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スチュアートは令嬢のように口に手を当てて叫ばないようにしているようだ。
目立った抵抗もせずショコラはアシェルの体の上にするんと滑り落ちる。
ぺったぺったとアシェルの服の上を歩き始めるショコラに誰もなにも言えないでいた。ゼインだけが笑っているホラーな状況だ。
アシェルの目は開かないが、まず手が動いた。左手が動くショコラを素早くポスっと覆って捕まえる。
「ん……?」
今度は目が開いた。その瞬間を狙ってゼインがアシェルの手をさっと取りあげて容器にショコラを戻す。それからアシェルを引っ張り起した。大変鮮やかな手つきだった。
「おはようございます」
夜なのにゼインはそんな挨拶をした。
「ショコラは?」
「第一声がそれですか。ここに」
ゼインはショコラを戻した容器を見せる。
「一体、俺たちは何を見せられているんだ?」
スチュアートの呟いた言葉に兄が激しく頷いたのが見える。
「殿下、起きておいてくださいね」
「ショコラに何かあったんじゃないの?」
「ピンピンしていますよ。ではあとは若いお二人で話してくださいね」
ゼイン様、私と同い年では……?
ゼインはささっとアシェルの手と服を拭いて、きびきびと兄や両親・スチュアートを扉に誘導する。その最中、激しいノックと共に扉が開いた。
「も、申し訳ありません! ルルティナ王女が隔離していた部屋から逃げたようでして!」
騎士が入ってきた。部屋の中を見回してホッとした様子だ。
「良かった。ここには侵入していないようですね」
「どこへ逃げたんですか?」
さすが王太子の側近である。兄が落ち払って聞く。
「窓からカーテンをたらして逃げたようで! 庭の可能性が高いかと。窓も確認をさせてください」
「じゃあ、カエルが鳴いていない場所があるからそこを探せばいいよ」
一気に緊迫した状況に口を挟んだのはアシェルだった。
「は、い?」
「庭にはたくさんカエルが放してあるからさ。カエルが鳴いてないところにいるよ」
「伝えて来る。早く君は安全を確認して」
「王女だからって牢に入れないからこうなるんだ」
兄は騎士の肩を叩いて足早に出て行き、スチュアートはブツブツ言いながら両親を廊下に出るよう促す。ゼインは騎士と一緒に窓際まで行き、しばらくして庭で王女が捕縛されるのを見届けてからショコラの入った容器を小脇に抱えて出て行った。
「本当に王女は庭にいたんですね」
先ほどまで人の声で騒がしかった庭が今は静けさを取り戻している。カエルもさすがにあれほどドタバタされたら鳴いていない。
「城の中よりも見つかりにくいだろうからね」
アシェルは起き上がると、エリーゼが上半身を起こしているベッドまでやってきた腰を下ろした。
「何かあった?」
問われて先ほどの医者の言葉を思い出す。
「短剣に塗られた毒で」
「うん」
言葉に詰まるが、アシェルは急かさず聞いてくれている。
「妊娠できる可能性が、非常に低いと言われました。申し訳ありません」
アシェルに向かって頭を下げる。
「どうしてエリーゼが謝るの?」
「私が、アシェルの婚約者としてふさわしくないからです」
父は私に聞いた。アシェルのことを信じていないのかと。信じているつもりだ。でも、信じているだけで第二王子の婚約者はつとまるものじゃなかった。それか、私の信じる力が弱かった。
上掛けを握りしめながら言葉を続ける。
「アシェルには跡継ぎが必要だと王太子殿下も仰っていたので……だから婚約は、解消した方が」
「いい」と続けようとして唇に何かが当たった。アシェルが指を押し当てている。
「それ以上言ったらさすがに怒るよ?」
アシェルはいつも穏やかな笑みを浮かべている人だった。今はそんなことは一切ない。見たこともない彼がいた。




