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ちょっと遅れました!
「俺にはもう何が正しいのか分からない」
「はじめてあなたはまともなことを喋った気がしますね」
スチュアートの言葉に酷い相槌を打ったゼイン。スチュアートは睨むが、ゼインは素知らぬ顔でカエルを庭の池に戻す。
「お前、俺をバカにしてるんだろう」
すいすい泳いで消えたショコラをじぃっと見送ってゼインは立ち上がる。
「バカにするほど興味はありませんでした」
「俺が他国に婿入りするからって酷くないか」
「私もしばらくまともに寝ていなかったのでこんな態度にはなりますよ。一度やらかして海のように広いお心をお持ちの殿下なら許してくださるでしょう?」
さぁザカリー・キャンベルのところへ行きますか、と足を向けようとしてゼインは動作を止める。
「あぁ、殿下にイラついていた原因が今分かりました」
「なんだ」
「あなたが自分のことしか考えていないからです。この状況に至ってなお」
「……ザカリーのことは……考えているし、母上のことだって心配している」
「あなたは、二人に騙された自分がかわいそうだと思っているだけでしょう。早く行きますよ」
***
王女とは違い、ザカリー・キャンベルは貴族牢に囚われていた。
足音を聞きつけてのろのろと顔を上げたザカリーはスチュアートを視界に入れると、牢の柵に飛びついた。
「殿下!」
ゼインのことは目に入っていないらしい。柵の隙間からスチュアートに向かって必死に手を伸ばす。
「キャンベル侯爵家がなくなるなんて嘘ですよね! 殿下! なんとかしてください!」
あぁ、そんな処罰だったなとゼインは思い出す。
アシェルがエリーゼに引っ付いていたのでそれどころではなく意識していなかったが、未来の王太子妃を害そうとした、さらに第二王子の婚約者を傷つけた罪での処罰はそう決まったのだった。キャンベル侯爵家の取り潰し。
「ザカリー、何かの間違いだろ? 誰かに脅迫でもされたのか? そうだ、新しい婚約者にそそのかされたんだろ?」
「話を持ってきたのは新しい婚約者です! あいつが王女殿下からけしかけられて! あの女、ぺらぺら喋りやがって!」
スチュアートは一体何を考えているのか、目線を合わすためにしゃがんでザカリーに話しかけている。
王女のお茶会に参加した新しい婚約者であるイーデン男爵令嬢がそそのかされてザカリー・キャンベルに今回の話を持って行ったのは本当だ。しかし、やると決めて計画したのはこいつだ。何をザカリーは被害者面をしているのか。
マリン・イーデン男爵令嬢の方がよほど落ち着いている。彼女は捕まってから王太子が「拷問でも何でもして吐かせろ」と話すのを聞いて震えもしなかったそうだ。
一度目の結婚では夫と死別。出戻って次は好いた相手と結婚するという前に男爵が欲をだしてキャンベル侯爵家との縁を持ってきてしまった。あのブレスレット騒動さえなければあり得なかった侯爵家と男爵家の縁組。その視点で見ると、彼女も遠い意味で被害者なのだろうか。
イーデン男爵令嬢はルルと違って弁えていた。
家のためだとザカリー・キャンベルと婚約したものの、彼は騒動の後から前を向くことなく憎しみに囚われていた。アシェルと婚約したエリーゼ・ハウスブルクを恨んでいたのだ。
諫めてもザカリー・キャンベルには届かなかった。暴力まで振るわれかけてイーデン男爵令嬢はもう頑張ることをやめたらしい。その時に王女殿下のお茶会に知人と行ってそそのかされたのだ。
「キャンベル様はずっと元婚約者様を憎んでいました。でも、それは私の憎しみでもあったのかもしれません。正直、この事件のせいでイーデン男爵家がなくなっても私は何も思いません。私はもう男性に支配されるのは嫌だったんです」
そう語った彼女に王太子は頷いただけで何も言わなかったそうだ。
ザカリーがスチュアートにさらに縋りつこうとしたので、ゼインは柵を蹴る。ガキンっと音がして二人は驚いた目でゼインを見た。
「殿下。共犯だと思われたいのなら止めませんが。おかしな行動は慎んでください」
スチュアートはぐっと唇を噛みしめて立ち上がる。
「殿下。助けてくれるんですよね? だからここに来てくださったんですよね?」
何を期待しているのか、ザカリーは今度はスチュアートの足に縋りつこうとする。




