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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』  作者: 橋本 直
第十五章 『女大公殿下』の食事会

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第63話 複雑すぎるお国事情

「そう言えば、西園寺。この機会に神前に自分の生まれた国を紹介してやったらどうだ?神前は社会知識ゼロだからな……」


 突然、カウラが真顔でそう言った。下戸の彼女の白い頬が朱に染まっているので、それなりに酔ったうえでの言葉なのだと誠にも分かる。


「そうよね……誠ちゃんは本当に社会常識ゼロの理系馬鹿だもんね。それにこういうかなめちゃんにとってはホームの雰囲気の場所の方が話しやすいんじゃない?そういうこと」


 アメリアまでそう言って笑うので誠は頭を掻くしかなかった。


「なんでアタシがあんな国の話をしなきゃなんねえんだよ……」


 嫌な顔をしながらかなめはワインを口に運ぶ。


「僕は知りたいです。かなめさんの国の事」


 誠は嫌がるかなめに向ってそう言った。かなめが自分を語る機会はあまり無い。今がその時だと誠には思えた。


「まあ神前が聞きたいって言うのなら話してやる。それにその前にだ。アタシの名前について話した方がいいだろ?色々面倒だから」


「さすが、『大公殿下』ってわけね」


 そう言って空いたグラスにギャルソンがワインを注ぐのを眺めているアメリアは悪戯っぽい顔でかなめを見つめた。


「名前ですか?西園寺さんて芸名なんですか?」


 誠はかなめの言葉が理解できずに頓珍漢な話をした。そんな誠の言葉にかなめはあきれ果てたというようにため息をついた。


「なんで芸名を名乗るんだ?アタシはいつからアメリアみたいな女芸人になったんだ?」


 自分の言ったことがかなりかなめを怒らせたらしいことを知って誠は少し動揺した。


「アタシのは『ラジオネーム』よ!『糸目大臣』って結構深夜ラジオを聞いてるとネタを読まれる名前なのよ。誠ちゃん覚えといて」


「そんなこと自慢になるか!」


 アメリアのボケに突っ込むかなめ。誠はただ茫然とするばかりだった。


「まずだ。アタシの東和共和国での書類上の名前は『西園寺かなめ』。ちゃんと普通に一般的な漢字の『西園寺』にひらがなで『かなめ』なわけだ」


「はあ、知ってます。部隊の名簿にもそう書いてありますから」


 かなめの当たり前すぎる説明に誠はおずおずとそう答えた。


「だが、甲武国のパスポートには『藤原朝臣(ふじわらのあそん)要子(ようし)』となるわけだ。藤原は東和でもよくある『藤原』で、そのあとに『の』がついて、名前が重要の『要』に子供の『子』で『ようし』と読むわけだ」


 かなめが言い出したかなめの本名を聞いて東和共和国の一市民にしか過ぎない誠の頭は混乱を始めた。


「はあ……なんでなんです?だって西園寺さんは西園寺さんでしょ?普通西園寺かなめのままでパスポートにも記載されるはずじゃあないんですか?」


 誠にはかなめの言葉が全く理解できなかった。旅行と縁のない誠はパスポートは持っていなかったが、実際の名前とパスポートの名前が違うと宇宙港で混乱するだろうと想像することくらいできた。


「そんなもん貴族や士族の名前を決める甲武の法律でそう決まってんだからしょうがねえだろ?西園寺家は元々地球の日本の名門として知られる藤原北家から分かれた家だ。だから姓は藤原になる。藤原は朝臣格の家だからその後ろに朝臣と付く。そして、これは伝統を重んじる甲武の慣例でかなめを漢字で要と書いて後ろに子を付ける。それはみんな昔から決まってることだ」


 理解力の無い誠に半分呆れながらかなめはそう言ってワインを一息で飲み干した。


「さらにだ。アタシを知らない人がその名前で呼ぶのは法律違反なんだな、甲武国では」


「え?じゃあどう呼べばいいんですか?あだ名とか?」


 さらに誠の理解のリミッターに亀裂が入り始めた。人の名前一つにこんなに頭を使った経験は誠には無かった。


「近しい知り合いなら『おい、かなめ』それでいいんだ。でも……学校とかちょっと関係性が離れた場所では『藤太姫(とうたひめ)』と呼ぶ決まりなんだ」


 またかなめは誠の理解を超えた話を始めた。


「なんですか?それ?西園寺さんが甲武一のお姫様なのと関係があるんですか?そんなに名前が一杯あるの」


 だんだん誠は訳が分からなくなってきた。


「あれでしょ?甲武国の貴族の半数以上は姓が『藤原』なのよ。その中の一番の人物、『氏長者(うじのちょうじゃ)』が『藤太』で、かなめちゃんは女だから『姫』……結婚すると『殿』になるんだっけ?」


 アメリアはどうやらかなめのその名前の法則を理解しているようでそうサラリと言ってのける。


「まあな、つーかめんどくさいからアタシが『姫』と呼ばせてたから……甲武でアタシの周りで『姫』と言ったらアタシのこと……他の場所は知らねえけど、アタシの前ではそう呼ぶルールなの」


 またもや誠には理解不能なルールがかなめから発せられた。


「しかし、軍では違うんだろ?」


 カウラがそう言うということは東和でも甲武国について知っている人にとっては常識のことらしいと誠は感じて少し恥ずかしくなった。


「そうだな。軍は武家(ぶけ)の勢力下だかんな……」


「武家?……もしかして『サムライ』ですか?」


 誠はまたもや子供のような言葉を吐いていた。


「あのなあ……甲武国は『大正ロマンあふれる国』とか東和で笑われてるだろ?大正時代って言ったら……華族がいて、士族がいて、平民がいる。それが大正時代。士族は役人や軍人や警察官、公務員と言った役人に優先的になれる。一方平民のほとんどは大根飯を食って飢えてる。それが大正ロマンの真実だ」


 かなめはズバリそう言い切った。


「あの……今でも甲武国の平民は『大根飯』とか言うものを食ってるんですか……っていうか『大根飯』ってどんな料理ですか?」


 誠の言葉に三人の女上司は大きなため息をついた。


「甲武国はね、身分制度があるのよ……まあ、ゲルパルトも『バロン』とか『ロード』とか『ナイト』とかあって、苗字の前に『フォン』とかつけてる人はいるけど……甲武国ほど露骨じゃないわね」


 とりあえず誠が理解したことは自分が庶民的な東和共和国に生まれてよかったということだけだった。


 会話が途切れるとウェイターが前菜のサラダを運んで来た。


 誠は初めての体験にただ茫然とその見事に皿を並べていく様を眺めていた。


「だが、貴様の家の複雑さに比べたら大したことはない」


 サラダにフォークを伸ばしながらカウラはそう言ってかなめを見つめた。



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