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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』  作者: 橋本 直
第十六章 大人だけの世界に誘われて

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第71話 かなめの自分語り

「やっぱりあれですか、西園寺さんはああいった食事をいつも食べてたんですか?甲武にいる時は」 


 誠は話題が思いつかずに地雷になるかも知れないと感じながらそう言った。


「うちは和風……と言ってもおふくろは料理なんか出来ないから、家事は全部食客(しょっかく)任せだけどな。おふくろはアタシと同じで家事なんかできねえ。アタシはおふくろ似かな……あれも『鬼姫』なんて呼ばれてる戦う女だ。まあ、法術師としての素質を受け継がなかったのはアタシとしては残念だがな」


 かなめはそう言うといかにも残念そうにロックのスコッチの入ったグラスを口に運んだ。強さにこだわるかなめとしては法術師として覚醒できない自分を情けなく思っている。誠にはそんな彼女の弱さを知って自分が持つ力はむしろ彼女にふさわしいと思うようになっていた。


「そう言えば西園寺さんの話題に時々出てきますけど食客ってなんです?」


 かなめの発する聞きなれない言葉に誠は首をひねった。


「居候だよ……アタシの実家にはものすげえ数の芸人とか、書生とか、学者の卵なんかが住んでるんだ。そいつ等が当番でうちの家事をやるわけ……まあ、アタシの実家は敷地がでけえからな……長屋みたいなのがあってそこに寄生している連中だ……昔の中国の『田文(でんぶん)』とか言う偉い人の故事を聞いた数代前の当主が始めたんだが……それが今じゃあ万単位の人数がうちの敷地内に住んでるんだ。あれじゃあまるでスラム街だぞ。ただアタシとしては平民の暮らしを知るいい機会だった。ああ言った人間でこの国は構成されているんだなって実感できた。他の貴族の家じゃあ平民の暮らしなんて見る機会なんてねえだろうからな」


 立派な屋敷に薄汚い貧乏人達が居候している姿は誠には想像もできなかった。スラム街と言うくらいだから数万の居候達は長年西園寺家で生活しているのだろう誠はかなめの家が想像を絶する広さの敷地を持っていることを知って驚いていた。


「そうですか……それでかなめさんは平民の西とかにも優しいんですね」


 誠はそう言ってかなめに向けて笑いかけた。そんな誠を見てかなめは照れたような口元をグラスで隠してみせる。


「アタシが優しい?そんなこと言う奴は初めて見た。まあ、誰にでも分け隔てなく接しろってのが親父の教えだ」


 庶民の誠には全く理解できない規模の話に呆然とするしかなかった。


 そう言ってまた一口、かなめはウィスキーを口に含む。高音域をメインとしたやさしいピアノ曲が流れる。


「うちの母は料理が趣味でしたから。まあ和風と言えば和風の料理ですけど、時々、お試し料理と言ってなんだかよく分からない料理を食べさせられることも結構ありましたけどね。やっぱりアメリアさんが言うようにかなめさんと僕は違いすぎますね」 


 誠も付き合うようにグラスを傾ける。その姿にかなめは時折本当に安心したときにだけ見せる笑顔を誠の前で見せる。


「へー母ちゃんの手料理ねえ……うちの鬼婆(おにばばあ)は死んでもやらねえだろうがな!アイツはかえでと一緒で社交界が好きで好きで……料理とか掃除とかそういったこまごまとしたことはまるっきりしねえんだ。まあ、あの性格じゃあそもそもやれって方に無理があるんだろうがな」 


 そう言い放つといつもの笑顔がかなめの中に見えた。誠はそれがうれしくてかなめの空になったグラスに酒を注いだ。


「来年は菰田達の方に顔出すか。二日連続バーベキューでもいいじゃねえか。要は焼くものを変えればいい。初日はシーフードで二日目は肉とか」 


 ようやく吹っ切れたようにかなめは伸びをした後、誠が注いだグラスを口元に運んだ。一端止んだピアノの音が復活を宣言するかのように激しい曲を奏で始めた。


「それにしても……いい酒ですよね、これも」


 誠はよくわからないスコッチの瓶を指差す。


「まあな。だが気にするな。それ以前に飲みすぎんなよ。明日は朝から野球の練習だ。それに備えろ」


 かなめにそう言われると誠は逆に酒の銘柄が気になった。


「ジュラ……」


「まあいいじゃないか!オメエ飲みすぎだ!帰るぞ!」


 かなめの仕草でそのスコッチが知られた銘柄ものであることを察した誠はかなめに急かされるように店を後にした。


「でも……」


「明日もあるんだ!さっさと寝ろ!」


 かなめはそう言うとハイヒールの割には素早くエレベータにたどり着きそのまま誠を階下に残して姿を消した。


「僕……このまま帰るんですか……」


 誠はかなめの気まぐれにただ呆れながらエレベータのボタンを押した。


「なんだったんだ今日は」


 今朝からの濃密な一日の内容にただ呆然としながらエレベータを眺めていた。全身に痺れたような感覚が残っている。


「こりゃあ酒が明日まで残るな……」


 後悔ばかりが残る中、よたよたと開いた扉に吸い込まれた。



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