悪夢の声
ミンは自分を極度の面倒くさがりであると自覚していた。特に人付き合いなど煩わしい。決して人が嫌いなわけではない。ただ、面倒だった。
笑ってやり過ごせと言う助言は彼にだけは正しくなく、余計な問題を山積させ絶句させる。
「魔法使い殿、どちらに?」
おそらくその場で一番高位の文官が城に入ってすぐにやってくる。恐る恐るといった雰囲気にミンはため息が出そうになった。
普段通りならば、決して踏み込まない日にここにいることは異常事態を示している。しかも、魔法での移動を常とする彼としては珍しく徒歩で城の正面から入ってくるのだ。相当の問題が起こっている。
と勝手に思われているのだろう。確かに彼にとっては異常事態だが、他人にとってそうかというと違う。
アガットならば、問題有りませんと笑ってごまかすだろう。シェンナならばそもそも他人に気取られるへまをしない。アッシュならば注目もされないのだから問題ないだろう。
従弟ならば、舌先三寸で丸め込み口止めさえやってのける。
ミンが出来るのは何でもない顔で、気まぐれだと思わせるのが関の山だろう。なんだったのだろうかと噂されるのは致し方ない。
「書庫に用があります」
ミンは無表情を保ちつつ、どこかに行ってくれないかと思う。今日は忙しい日のはずだ。彼ひとりにかまっている時間はないと思いたい。
「サアラ様が先に行かれました」
「……王子に先に会ってきます」
癖の多い側妃にわざわざ会う必要もない。サアラは研究が趣味であるから時間まで書庫で過ごすことはおかしくはなかった。
「ありがとう」
ミンが礼を述べれば驚いたように目を見開いて絶句された。いまさら気にすることはないがいい加減、慣れてもらいたいものだ。城に顔を出すようになってもう十年もたつのだ。人員の入れ替えはあまりなく、見かける人間は限られている。
文官に関わることなくミンは話が城中を巡る前に行方をくらますことにした。
王子に会うとは言ったものの気が進まない。
要するに、なにもかも気が進まない。
仮の娘への少しばかりの好意で嫌々ながらこなすしかない事項だ。元来の顔とは異なり、最悪なことに自分似た顔になってしまったことは事故みたいなもの。とはいえ、彼女も同じ道をたどるのかと思うと気の毒過ぎる。男の身の上ですら、厄介ごとが山積する。女ならば余計、めんどうくさいことになるだろう。
そんなことを気にするミンにアッシュは過保護と笑っていた。
しかし、アッシュにはわからないだろう。好意を持った人に、きれいすぎて隣に立ちたくないと言われた気持ちなど。数度、用事があり声をかけただけで特別だと浮かれた女たちに囲まれたり、誰が一番かと問われたことなど。
あげくに縁談を押しつけられ、断ることにシェンナの手を借りる羽目になったことなど記憶にあたらしい。
彼は小さく頭を振って情けない記憶に蓋をする。
王族の住居は城の奥に位置する。今日は王子の部屋に子供たちが集められるだろう。その分、顔を知っているものと遭遇する確率があがる。会えば間違いなく会議に連行されることになる。
王の側妃たちに出会うことは避けたいが、ハーベストたちに会うことも避けたい。
ミンはぴたりと足を止めた。
目を閉じて、魔力の流れを感じる。だいぶ落ち着いたようだ。
そして、アッシュの気配がやけに近くにいることにぎょっとした。
「まいったね」
目を開ければ隣に当たり前のようにアッシュが立っていた。
「本体は森に返したよ。あの子は王子らと談笑中だからしばらくは安全かな」
「……あなたがついていながら何をしているんです? 今日に限って」
「うん? あー。うん。定例かな。もしかして」
無言で肯いたミンを見て、アッシュは顔をしかめた。
他の日ならば問題がなかった。
今日は特に問題がある。
「……まずいな。じゃあ、シェンナには伝えておくから捕まえて森に帰れ」
ひらひらと手を振ってアッシュは城の奥とは別の方向に向かう。
「でも、いいわけぐらい考えておいた方がいいね」
捨て台詞を残して。
「わかっています」
居もしない今は亡き妻をねつ造するという作業があることくらい。どこかでぼろが出ないように謎めいた人物にした方がいい等、人物像を相談して決める。
それを一々説明しておくことがこれから先ついて回るのだろう。ミンには悪夢とも思えるが、それをしないほうが問題が大事になることを経験上知っている。
彼はため息をついて、魔力を練り合わせ異動先を指定する。しかし、何かが揺れた気がした。
「……ん?」
そして、異動先には誰もいなかった。
意図した場所と違う場所に出ていた。扉ががちゃりと音を立てて開く。
入ってきた人物を見て、ミンはイヤそうに顔をしかめた。
「あなたにはお会いしたくなかったんですよ」




