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傾きかけた太陽の光が部屋に大きく差し込んでいる。明るく、どちらかといえば眩しい部屋にいるのにスチュアートの表情は晴れない。
「珍しいね。一体何?」
ノックもせず部屋に入ってきたエリアスの金髪にも夕陽が当たってキラキラ光る。
スチュアートは無言でエリアスに箱を差し出した。エリアスは受け取ると、中身を確認する。
「ふぅん。わざわざこのために忙しい俺を呼びつけたの?」
「そうだよ、悪いかよ」
「別に悪いともいいとも言ってないじゃないか」
「俺じゃあどうしようもないから」
「へぇ」
「だから兄上に渡す」
「そっかぁ」
スチュアートの悩みが深そうな表情と声に反して、エリアスは普段通りの飄々とした態度を崩さない。
「もう嫌なんだ。すべてが」
「うんうん。そうかそうか」
「兄上、本気で聞いてないだろう」
「聞いてる聞いてる」
「俺には母上が何を考えているのか分からない」
「そんなの本人以外に分かるわけない。用件はこれを渡すことだけか?」
「そうだよ」
「トファーがそろそろ俺の首根っこを捕まえて仕事させに来るから戻るよ」
「あぁ。なぁ兄上」
「ん?」
「兄上は俺を無能だと思ってた?」
「あはは」
エリアスは唐突に笑った。スチュアートはつられて笑うことなく、疲れた表情でエリアスを見上げる。
「ずっと思っていた。お前のことを無能だと。無能すぎて死ねばいいと思ってるよ」
エリアスは箱の中身をわざと強調するように振る。カシャカシャと鳴るそれはスチュアートにとって非常に耳障りだった。
「そっか。それが聞けて良かった」
スチュアートはやっと疲れたように笑った。
エリアスの態度は軽薄だが言葉はキツイ。それなのにスチュアートはなぜか肩の荷が下りたように笑った。
「じゃ。忘れ物がないように荷造りはちゃんとしろよ」
エリアスは振り返ることなく、部屋を出ていく。
部屋を出て少し歩いたところでクリストファーに捕まった。
「あぁ! 殿下! やっと見つけた! 決裁書類をさっさと何とかしてください!」
「やだなぁ、トファー。俺には有能な側近たちがいるから大丈夫だ」
「王太子しかできない書類仕事がありますから!」
「アシェルが帰ってきたらこき使わないと」
「ネコと遊ぶよりも仕事してください! お披露目パーティーだって近いんですから! って、それなんですか?」
「んー、あとでね」
エリアスは意味深に笑う。
「あのアホ王女は監視してる?」
「えぇ、させてますよ。特に下級貴族と仲良くしているようです。池に落ちた事件のことをフライア嬢が広めているのでよほどのアホでない限り高位貴族は近付かないでしょう」
「そっかぁ」
「ちゃんと聞いてます? あとはメイメイ殿下のドレスが出来上がるので確認しておいてください」
「確認はするけど、試着はエリーゼちゃんとトファーの婚約者に見てもらった方がいいんじゃない?」
「そうですね。メイメイ殿下はまだ高いヒールでは歩けないと思われますので」
「池に落ちたら大変だしね~」
「殿下、真面目な話ですよ」
「はいはい」
「どうしたんですか、今日は」
「うん、まぁ。こういう日もあるさ。ちょっと意外だったというか、予想通りとも言えるというか」
エリアスは物憂げに歩きながら庭を見る。
「俺の知らない外国語喋ってます?」
「やだなぁ、トファー。耳が悪くなった?」
「誰かさんが仕事してくれたら俺は早く帰れて、耳も目も良くなると思うんですけど」
「さすがトファー。そういう反応してくれるところが好きだよ」
「突然気色悪いこと言わないでください」
「なんかトファーがゼインに似てきた」
「違います。ゼインが俺に似てきただけです」
クリストファーは乱れた髪を乱暴にかき上げて早足で歩く。
「待ってよ~」
「何考えてるのか分かりませんが早くしてください」
クリストファーのおくれ毛を見ながらエリアスは薄く笑った。
「弟っていうのは厄介な存在だよ、トファー。血がつながった他人。それなのにあっちは無能で許されて愛されていて憎い。でも、放っておけないんだから」
廊下にカシャカシャという音が響いた。




