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「アシェルはやっぱり来ないわけね」
寝台に身を起こした王妃は予想していたのか取り乱した様子はない。念のためにもう一度呼びに行かせたが、アシェルはエリーゼの側についたままで結局来なかった。
「あの子は一番陛下に似ているから来ないでしょう」
エリアスはメイメイの隣に腰掛けていつもの余裕そうな笑みを崩していない。スチュアートは母である王妃がなぜ体調悪そうに寝ているのか分からずオロオロするものの、空気を読んで質問できない。
「で、母上が婚約披露パーティーを台無しにしたわけですか」
「私に八つ当たりするのはやめなさい。規定を変えてどの王族の婚約者にも影をつけられるようにしていればこんな事態にはなっていなかった」
早速トゲトゲした言葉を口から出したのはエリアスだが、ゆったりした王妃の言葉にギスギスした雰囲気を目から隠さず黙る。
「して、王妃様はいつから体調が悪ったのじゃ? ワシが来てからはすでに悪そうじゃったが」
「悪化し始めたのは最近。だから公務を代わってもらうことが増えていたと思うわ。息子たちは気付いていなかったようだからうまく隠せて良かったわ」
「な……母上は病気なんですか?」
「見れば分かるじゃろう。何の病気なのかはワシも知らんが、一国のトップがこうなのじゃから治療法がないんじゃろうて」
「そんな……」
スチュアートはショックを受けた顔をするが、エリアスは表情を特に変えない。薄々感づいていたのかもしれないが、事実を知ってもいつも王妃に向けていた表情のままだ。
「じゃあ、なんで俺にあのブレスレットを?」
スチュアートの戸惑った言葉に王妃は力なく笑った。
「スチュアート。はっきり言っておくがお前が受け取ったブレスレットは偽物だ」
「え?」
「俺が簡単に盗まれるようなところにブレスレットを置いておくと思うか? 母上さえ信用していないこの俺が。お前に渡されたのはダミーだ。よくできていただろう」
スチュアートはあんぐりと口を開けた。メイメイはその顔を見て、うっかり吹き出しそうになるのを堪える。
「エリアス兄上が俺を試してたのか?」
「そんな無駄なことはしない。張本人に聞け」
全員の視線が王妃に集中する。
「結局エリアスに渡したのね。相変わらず他力本願だこと」
「っ」
「別に治療法がないといってもすぐ死にはしないわ。あなたたちの結婚式が終わるまでは死なないつもり。だから安心してスチュアートは出荷されたらいいわ。喪に服してアシェルやエリアスの結婚式が遅れるなんて皆嫌でしょうし」
げほっと王妃は突然咳き込んだ。王妃付きの侍女が慣れた様子で水を差し出して背中をさする。
「なんでこんなことを? ダミーとはいえブレスレットを盗み出してスチュアートに渡したことも、今日の計画を知っていて護衛の配置を動かして手助けするような真似をしたことも」
咳が落ち着くと王妃はゆっくり息を吐いて、息子たちやメイメイではなく遠くを見つめる。
「まさかあそこまでうまくいくとは私も思っていなかったわ。エリアスは意外と詰めが甘いわね。広間で毒殺未遂が起きたからって他のところで騒ぎが起きていないわけではないのよ。そもそも毒殺未遂が攪乱目的なのかもしれないのだから」
王妃はメイメイに視線を合わせた。
「私はあなたもアシェルの婚約者の令嬢も大嫌いだわ。名前を呼ぶのも嫌なくらい。でも今回の唯一の誤算は、アシェルの婚約者。あの何にもできない弱い無能なはずの令嬢。あんなに簡単に自分の命に優劣をつけて、あなたのために捨てられる人間だったとはね。思い返せば、ああいうタイプが一番ダメなのよ。普段は無能でオドオドしているのに、いざという時にとんでもないことをする。あの子がいなかったら今頃あなたは傷モノよ」
メイメイは膝の上で拳を握る。エリアスの手がその上から重なった。
「別に私は計画に賛同して率先して手助けしたわけではないわ。どうせ私は死ぬんだからとある程度放置しただけ。でもあの子があなたと一緒にいたから、彼らの最終的な計画は阻止された。エリーゼ・ハウスブルク。私の大嫌いな忌々しい令嬢」




