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エリアスは聞きたいことを聞き終えると、さっさと出て行った。
王妃の側に残っているのはメイメイ、スチュアート、そして侍女だ。メイメイもエリアスが退室するときに一緒に行こうと促されたのだが、王妃の側にいることを選んだ。
「全然気付かなかった……」
向かいで頭を抱えて自己嫌悪に陥るスチュアートを見て、メイメイはふんと鼻を鳴らす。
「自己憐憫ばかりなら、ワシは王妃様と話したいことがあるからさっさと出て行ってくれんか?」
「ちがっ! ただ、母上が病気だなんて全然気付かなくて……」
「ふん。そんな後悔ばかりするなら一生後悔しておれ。男はほんとに自分のことばかりじゃな」
「はぁ!? それは主語が大きすぎるだろう」
「いいんじゃ。ワシは男が信用も信頼もできんと思っとるんじゃから」
「じゃあ、エリアス兄上はどうなんだよ」
「エリアスのことを信頼はしておる。信用はしておらん」
「酷いじゃないか!」
「良いではないか。信用は積み重ねじゃ。これから積み重ねていけばいいのじゃ。ワシはエリアスの能力については一切疑っておらん。ほれ、そんなにワシに噛みつくばかりなら部屋に帰って『マンマァ、ごめんねぇ』とでも泣いておれ。迷惑じゃ。おっぱいでも吸いたりんかったのか」
しっしっと野良犬かハエでも追い払うような仕草で煽りまくるメイメイ。
スチュアートは悔しそうに真っ赤な表情をしながらも出て行かないので、メイメイはもういないものと扱うことにした。
「王妃様よ。本当にその者が密告してきたのか? たしかフライアちゃんの元婚約者であろう?」
「ええ、本当よ。ストーン侯爵家の伝手で。何人かの、侍女を通じて私が最も信頼できる彼女に、つないできたのよ」
王妃はベッドに横たわって息を整えながら話す。メイメイはそんな王妃の手を握ってゆっくりさすった。王妃は手を取られた瞬間身を固くしたが、しばらく経つと力を抜いた。
「ストーン侯爵家の息子はバカなことをしたけど、最後の最後で泥船に乗らない選択をしたわ。バカなのか要領がいいのか」
「まさかワシの姉が他国でこんなことをするとは……早く帰らせておれば」
「それに乗っかる貴族がいるのも、問題なのよ」
「ザカリー……なんであんなことを。そもそも本当にザカリーがやったのか。脅されたんじゃ……」
スチュアートのつぶやきは女性二人に無視された。王妃には聞こえていないのかもしれない。
「あの毒を盛られた令嬢。好きだからと恋人のいる子爵令息に無理矢理婚約を迫ったからああなるのよ」
「ふむ? そうじゃったのか」
「そうよ。その恋人が下級貴族であなたの姉のお茶会に来ていて利用されたのよ」
「やはり悪いのはワシの姉じゃな」
「そそのかされて毒を盛るのも、どうかと思うけれどね。あなたの姉はああいうところだけ頭が回る。毒殺未遂を起こして攪乱して本当の狙いは、あなた」
王妃は先ほどよりも息切れがおさまってきて話しやすそうだ。
「あのお茶会にイーデン男爵令嬢も参加していたのよ。それがザカリー・キャンベルの現婚約者よ」
「ザカリーとやらはエリーちゃんの前の婚約者じゃな」
「そうよ。キャンベル侯爵家は今、落ち目だもの。エリーゼ・ハウスブルクはアシェルと婚約して全く落ちぶれていない。プライドでそれが許せない部分もあったのでしょうね。だからあなたを害せば自分が王太子妃になれるから優遇してやると言うルルティナ王女の甘言に乗ってしまった」
「王妃様はエリーちゃんとワシが嫌いでこの一連の動きを見逃したのか?」
「そうねぇ」
王妃の言葉にスチュアートはショックを受けた顔をする。
「私は他国から嫁いできて一つもいいことがなかった。知り合いもいない慣れない異国。愛してくれない夫、蔑んでくる長男、理解不能の次男、そして可愛いだけの三男」
王妃は一瞬だけスチュアートに視線を向ける。
「子育てだって失敗してしまった。私には本当にいいことが一つもない。死んでしまいたい。だから私は病気になったのよ。不治の病になって、これまでいい人でいたのがとても馬鹿らしく思えた」
「やっぱり、ワシらを嫌いだからじゃな」
「そうね。あなたたちのような人間が息子に愛されるのが嫌だったのよ。あなたもエリーゼ・ハウスブルクも決して親には恵まれていない。親は幸せな結婚はしていない。だから、幸せな家庭はあなた達の中には存在しない。そんなあなた達に幸せな結婚ができるはずがない」
王妃の顔色は悪いのに目は怪しく輝いている。これが意地だろうか。スチュアートはそんな王妃の狂気じみた様子に完全に怯えて引いている。
「つまり、ワシらに不幸になれと? 一生不幸なままでいろと?」
「これほど努力して、王子も三人生んで義務を果たし、いい王妃であり続けた私が不幸なのにあなた達だけ幸せになれるわけないでしょう。いくらいい王妃であり続けても、誰も感謝しない。あの人も子供たちも。私の愛をあの人たちは何とも思わずに平気で搾取する。なのに私に愛をくれない」
王妃はメイメイの手を信じられない力で掴んで引き寄せる。
「無能で弱気な伯爵令嬢と、虐げられた妾腹の王女。あなた達は本来愛されるはずのない人間。愛されてはいけない人間。だから必ず幸せを感じても妨害が入る。そう世界は平等に創られている。私はその妨害をたまたま知ってただ見ていただけ。これはお前たちが引き寄せた事件よ」
メイメイは引き寄せてきた王妃の狂気じみた笑顔を間近で冷静に見つめる。まるで呪いのような言葉だ。
「王妃様よ。だからそなたは愛されないんじゃ」




