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【コミカライズ】たとえこの愛が偽りだとしても  作者: 頼爾@11/29「軍人王女の武器商人」発売


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いつもお読みいただきありがとうございます!

医者が部屋から出て行くのを視界にとらえながら、父から目が離せない。

父は一度エリーゼから視線を外して床を見たが、すぐに視線を戻した。しかし、何を口に出せばいいか分からないようで唇を引き結んでいる。


「お父様は」

「うん?」

「お父様は、私が無能でも愛してくださるのですか?」

「当たり前だ」


間髪入れない返答に思わず涙が出た。


「なぜ無能だと思う?」


父の言葉数は少ないが、優しさは伝わってきた。


「何もできないから……前の婚約だって解消されて……私はあの時も何もできなかった。新しく婚約しても、私はやっぱり何にも」


途切れた言葉を埋めることなく、父は黙って私の話を聞いていた。


「できない。だから釣り合ってないと言われ、もっと他の人がふさわしいと言われる。王妃様にも足りないという目で見られる。それに、子供を生めないかもしれないなんて……だから、無能だなって」


人間としてでなく、女性としても無能なのかと突き付けられた気がして。妊娠が能力だなんて思ってもいなかった。でも、いざ妊娠できないかもしれないと突き付けられたら、自分の中に漠然とあった当たり前が壊れてしまった。

私は刺されて死んでいた方が良かったのだろうか?


「無能だとは思わないが、私は娘が無能だろうとそうでなかろうと、娘への思いは変わらない。それに、無能かどうかよりも大切なことが抜けている」

「え?」


母と兄は話を遮ることなく、緊張した面持ちで話を聞いている。


「アシェル殿下はそんな男なのか? お前が妊娠できる可能性が低くなったからと簡単に別れる、婚約解消するようなそんな男なのか?」

「それは……でも、アシェルには子供が必要だと以前に王太子殿下が……」

「彼のことを信じていないのか? ひとかけらも? 彼は十日間ほぼ寝ずにお前に付き添った。仕事も罪人の処罰も何もかも放り出して。私は毎晩、彼がお前の手を握って話しかけるのを見た。ショコラがどうのだの、オランジェットがどうのだの」


アシェルの話の内容は本当にブレない。だから、あの暗闇の中で白いヘビが出てきたのだろうか。


「あのようなことを男が簡単にできるわけがない。すべての男ができるわけがない。仕事は生きがいだ。いや、違うな、自分の存在意義だ。その仕事を婚約者のために十日間も平気で放り投げる。医者が峠を越えたと言っても側を離れない、寝ない。そんなことをできる彼を信用はできないのか? お前の痛みを一緒に感じたい、見逃したくないとこんなになるまで付き添うのは、なぜだと思う?」


分からない。でも涙は頬を伝って流れている。


「これを愛だと呼ばないのだろうか」


コンコンとノックの音が聞こえた。兄が扉へ向かっていく。


「無能は能力や才能がないことを意味するのではない。与えられた愛に気付かず、愛を相手に返さない私のような人間が無能なのだ、仕事ができただけでなんだというのだろう。金があれば安心だがそれが何だというのだろう。それで愛や安寧は手に入らない」


入ってきたのはゼインとスチュアート。おかしい組み合わせだ。


「なぜ人は有能を目指すんだと思う? それは誰かに愛されたいからだ。無能は愛されないと思い込んでいるからだ。だから金をたくさん稼げるように働くんだ。私のように。だが、案外人間の中身は六歳くらいから変わっていないのかもしれないな。知識と理論とおかしな矜持を身に着けただけで。誰でも愛されたいとしか願っていない」


父は入ってきた二人を見て立ち上がった。ゼインは両手で容器を抱えている。その中に入っているのは。


「ショコラ?」


入っているのはカエル。しかもショコラだ。あのショコラである。ゼインはほぉと感心したように目を見開く。スチュアートは「ショコラってなんだよ」という顔をしている。


「さすがですね。見分けられるのですか」

「えぇ、何となく?」

「私もアシェル殿下に散々言われて嫌でも見分けられるようになりました。殿下は庭に出れば、やれショコラが、ショコラは、ショコラならば」


ゼイン様はおかしくなったのかしら? 容器に入っているといえどショコラを抱えて部屋に持ってくるなんて。


「医者の表情を見るに、殿下を起こした方がいいと思いまして」

「は、はぁ」

「寝不足だとなかなか殿下は起きないのですよ。そのあたりで暇そうにしていたスチュアート殿下にご協力いただき、ショコラを捕まえました」

「暇そうにはしていない」

「そのあたりでうろうろ落ち着きなく、ポケットに手を突っ込み徘徊していたスチュアート殿下に」

「おい、やめろ」

「協力を仰ぐのは大変不本意でしたが、一人では難しかったので。謁見の間カエルだらけ事件で鍛えたと思ったのですが、足場が池だと勝手が違いますね」


スチュアートとゼインの服は少し濡れており、泥も散っている。父と母は口を挟まず後ろで様子を見守っている。兄はなんだか顔色が悪い。


「エリーゼ嬢。私の姉は言っていました。男にはやらねばならぬ時があると」

「そ、それは男女関係なく誰でもじゃない?」


ブロワ家の教育って一体どうなっているの?

スチュアートは疲れた顔でドン引きしており、ゼインはカエルの入った容器を持って珍しく笑っている。


ゼイン様がおかしい。寝不足と疲れでどうにかなってしまったんじゃないだろうか。アシェルの放り出したことはまずゼイン様にいく。というか後始末は大体ゼイン様がやっている。

真面目な人ほど思い詰めたらとんでもない行動をすると聞くし。ゼイン様にそんなに迷惑をかけてしまっていただなんて……。


「今がその時です」


ええっと、何が?


「こうすれば起きるでしょう」


すぅすぅ寝ているアシェルの上にゼインは容器をひっくり返した。


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