大地の終点
それは、突然で、日常にあった落とし穴だったのだろう。
夏も遠ざかりつつある9月。台風一過の晴れ上がった空はひどく青かった。
しかし、早朝では道が乾いているわけもなく、大きな水たまりを避けため息をつく。路地とはいえ、アスファルトの鋪装は直して欲しいものだ。
諦めてレインブーツでも買えばいいのだろうか。そう思いつつ踏み出した足下が妙に柔らかい。新雪をスニーカーで踏んでしまったようなずぼっと嵌りそうな柔さ。
「へ?」
間抜けな声を上げたときには遅かったようだ。足下がゆっくりとかつ迅速に崩壊している。
道路の陥没事故というありがたくない偶然が真下に広がる。落ちそうになっていた見知らぬ人をついでに突き飛ばしたのは良い判断であったのだろうか。とっさの行動なので責任は取れません。どうか落ちないで助けを呼んでくれるといいのだけど。
切り取られた青空が遠ざかる。手を伸ばしたところでつかんでくれる人はいない。
思ったよりもずっとずっと深い穴。
ああ、まるで。
アリスとウサギのよう。
思ったよりもメルヘン思考に眉間にしわが寄った。確実に離れていく空とおかしなくらい底にたどり着かない空間に同じところを無限にループしているのかと思えてくる。
そして、世界が黒く染まり記憶が断絶した。
音が聞こえる。
そのことにより、意識不明だったことと意識を取り戻せたことを知る。
静かな怒りに満ちた音。そして、冷たく暖かな指先が私の頭をなでた。目を開けようとすると大きな手が目を覆い隠してきた。なにも見るなと言わんばかりに。
冷たく聞こえる音の連なりが鈴の音と気がつく。耳は正常に戻ってきているようだ。
声を出そうと息を吸おうとして異常に気がつく。ひどく呼吸が浅い。まるで空気が薄い土地のようにいるかのように。そして、体を動かすことも出来ない。縛り付けられでもしたかのようにびくともしないのだが、紐などで縛られたような感触を感じることはできない。
「もう少しお休み」
頭に直接響いた声になぜかほっとして力が抜けた。
たぶん、病院かどこかで全身打撲などして動けないのだろう。骨折していないだけましなのだ。
……たぶん。
一抹の不安が頭をよぎるが、あっという間に意識が闇に沈む。眠りより速やかに。
それが、私が、私であったときの最後の思考だった。




