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「え……」
勢いよくこちらに向かってきたご令嬢はポカンとしている。そんなに驚くようなことなのだろうか。
「辞退理由はご病気だった? 今はお元気そうね」
腕を引っ張っているご令嬢を見る。元気そうだ。病気には見えない。
王妃が見繕ったアシェルの婚約者は、ことごとくヘビやトカゲを見た後か、見る前に辞退したと聞いている。理由は病気が多かったはずだ。
「今は元気になりました」
「それは良かったわね。じゃあ不服があるなら国王陛下にお願いしますね」
会話を長引かせても周囲に変な誤解を与えるだけだ。我ながら言い返した方だと、さっさと切り上げようとしたエリーゼの努力は残念ながら無視される。
「それって権力を盾にしているだけですよね?」
こちらに向かってきた気の強そうな令嬢が言う。
「権力も何も事実をお伝えしているだけよ。そもそも私に『この子が婚約するはずだった』と本人ではない人が申告して何がしたいの?」
「この子が婚約者のことで悩んでいるからです。今の婚約者は男尊女卑が本当にひどくて。アシェル殿下と婚約しとけばよかったって言うから」
「言ってないから!」
「言ったじゃない。毎回会うたびに愚痴を言っているわ」
ご令嬢同士で言い争いを始めてしまった。勘弁してほしい。
「じゃあ、私に婚約者を辞退しろとでも?」
「エリー。この子たち、まだまだ子供なのよ。クロエの結婚式でみっともないわよね。クライン伯爵家とサマセット侯爵家に喧嘩を売りたいのかしら。血気盛んだわ」
エリーゼの言葉にブルックリンがすかさずフォローを入れる。
「エリーゼ様は婚約解消を一度あの騒動でしてるんだし……彼女の方がふさわしいはずです」
「やめてってば!」
ご令嬢方は相変わらず言い争いをしている。ここに来る前に言い争いは終えておくべきではないだろうか。あぁ、これは私が舐められているからか。
「ふふ。あなた、カエルもトカゲもヘビも平気で触れるのね? 大体種類も分かって今日のアシェルの服の色はヤドクガエルの色と同じと言われても分かるのね?」
「え、エリー? ヤドクガエルって」
ブルックリンの若干引いた声が聞こえるが仕方ない。二人の令嬢が顔を見合わせて何も言わないので、エリーゼは続ける。
「今日の午前もあの池に入ったんだけど。オタマジャクシはあまりいなくてイモリはたくさんいたわ。イモリやヤモリは大丈夫かしら。アシェルは最近ウーパールーパーに興味があるみたいなんだけど」
袖を引かれて振り返ると、笑いをかみ殺しているような表情のブルックリンがいる。令嬢二人を見ると、ぽかんとした顔をしていた。
この何とも言えない空気は何度も肌で感じたことがある。ナディアが言っていた謎の脱力感、漂う微妙な空気。
「で、どうなのかしら」
「どうしたの?」
さすがにどんな空気でも会話は終わらせておこうと口にしたときに、アシェルの声がした。
「ウーパールーパーって聞こえて」
誰かとさっきまで喋っていたはずのアシェルは、ニコニコと近づいてきてエリーゼの腰を抱いた。鮮やかなブルーを基調にした衣装が目を引く。本人曰くヤドクガエル色である。
「こちらのご令嬢方がアシェルに話があるみたいなの」
「ウーパールーパーの話?」
ウーパールーパーがよほど気になっているのかアシェルは食い気味だ。目が輝いている。後方からアシェルに押し付けられたのであろうグラスを持ったゼインが、うんざりした顔をなんとか隠しながら足早にやってくる。ゼインが追いつけない速度ってどんな速度でここまで来たのかしら。
「ううん。こちらのご令嬢がアシェルの婚約者になりたいそうよ」
「えっと、誰だっけ?」
さすがにアシェルは声を潜めた。
「以前、婚約者候補だった方みたい」
エリーゼがそう促すと、アシェルはじぃっと令嬢を観察する。なぜか令嬢は二人とも後ずさった。
「あぁ、君は確かフィナンシェを見せたら気絶したご令嬢だったよね? あの時頭を打って療養が必要だと聞いていたけど元気になったんだ」
言われたくない、あるいは思い出したくないことだったのか令嬢の顔が朱に染まる。
「それは良かった。池にはイモリがいたから、この辺りにも出るかもしれない。また気絶して頭を打たないようにね」
アシェルは輝く笑顔だが、内容が内容だ。
「それにあの時気絶しておいてまた婚約者になりたいって言われても。それは嫌だなぁ。もうエリーゼがいるんだから。手のひら返して『うちの娘を!』って言ってくる人たまにいるけど、そんな人普通に嫌だよね」
う、うわぁ。雰囲気は柔らかいのに内容が……「嫌だなぁ」「嫌だよね」ってそんなストレートに……。
「エリーに婚約を辞退しろとそちらのご令嬢が」
ブルックリンがボソッとアシェルにつぶやく。
「え、そうなの? 君、頭大丈夫?」
「なっ」
う、うわぁ……。気の強い令嬢は頭を心配されて、顔が赤くなっている。相手が王族なのでギリギリ反論は耐えたようだ。
「僕がエリーゼとの婚約を望んだんだけど。みんな知らないのかな」
「クロエがこれから広めていきますから。レヴァンス家からももちろん新商品とともに広めております」
「うーん。でも王族の婚約にケチつけるんなら、知っていても知らなくても頭は心配になるね」
ブルックリン、商売が絡んでいるせいか目の輝きが違う。そして、アシェルは相変わらず令嬢の頭を心配している。
「そうそう、エリーゼ。ウーパールーパーに詳しい人がいたんだ。紹介するよ」
「あら、生息しているんですかね?」
「ウーパールーパーって多分あれよね……あれ。製品化するなら……間に合うかしら」
アシェルはすぐ令嬢たちに興味を失った。エリーゼは誘導されてその場から離れる。
ブルックリンは後ろでブツブツ算段を始め、ゼインは寄り添っている令嬢たちを鋭く一瞥すると頭を下げてアシェルに続いた。




