287.記念撮影会(9)
すいません、棋譜の中に4二角が複数あり混同していました。前回の最期、小田桐玉将の次の一手の予想を書き直しました。
お昼明けから一気に手が進んだ。おそらく小田桐玉将は昼休み中にこの後の展開を考えていたのだろう。そして静香は小田桐玉将の時間を削る作戦に入ったので意図的に時間を使わずに指し続けたからだ。
81手目は素直に1三桂成とされたので、素直に同銀。1七に香を打たれたので、空いた2二に桂を守りに足す。7一竜には5一歩。とにかくここはしっかり守って凌ぎきる。 9一の香を竜に取られる。1七、1九に相手の香車がいるので、この取られた香車も1筋に追加されるのだろう。でも防戦一方は面白くないので、7五に歩を打って相手の銀を狙いに行く。
静香は今の守りで受けきれると思っていることに加え、ノータイムだけど盤面は広く見ているよという意思表示だ。静香が先手なら素直に銀を引く。攻めるなら1四に香を足す。この局面で小田桐玉将の手が止まった。この間に当然静香も考える。
素直に銀を8七に引いてくれたら、銀が守っていた8五の桂馬を飛車で取る。その飛車は引いた銀に当たる(6八に静香の馬がいるので6七に銀は引けない)からさらに逃げるか歩を打つかのどちらか。そのどちらでも後手は飛車をまた8四に戻して動きやすくする。隣に自分の歩がいると横に効かなく無くなるからね。
1八に香を足された場合は香車が3つ並ぶことになる。その場合素直に銀を頂いた後受かるかどうかを確認。1五に歩を打たれる。同歩、同香、1四歩、同香、同桂、同香、同銀、同香で王手かけられるけど、歩でしのげる。
もちろん小田桐玉将がこんなに一直線に攻めてくるとは思えないけれど、一直線で攻められてそのまま負けるのは番勝負の挑戦者として失格。
それを確認してから他のパターンを再度確認し、それが一通り終わったらこちらの攻めの糸口を考える。高美濃は静香が産まれる前からあり、現代でも採用されることが多い優秀な陣形。その優秀さ故に崩し方もある程度パターンがある。もちろん同じことが静香の(左)穴熊にも言える。
30分以上の長考の後に小田桐玉将は香を足す前に1五に歩を打って戦端を開いた。でもこれでも大丈夫。同歩、同香、1四歩、同香、同銀の後1三歩。こちらの銀の背後を突かれた。なるほどさすがは小田桐先生。でも大丈夫。さっき打った桂と9一竜対策の角がこちらでも働いてくれる。
同桂 、一四香、同桂、1五歩、同角。
評価値は見えないけれど、このちょうど100手目で静香が指しやすくなったのでは? だが小田桐先生も時間を使わずに1九香と更なる端攻めを宣言。小田桐玉将の駒台からは香車が消えたけれど、銀が2枚あるのでそれらを活用するのだろう。
107手目1六歩から、同歩、同香、1五歩、同香、同角と先ほどの再現のようなやり取りがあった後に1六銀。この1筋と1段目の守りに大活躍している角を失うわけにはいかないので、当然逃げるしかないので、その後、桂頭の1五歩を甘んじて受ける。静香の1筋には一段目に玉、三段目、四段目が桂馬なので上からの攻撃に弱い。だから空いてる二段目に香を足す。そして桂馬が2枚取られるのを甘受して7六の銀を貰った。
この一局は最後まで1筋の攻防が肝だった。141手目、1二香成と王手をかけられる。これは玉で取るしかない。 小田桐玉将は8時間をすべて使い切って既に秒読み。双方の駒が後手の静香から見て右辺に固まっている。1四歩に対し1一に香を打って守りを固める。
1三歩成、同銀、同桂成、同玉、2五銀、2二玉、1九玉、静香の穴熊は破壊されているので、2筋に逃げる。一方先手玉は金3枚、銀1枚、桂2枚、に守られており、横からの防御には強いけど、上からが弱い形になっているので、逆に隅に入った。
小田桐玉将の守りが横に偏っているのは決して悪手ではなく、8九に静香の竜が、5八に馬がいるからそうせざるを得ない状況になった、というか静香がそうした。そして154手目の2八に銀を打ちこむところから止めを刺しに行く。
同銀、同桂成、同金、1七香不成、同桂、同香不成でしつこく王手。この160手で小田桐先生が頭を下げた。
ありがとうございました。 もちろん静香も頭を下げた。
この後、もちろん合駒をするなり、2九に逃げるなりすれば粘ることができるけれど、小田桐先生の陣地にいる竜と馬の他、終局まで静香の陣地を守り続けてくれた角がまだ4三にいて一手で馬に成れる。もう一枚の飛車も静香の駒台にいる。駒台には他に金駒は銀2枚だけど、桂馬が三枚並んでいるので逃げることができないのは明らかだから投了は妥当なところ。
静香は大きく息を吐いた。これで保持タイトルは玉将、棋神、鋭王と三冠になった。櫛木竜帝(三冠)、御厨名人(二冠)と3人でタイトルを分け合うことになった。この玉将戦の裏でそのふたりが棋奥戦の番勝負をしており、挑戦者の御厨名人が先勝しているので、三冠と二冠が入れ替わる可能性はある。
でもやはり二日制で勝てたというのは大きい。天道静香と言えば持ち時間の短い棋戦では強いけど、長時間の対局ではそれほどでもないという評価もこれで変るのではないだろうか。
そして昇段規定のタイトル3期に到達したので静香も九段に昇段。二十歳で九段というのは、前述のふたりには負けるけれど相当珍しい。ギリギリ弱冠という言葉をつかうことができる。あれは数え年で、普通は男性にしか使わないから無理か。1か月もしないうちに満年齢でも21歳になるし。
そろそろ報道陣の勝利者インタビューの用意もできたようなので、静香は身構える。もちろん無難な受け答えに終始するつもりだけれど。それでも少し緊張する。




