行く。
「あーもー、タリアは、魔法使いのことになるとアレなんだから。お見苦しいところをお見せしましたわ。殿下」
そう言って彼女はにこりと笑った。さりげない動きでフェルベライトの手を握りソファへ向かう。侍女はさっと壁に移動したようで四兄妹がぽかんとした顔をしている。
その気持ちはわかる。フェルベライトも出来うるならば呆けていたい。
「アウインはご挨拶いたしましたか?」
「お休みしているって、アクアさまは?」
「兄上、じゃなかった、セレスト様が連れてきてくださると言っていたのですが」
陛下に捕まりましたかね。あ、逆か。と続けて呟くところを見ると地位の高い女性のようだ。
「さがしにいく!」
「あら、では、殿下、お願いしますね」
一緒にいく? と聞いてきたノワにフェルベライトは丁重にお断りする。少しばかり残念そうに見えたのは気のせいだろうか。
彼女は続いてヴェールとブランダに話しかける。
「アウインと一緒にお昼寝しますか? いつもお昼寝のお時間でしょう?」
「あい」
「ではリア様、連れて行って差し上げてください」
お茶をご用意しておきますから。そう言われればヴェールとブランダの手をつないでリアも隣の部屋へ向かう。リアは少しばかり、フェルベライトへ視線を向けたが何も言わなかった。
「さて、初めてお目にかかります。マーリーと申しますわ。今日のところは、ミンの知り会いと言うことで言い訳だけさせてもらうかなと」
彼女は少し困ったように眉を寄せてそう言う。フェルベライトはようやくきわめて普通に子供を追い払ったのだと気がついた。
「フェルです。これ以上は、言えません」
「それでいいよ。今日は、タルファの夏季限定柑橘タルトがおすすめ。さっぱりとしたミント系のお茶を冷やしておいたから相性抜群のはず」
とりあえず、座りなさいな。そう言う彼女はとても普通のお嬢さんに見えた。
貴族のご令嬢というよりは庶民の良いとこのお嬢さんのような雰囲気を感じる。
「ええと、なにか聞きたいのでは?」
フェルベライトの戸惑いに穏やかな表情で応じる。
「わたしの話を聞く方が有益だと思うよ? それとこっちが素かな。庶民育ちなもんで。人払いも済んだことだし」
マーリーは自分が座ったソファの隣をぽんぽんと叩く。フェルベライトは大人しく座ることにした。
この世界の人についての判断材料など最初からない。フェルベライトに出来るのは何も言わないことくらいだ。
「ネコがね、よく見かけられるって噂があったの。それで、兄上が見たのは黒髪の女の子だって言っててね。まあ、これから一波乱あるわ。なんて思ってたのだけど」
彼女はお茶をグラスに注ぎながら何でもないことのように言う。フェルベライトが固まっていることに気がついていないのかのんびりと続ける。
「カイレンにも言われたのよね。女の子がいるって。ミンって頭良いはずなのにちょっと抜けてるから、幻影に穴があったんだろうけどね」
「……まあ、面倒くさがりは否定しませんが」
「うん、見てくれにみんな騙されてる。あれはほっといても勝手に生きてく方よ。ほっとくと勝手に死にそうになるのは王様の方なのに」
誰もわかってくれないのっ! と彼女はひしっと手を握ってくる。
今までのフェルベライトへの対応を考えると一般的な対応は固まるか、頬を赤らめる、好意を持たれる、この辺りだろうか。意図しなくても。
それと比べるとマーリーは別らしい。
確かに知人というのは間違いない。少なくともあの顔を見慣れて普通の対応ができそうな気がする。
それは仮の父親にとっては平穏だったのだろうか。
フェルベライトはマーリーを見上げる。ひどく青い目が特徴的だが、際だった美人というわけではない。愛嬌がある、かわいい系と言われる範囲内だろう。ただ、ほっとさせてくれるような雰囲気はある。
目が合うと彼女はにっこり笑った。
思わず微笑み返すと彼女は頬に手をあてる。
「うーん、やっぱり照れるわ」
困ったような嬉しそうな顔をしてそう言った。
子供であるから、男女差なくこういう対応なのだろうか。フェルベライトは少し遠くを眺める。空は今日も青かった。




